第2話 二人の散策(後編)

昼食後の二人は、流行のブティックへと足を運んだ。

この近辺の服屋さんは若者向けの派手な色合いの服が多かったが、ユキが足を運んだのは、もっとシックで落ち着いた色合いのブティックであった。

「おお、ユキお嬢ちゃん。いらっしゃい」

「こんにちはおじちゃん」

いかにも老紳士であると言わんばかりの初老の男である。

ユキの存在に気が付くとニコニコと温和な笑顔をして近づいて来た。

「この人がここの主人?」

「うん、ここの常連なの、私」

「そうか。たしかにいつもこういう服、着てるもんな」

「そういうこと」

二人が話し込んでいると老紳士がシンの方に語りかける。

「……これはこれは、お嬢ちゃんのお友達ですかな?」

「ええ、仕事でいつも世話になってます。今日はよろしくお願いします」

「どうもご丁寧に。どうぞ貴方も見ていってください。紳士服も置いてあります」

「ん、ここは女性だけでなく男の服も?」

「そうです。ここは紳士淑女のブティックを謳っております。何卒よろしく」

「ど、どうも」

久しぶりの紳士的な態度。誠の礼儀作法。シンは他者の丁寧な対応に慣れず思わず面食らった。この服屋さんは結構格式が高いのかもしれないと、老紳士の対応をみてシンはそう考えた。

「ユキと一緒に来ただけなのでどうぞお構いなく。私はこういう店になかなか疎いもので」

「へぇそうですか、せっかく美人さんと一緒にいるのですから、これも何かの縁と思ってゆっくりと見てって下さい」

「ええ、そうさせていただきます」

ユキはいくつかの服を物色していた。シンはユキがリラックスしているのを見るだけでもほっとした状態でいられるが、それ以上にユキが様々な服を試着するのを見る事が本来のユキの一面を見ることができて喜んでいる様子であった。

いくつか服装を選んだ後、ユキは会計を簡単にすませた。

「ありがとうねシン。おかげで掘り出し物が多く見つかったわ」

「ああ、そうみたいだ。いろいろと試着しているユキの姿を見ているとなんだか乙な感じだったよ。次回は、今買った服で一緒に出歩きたいね」

「ふふ、お楽しみに」

ユキは控えめながらも、喜びが滲み出た表情をした。

買い物をしながらお互いの事の理解と交流を深めた二人はブティックを後にする。

ブティックの後の事、シンとユキが訪れたのは、何の変哲もない商業ビルの一角であった。安いレストランと雑貨屋があるくらいでそれほど高いビルではなかった。

「ここだ」

「ここって屋上入れるの?」

「何回か行ったことある。いい景色が見れるぞ」

「へー」

雑貨屋とアナログな階段を経由してシン達は屋上に辿り着く。

そのときの景色は不思議と素晴らしいものであった。

昼間の太陽が良い感じにビル群を照らし、人の動きが程よい大きさで捉えることができる。小人の街に辿り着いたかのような感覚を楽しいながら、それより上の方を見ると高速道路が日の光に照らされていた。

電気自動車の激しく滑らかな往来を間近で見ながら高く蒼い空にそびえる高層ビルとの対比が美しくも新鮮な視点を二人に与えてくれた。

「私たち、なんだか小人の国に来た感じね」

「そうだ。この感覚が大好きでいつもここに来る」

「あなたがそんなこというなんてね」

「これでも俺は結構ロマンが好きなんだ。煩わしいことなんてここ来れば全部忘れる」

「そうね。でもこんな不思議な場所どこで見かけたの?」

「ヴィクトリアでぼうっと空を見たい時があってさ、どこかぶらぶらと良いところを散歩してた。そしたら近くにこんな場所があったからその時はかなり驚いたな」

「ふふ、貴方の言う通りここは一段と空が綺麗よ」

「ああ、何もかも忘れそうだ」

「私のことも?」

ユキは悪戯っぽく笑っている。

「ユキは特別」

「ふふ」

顔を赤らめながら微笑を浮かべる。年が変わらないはずなのにシンには彼女が少女の様に見えた。この場所は来た人間を子供の気持ちにすると言われても違和感がないとシンは考えた。

大人びた表情のユキを見たのは何度もあったが、無垢な笑顔のユキを見た事はそれほど多くはなかった。

「あそうだ。これ飲む?そこいらで、買って来た」

シンはユキに炭酸飲料の缶を渡した。

「ふふありがと」

炭酸の刺激が喉を刺激する。その後は冷たさが通り過ぎるだけだ。その感触を二人で共有しながら青い空をずっと眺めた。

「あ、飛行機」

「お、あれか」

ユキが指差した方を見ると、たしかに飛行機雲が見える。配達用のドローンが空をせわしなく飛び回る中、飛行機が空を飛ぶのを見て二人は無邪気に空を見上げた。その中間だろうか、低空と高空の境目を縫うかの様に二羽のカラスが仲良く飛んでいた。

「あのカラスも空中散歩しているのかしら?」

「俺たちも似たようなものだ」

「そうかもね。……空が綺麗ね」

「ああ、本当に」

空は大きかった。深い青の中に全てのものを内包する。飛行機、鳥たち、ドローン。色々な事情、目的、気紛れ。ありとあらゆる感情ですら空は内包する。

シン達は空に魅せられていた。

「ユキはさ。暇なときはいつもどうして過ごしている?」

「私かぁ、機械いじっているか写真撮るかのどっちかね。ああ、端末もってくれば良かった。カメラ付きの、通話のみのみみっちいやつしかない」

「俺ので良ければ撮るか?」

「お、やっちゃいますか」

そうして、二人だけの撮影会が始まった。

ユキが空を見上げるところ。角度を変えて撮影したり、変なポーズを撮ったり、二人だけの時間を存分に過ごした。

白のキャップを頭から外したユキは、様々なポーズをとる。それをプライベート用の端末にシンは撮影した。童心に帰ったような気持ちになりながら、二人は再び空を見た。

「あはは。私たちなんだかとってもおばかさんね」

「たまにはいいさ。たまには、誰かがここに来る訳でもないし」

「そうね。あー思い切りふざけちゃったわ」

ユキが少女の様に笑い転げたのをみて、シンもいたずらっ子の様にニカッと笑った。

その後は、またぼうっと空を見ながら炭酸をゆっくり飲み干した。

そうして夕方に傾くまで悪ふざけを楽しんだ二人は小さなビルを後にする。







夕方の雰囲気も捨て難いと二人は考えたものの、せっかくの二人の時間をもっと色々と使いたいとシンが言ったため、街中をふらっと二人で歩いた。

アスガルドの人間が大半だったが、オズあたりから来た異種族の人々もふらりと歩いていた。彼らも観光客であるのは明らかだった。

「あ、そうだ。部品買ってっていい?」

「部品?」

「そっちの仲間に頼まれちゃって」

そっち。ハッカー仲間のことだ。ユキはハッカー集団とも繫がりがあり、良く技術を競い合ったり、仲間同士で食べにいったりもしていた。と言っても大半は女友達とであった。男と二人っきりで遊び歩くのは今回ぐらいであった。

「そうか、場所はどの辺?」

「あっちあっち」

ユキに連れられ、路地裏のようなところに入ってゆく。

ちょっとした冒険であった。

「大丈夫かここ」

「平気。仲間の縄張りだから」

「それホント平気か?」

半信半疑になりながら、路地の小さな電気店に入った二人は店員に声をかけた。

「どうもーひさしぶりー」

「……お邪魔しまーす」

「おう、ユキちゃんね。見てってよ」

「はーい」

その後のユキは部品を見かけるなり店員と話をし始めた。

コンピューター内部の部品について話をしているようだが、どうも規格品とは違うことをこれから『友達』はやるということはわかった。それ以外はさっぱり分からなかったが。

「じゃあ、そういう仕様でね。指定した日にもらいに来るからね」

「いつもありがとねー」

「はーい」

ユキは明るく別れを告げてからシンと合流した。

「ごめんね。さっき機械いじりっていってたら思いだしちゃってさ」

「問題ない。それより夕食はどうするか」

「そうね。もうこんな時間」

「ちょっと早いが、例のレストランか家で食べるか」

「それもいいか。家で!」

「家な。わかった」

二人は一旦夕食をとることにしてから、夜はアラカワの家で過ごすことにした。







夕食の料理はユキが作ることになった。それまで買ったものを玄関先に置いてからユキは本気で料理に取りかかった。材料は有り合わせのものだけだがユキは閃いたようだ。

「いいんだぜ。今日は俺が作るよ」

「キッチン見てたらさ。ちょっと閃いてさ。ご飯に合うもの作ってみる」

「お、それは楽しみだ」

「ふふ、がんばる」

ユキが作ったのは野菜の肉巻とサラダであった。有り合わせではあるがソースの味付けがご飯とよく馴染む。思わぬ収穫だとシンは感動しつつ、ユキに手間をかけさせたことに引け目を感じていた。

「なんだか、すまないね。料理までやらしちゃって」

「気にしないで、一人暮らしの時間長かったし。その時の情熱がね」

「次は俺が作るよ。勉強しておく」

「楽しみね」

無邪気に笑いながら夕食を完食した二人は、一旦窓の外を見た。

窓のバルコニーに出た二人は夜空を見る。

星空だ。どの惑星にいてもこれだけは変わらなかった。アスガルドの夜空は美しかった、ツァーリンのロスダムで見た星も美しかったが、平和な空間で味わう星をみるのはひと味違っていた。

ユキはそっとシンに近寄ってから微笑む。それは小悪魔的でもあり子供の様に無邪気でもあった。

「ねえ、シン」

「?」

シンは彼女の方に振り返る。

唇。暖かな感触。ユキの顔と黒髪が至近距離にあった。

暖かな感触が離れた後、ユキは言葉を紡いだ。

「いっぱい褒めてよ。大好きなんだから」

無言でシンはユキを抱きしめる。

褒め言葉をあげる前に、シンはキスをあげた。

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