眼光
@kanna2917
眼光
私が先生の弟子になったのは少し前の雨の日だった。
私の好きな小説の先生が近くの小さな広場に来ているというので少し顔を見てみたいと雨の中足を運んだ。
生憎の雨もあって人はあまり多くなかった。
何人かの作家の人達がテントを立てて自分の作品を前座っていた。
そこの一番奥に座っていた男性が一際私の目を引いた、なんて綺麗な顔立ちなのだろうか、綺麗な黒髪、整った顔はどこかのアイドルと言われても納得ができる、作家として人前に立たずこんなところにいるのはもったいないとまで思った程だった。
私は自然とその人の前まで歩いていった。
「これは、こんな雨の日に、好きな作家でも来ているのですか、お嬢さん」
その人に話しかけられて我に返った、無意識のままここまで歩いてきてしまった。
言葉に詰まり少し黙りながら下を向くとそこには私の好きだった先生の作品が並んでいた、それを見てようやくこの人が私の好きな作品を書いている先生なのだとわかった。
「あ、あの、私はあなたの作品が好きで」
「そうだったのですか、ありがとうございます、こんな雨の日にまで僕の作品を見に来てくれるなんて嬉しいですよ」
私はその言葉にあなたを見に来ましたと言いそうになって言葉を押さえた。
「傘をさしたままそのようなところに立っているのもなんです、よろしければ隣にでも座ってください」
「ありがとうございます、なら失礼します」
私はさしていた傘をたたんで先生の隣に座った。
「僕の作品は人気があるとは言えません、それでもこうして見てくれる人に出会えたことをとても嬉しく思います」
「人気がないなんて言わないでください、私は、私は確かにあの作品たちに魅せられました、先生の作品を見て私も書きたいと思ったんですから」
「あなたも作家の方だったのですね」
その言葉にぎゅっと唇を噛み締めて返した。
「違います、私はなりそこないです、先生に憧れて書き始めました、でも私は人との関係、立ち位置、ストーリー、どれも自分の手では生み出せない、ですから私は書くのをやめたのです」
「あなたが思ったものならよいのですよ、それが誰からも認められずとも…僕だって同じだったのですから、誰からも目を向けられず、このようにひっそり書いていた、しかしあなたは見てくれたではありませんか、こんな僕の作品を、あなたの作品もきっと見てくれる人がいるはずです、駄作だと思っても、自分で批評しても、誰もが同じ考えだとは限りませんよ、否定はよくありません、しかし初めは自信が持てないのも確かです、ならばどうでしょうか、僕の弟子として僕と作品を作ってみませんか」
嬉しかった、諦めてしまった自分を肯定してくれた人、その人の弟子としてもう一度頑張ってみようと思った。
「それが叶うのであればお願いします」
「はい、こちらこそ、お願いしますね、あ、そういえばまだ名前を言っていませんでしたね、僕の名前は最上咲哉といいます」
「あ、私は桜坂日向です」
「よろしくお願いしますね、日向」
「よろしくお願いします」
それから私は家から一時間程で着く先生の家に書き方を教わりに行った。
「先生、今日もよろしくお願いします」
ある日先生に行くと知らない女の人が横に立っていた。
「あ、日向、いらっしゃい、早速ですが紹介しますね、僕の隣にいるのが僕の幼なじみの雛月香華です、香華、こっちがさっき説明した、弟子にした桜坂日向だよ、二人とも仲良くしてくれ」
「ふーん、この子が」
すごく見られる。
なんだろう、初めてあったし、別になにもしてないのに。
「まあよろしくね」
「あ、はい、よろしくお願いします」
今日もここで私は書きながら先生の指導を受ける。
だけどやたら視線を感じるな。
後ろを振り返ると香華さんがずっとこちらを見つめて立っていた。
なんなのだろう、この視線。
「日向、少し飲み物を取りに行ってくるよ」
「はい、先生」
先生が飲み物を取りに行くと出ていくと香華さんに突然話しかけられた。
「ねえ、桜坂さん、なんで書いてるの」
「え、あの、私」
「あなたの作品にはなにも感じないわ、私にはなんで咲哉があなたを弟子になんてしたのかわからないわ、あなたに咲哉の書き方を教えたって書けっこないのに」
唐突に突きつけられた冷たい言葉、だけど私には否定はできない。
香華さんも作家だ、先生のように確実に人気とは言いがたいがそれでも作家としてしっかり誇りを持って書いているのだろう、確かにそんな人からすれば私の作品はひどい、それ以外に言葉がないのだろう。
わかっている、自分でもわかっているんだよ、私が先生の弟子でいるのがおかしいことなんて、あの時は本当に嬉しかった、先生に自分の弟子にならないかと言われて、私は本当に…。
でもこうも思っていたんだ、私なんかでよかったのか、私以外に本当に弟子になるべき人がいるんじゃないか。
先生に書き方を習い始めた頃に一度先生に聞いたことがあった。
「先生、なんで私を弟子にしたんですか」
「あの時僕の作品を見ていてくれたからだよ、誰かに僕の作品を継いでほしかった、でもこんな人気もない作家の弟子になってその書き方を継ぎたい人なんていないと思っていたんだ、そんな時に現れたのが日向だった、僕の作品を見てくれた日向に教えたいと思ったんだ、どうしたんだい、急に」
「いえ、少し…知りたかっただけです、ありがとうございます」
何かが刺さった気がした、別にどんな理由であってもよかった、私が今先生から書き方を教わっているのは事実だから、だけど少し不満を抱いてしまった。
あの時作品を見に来ていたのが私でなかったら、私ではなく他の人が先生の作品を見に来ていても先生は私のように弟子にしたのだろうか、それは私でなくてもよかったのだろうか、私は主役ではなかった、晴れ晴れとストーリーに存在するものではない、ただの脇役、通りすがりのただの町人であったことに不満を抱き、不安になった。
だからこの時の香華さんの言葉がとても刺さったのかもしれない、自分の不安が肯定されてしまったような…。
「日向、紅茶でよかったかい」
「…先…生」
「日向」
「すみません、今日は帰ります」
走って逃げてしまった、私はなにをしているんだろう、初めからわかっていたはずだ、理解していたはずなのに、いざ他人から肯定されただけで傷ついた。
「香華、なにかあったのかい」
「いいえ、なにもないわ)」
「そうか、日向…」
私は少しの間先生の家には行かなかった、正確には行けなかったの方が正しい、逃げ帰ってきた私がどのように先生のところに行けばいいかわからなかった。
私が先生のところに行ったのはあれから一ヶ月後。
「先生…すみません…日向…です」
「日向…よく来たね、最近はあまり来ていなかったからね、忙しかったのかい」
「それは…すみません」
「気にすることはないよ、とりあえず座るといいよ」
先生が優しく微笑んだ顔に少しほっとしたが疑問を抱いた。
「先生、私の顔…見えにくいんですか」
「よくわかったね、わからないようにしていたのに」
「目が見えにくい人って少し目を細くしたりするので」
「そうか、日向はよく見ているね、緑内障なんだ、いずれ打ち明けないといけないとは思っていた、僕が弟子を取ったのもそのためだ、自分で書けなくなる、その前に自分の作品の書き方を他人に教えておきたかったんだ」
そんな、先生の目が見えなくなる、先生が書けなくなる、そんなの嘘だ、だって先生にとって作品は人生そのものなのに。
「治らないんですか」
「治らないよ、僕が緑内障になったのは今から十五年くらい前のことだ、あの時からいつかこの時が来ることはわかっていた、ずっと普通のふりをしていたけどもう隠せない、もうほとんど見えないからね」
「そんな」
「気にすることはないよ、さっきも言ったように決まっていたことなんだ、覚悟もできていた、だからそんな顔をしなくてもいいよ」
そんな顔…私は今どんな顔をしているのだろうか、ほんの少し前までただの他人であった、会って間もない先生の事情を知って傷ついているのか、もっと早くに気づけなかった後悔、それとも先生の人生に対する憐れみ、たくさんのことを思ったけどどれも先生の人生を否定するようで嫌だった。
「日向、お茶を持ってくるよ、少し落ち着きなさい」
「はい…先生」
先生が出ていって一人になるとなんの感情なのかわからない感情が溢れるように湧き出してきた。
本当にわからない、私は何故こんなにも自分のことのように、いや、自分のことよりもつらく感じるのだろう。
何かが割れるような音がした。
音に振り返ると落としたと思われるお皿を前に香華さんが手を震わせながら立っていた。
「だ、大丈夫ですか」
手を伸ばして下に落ちたお皿の破片を拾おうとすると香華さんにその手を振り払われた。
「あ、ごめ、いい、拾わなくていい」
「え、あの」
私は手を引き、香華さんが目の前でお皿の破片を拾っているのを見ていた。
「なんで…なんでまた来たの」
「私はここに来ない間とても悩みました、香華さんに先生の弟子には相応しくないと言われて自分でもそう思いました、だからずっと来られませんでした、でもやっぱり来ようと思いました、それに今日先生の目のことを知って…私は先生の目になりたいと思ったんです」
「日向、遅くなったね」
先生が戻ると香華さんは悲しそうな顔をして立ち上がった。
「ごめん咲哉、私帰らなきゃ」
「うん、またね香華」
「なんであなたなのよ」
近くにいた私にだけほんの少し聞こえた香華さんの思い。
先生はいつものように優しく微笑みながら香華さんを見送ったが、香華さんは逃げるように走って行ってしまった。
その光景を見て私と重なった。
私は、私と香華さんは先生に惚れているのだろうか。
「日向、書こうか」
「あ、はい」
その日は香華さんのことが気になって集中することができなかった。
「今日はあまり集中できていないね」
「あ、すみません」
「香華と何かあったんだろう、一ヶ月来なかったのもそのせいかな、ずっと香華もそわそわしていたからね」
「えっと…」
「少し昔話をしよう、香華は僕の幼なじみで小さな頃から一緒にいた、大人になってからはおとなしくなったけど昔はとてもやんちゃで男の子みたいだったんだ、いつも臆病な僕を守ってくれた、僕が緑内障だとわかった時も香華が慰めてくれてね、香華がいなかったら乗り越えられなかったかもしれない、とても感謝してるんだ、日向に少し当たりが強いみたいだけど少しだけ我慢してくれるかい、本当に悪い人間ではないんだ、ただ敏感なだけの強気だけど臆病な人間なんだ」
香華さんのことを知って理解した、香華さんが私に当たりが強いわけ、香華さんはずっと先生のことが好きで守ってたんだ、だけど先生は私を弟子としてここに連れてきた、自分が好きだった大切な人を他の人が好きだったりしたらやっぱり嫌だと思うよ、それが自分のわがままだってわかっていてもその気持ちは止められない、香華さんもずっと戦っていたんだ。
「大丈夫です、先生、私は香華さんを嫌ってなんていませんから」
香華さんが先生のことを好いているのなら私にとっても香華さんが恋敵のようになってしまうのかもしれない、香華さんは私が知らない先生をたくさん知っている、羨ましい、でも私は恋敵だから羨ましい、妬ましいじゃなくて、友達としてそれを羨ましいと思いたい。
「ありがとう、日向」
先生はいつもの優しさに少しほっとした表情を混ぜて笑った。
それから数ヶ月、私は先生のところに通い続けたが先生のところに香華さんが来ているのを見ていない。
「先生、最近香華さんは来ていないんですか」
「そうなんだ、もう三ヶ月は来ていない、こんなに長く来なかったことはないんだけど」
もう三ヶ月、そんなに経つのか、香華さんと会ったのはあの時が最後だ、今はどうしているんだろう。
「先生、ありがとうございました」
「うん、またおいで」
「失礼します」
帰り道、先生の家を出て少し行った丘の頂上に続く階段の前に香華さんが立っていた。
「香華さん」
「日向…あ、ごめんなさい、桜坂さん、なにか用事かしら」
「いえ、家に帰ろうと思っていたら香華さんが立っていたので、つい声をかけてしまって」
「そう、なら早く帰りなさい」
香華さんはそのまま階段を上っていこうと足を前に出した。
「香華さん、私は先生のことが好きです」
一瞬反応したように動きが止まったが振り返った時には平然としていた。
「それがなに、私には関係ないわ、それとも私への当て付けのつもり」
「そんなんじゃないです、私は明日先生のところに行ったら先生に告白しようと思います、違ったらごめんなさい、香華さんも先生のことが好きなんですよね、私も先生のことが好きです、ただの通りすがりだったかもしれませんが先生が私を選んでくれたことは事実です、私は先生の意思を継ぎたい、先生を支えたい、目だけではないです、これからの先生をずっと支えていたいんです」
「そう、好きにすればいいじゃない」
「でも私は香華さんとも仲良くなりたいです、友達にはなれませんか」
「ばかじゃないの」
そう言って香華さんは歩いて行ってしまった。
「どうしたらいいんだろう」
次の日、私は先生の家に行くとすぐに話を切り出した。
「先生、あの、私」
「日向」
「あの、私、先生のことが好きです」
「そうですか、ありがとう、でも返事の前に少し僕の小説を聞いてくれるかい」
先生の顔が少し悲しそうに見えた。
「はい」
「この小説の題名は眼光、みんなから忌み嫌われた少年がいた、少年は決して寂しくないわけではなかったが人と関わることを好かなかった、その理由は少年の産まれ持った病気のせい、病気のせいで周りからよく思われず自分すら自分を否定した、だけどそんな少年を一人愛してくれた少女がいた、少年は自分に向けられた初めての好意に喜びはしたがどこか疑ってしまった、何故自分なのだ、少女は本当に自分のことを好いているのか、疑ってはいけないと思いながら少年は少女を疑った、少年は少女が友達と話しているのを聞いた、なんであんな嫌われものを好きだとか言ってるの、友達にそう聞かれると少女はこう答えた、だってみんなから嫌われてあまりにも憐れだったんだもの、少女のその言葉を聞いて気づいた、少女のこの気持ちは愛ではなく憐れみなのだと知った」
「先生」
「少年は思った」
「先生、もうやめてください、そんなお話、聞きたくありません」
「自分が愛されるべきではないのだと」
何度呼んでも先生は話すのを止めてはくれなかった。
私はその場所に息苦しさを感じ、逃げてしまった。
先生は私が出ていった後も話続けた。
「自分の全てを悟ったように何もかもが暗く見えなくなった、この眼にはなにも見えない、光が入ることはない、暗く深く落ちていく」
先生は話し終わるとゆっくりと腰を上げてふらふらと外に歩いていった。
「咲哉」
「香華か」
「見えてないの」
「声でわかるよ」
「やっぱり見えてないのね、この先は丘に続く階段しかないわよ、その目じゃ危ないわ、それに日向のことやっぱり振ったのね、泣いて走っていくのが見えたわ」
先生は目を閉じて話した。
「傷つけてしまったな、でもこれが正しいんだよ」
「正しい正しくないじゃないのよ、どうせまた眼光の話でもしたんでしょう」
香華は鋭いな。
「そう、あの話はこういう時のために僕が作ったんだからね」
「私が咲哉をずっと守ってあげるって言った時もその話を聞いた、私もあの話は嫌いよ、あれは咲哉にとっての現実逃避だもの、そんなもの書くために作家になったんじゃないでしょう…それにわかっているはずでしょう、日向が咲哉を好いているのは憐れみなんかじゃないって、私は…私の時は憐れみだったのかもしれない、でも日向は絶対に違うってわかるのに、なんで答えてあげないのよ」
香華は泣きそうな目で強く言った。
「違う、憐れだとか憐れじゃないとか、そんなのは関係ないんだ、僕が一緒にいてほしくない、それだけなんだから」
「それこそ違うのよ、それは咲哉の本心じゃない、一緒にいたくないなんて嘘だよ、咲哉は自分の目が見えなくなった後に日向が本当に笑っているのかわからないのが怖いんだよ、咲哉らしくない、平然を装ってるけど隠せてない、だってそんなに悲しそうな顔をしてるんだもの」
先生は少しの間言葉を発さなかった。
「香華、日向探してくる」
振り返って歩いていこうとする先生の手を香華さんが引っ張るように止めた。
「香華」
「その目じゃ危ないでしょう、探してきてあげるから家で待ってなさい」
「でも僕が」
「すぐ見つけてくるから、だから待ってて、怪我でもしたら日向が泣くわよ」
「ごめん、お願い、日向に」
「ちゃんと連れていくから、咲哉もちゃんと家で待ってなさいよ」
「うん、お願い」
香華さんは先生の背中を軽く押すと走っていった。
結局香華さんが私を見つけたのは先生と分かれてから一時間程後だった。
「日向」
呼ばれた声に咄嗟に振り向くと息を切らした香華さんが立っていた。
「え、香華さん」
あれ、今、日向って。
「日向、咲哉が待ってる、咲哉の家に行ってあげて」
「ごめんなさい香華さん、私は行けません、私は先生に否定されました、先生の人生のただの通りすがりの一人だった私には戻る資格はありません」
私は香華さんから目をそらして下を向いた。
「なんで、なんで決めつけるのよ、日向がただの通りすがりなわけないじゃない、日向は知らないだろうけど私…何度も咲哉の弟子になりたいって言ったのよ、だけど断られた」
「それは香華さんは作家で自分の作品を書いているから」
「違うの、私が咲哉の弟子になりたいって言ったのは私が作家になる前、私は何度もお願いしたけど答えは毎回同じだった、私が作家になったのは断られても作家として咲哉の近くにいたかったから、だから咲哉がいきなり日向を弟子にするって連れてきたときとても嫌だったの、強く当たってごめんなさい」
そんな理由があったなんて、はじめから香華さんは私を敵視してると思ってた、でもそれがなんでなのかわからなかった、でも知れてよかった、それが私自身への憎悪ではなく先生への気持ちであったこと。
「いいんです、私、そんな香華さんの気持ちを知らなくて」
「日向、ごめん、私も日向と仲良くしたい、だけど今はお願い、咲哉のところに戻ってあげて、日向は咲哉の人生のヒロインだから、咲哉も日向を待ってる、眼光を読んだことを後悔してる、だから咲哉の本心を知ってあげて」
香華さんがこんなにも感情的になるのを見たのはこれが初めてだった、私にとって香華さんは今まで少し怖いイメージがあって、それで冷たく、凍りつく感じがした、だけど今は何よりも熱い、感情に心があることがわかる、先生のところに帰るのが怖い、香華さんは私のことをヒロインだと言うけれど本当にそうなのか、きっとまた先生に否定されたら私はもう戻ってこられない、怖いの…だけど行こう、香華さんの言葉を信じて、先生の本心を知りに。
先生の家に向かって走った、急いでいるわけではない、ただ勝手に体が動いたの方が表現として正しいのだと思う、会いたい、早く先生の本心を知りたい、体の中で誰かが叫んでいる気がした、私は走り続けた。「先生」
「日向」
「先生、あの」
「日向、すまなかった、僕は本当は日向と一緒にいたい、離れたくない」
先生の本心、聞くのが怖かった、だけど聞いてしまえばなんだろう、嬉しい、聞いてよかったと思う。
「先生、私もです、私も先生と一緒にいたいです」
こんな言葉を言うのは恥ずかしかった、だけどやっと言えた、私が心の中に隠していた本音、それを言ってしまったら体の中に溜まっていたなにかが一気になくなったようで、自分が空っぽになった気がした、だけどそれも一瞬のことだった、今は嬉しい、その感情が私に空いた穴を一気に埋めてしまったみたい。
「やっと素直になれたわね」
「香華さん」
「香華」
「二人ともお互いのことを考えているくせにそれをこじらせて面倒なことになっちゃうんだから、これからはお互いにわかるように素直な気持ちを相手に伝えなさいよ」
「香華さん、ありがとうございます、本当にありがとうございます」
「ちょっと泣きつかないでよ、抱きつく相手はあっちでしょ」
香華さんは私の手をとってゆっくりと先生の前に連れていった。
「ほら」
「先生」
私は香華さんに背中を押され先生に抱きついた。
「先生大好きです」
「僕もだよ日向」
「まったく世話が焼ける」
「香華さんも大好きです」
「日向、なんで私にも言うのよ」
私はもう一度香華さんに抱きついた、今度は泣き顔ではなく笑顔で。
「咲哉、日向はちゃんと笑ってるよ、心配なんていらなかったでしょう」
香華さんは私の頭を撫でながら微笑んで先生に話しかけた。
「そっか、日向が笑っているのならよかった」
もうその笑顔を見ることができない、僕の瞳の中は真っ暗な闇に包まれている。
もう光なんて届かないと思っていた、だけど僕は見た、確かにこの暗い瞳の中に小さな光が灯った。
「先生、心配しないでください、私はいつまでも笑ってます、だって先生が隣に居ますから」
そう、これが私の人生、そしてもう一つの眼光の物語。
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