第9話
魚人族の集落は、森の中の沼沢の畔にあった。
あちこちで焚かれた焚き火に赤く照らし出された住居は、木の枝と葉を組み合わせた粗末な小屋で。
排泄物を沼にそのまま流しているのか、集落全体にすえた不快な臭いが漂う。
夜鳥の鳴き声に混じって、時折、女声のすすり泣きが聞こえ、それさえも彼らにとっては笑いのタネなのか、小屋に向かって魚人の一人がなにかわめき、それを他の魚人が囃し立てるように手を打って嗤う。
魚人は、美咲が想像したような、魚に手足を生やしたような生き物ではなかった。
全体的には人間に近いといえば近い。
だが、手は膝に届くほど長く、逆に足はひどく短い。
エラ張った顎と全体的に中央によった顔のパーツ。目は開いているのかわからないほど細く、青白い肌はうっすらと鱗に覆われている。
「……あー、ジャーが嫌ってる理由がわかったかも……」
見ているだけで嫌悪感が湧いてくる。
美咲は森にしゃがませたサイラの中で、顔をしかめて呟いた。
美咲の見ている先で、魚人達は食事しながら、糞をし、それを手で受けて沼に放り込むと、平気で食事を再開するのだ。
――ダメだ。これ……ホント、ダメだ。
とにかく気持ち悪い。
サイラの視覚は夜目が効くのか、それと同調している美咲には、集落の様子がはっきりと見て取れて、こみ上げる吐き気を抑えるのに努力が必要だった。
「ジャー……早くしてよぉ」
じゃないと、今すぐこの集落を潰してしまいたい気持ちが押さえられなくなる。
ジャーが立てた作戦は、少人数のテツ達でも実行できるよう、ひどく単純なものになった。
美咲がサイラで暴れて注意を引きつけ、その間にテツ達がイゾリの邑の女達を助け出す。
今は身軽なジンが、夜闇にまぎれて女達の居場所を探っているところだ。見つけ次第、ジャーが合図をくれる事になっている。
ジャー達が潜んでいるはずの、集落を挟んだ反対側の森を見つめながら、美咲は落ち着きなく膝を人差し指で叩いた。
やがて、合図が来る。
森の中で、炎の明かりがチラチラと光っては消えるを定期的に繰り返す。
「――待ってましたっ!」
美咲はサイラで森から飛び出す。
焚き火に照らし出されて、紫紺の肌のサイラが集落の広場に躍り出る。
『――襲われる嘆きを思い知れっ!』
手近に居た魚人数人を蹴り飛ばし、夜空に向かって高々を吠えた。
魚人がなにか喚いているが、サイラは止まらない。
粗末な小屋を打ち砕き、掴んだ魚人を容赦なく地面に叩きつける。
逃げようとした魚人は、背中から踏み潰した。
統率もなく、散り散りに逃げる魚人を追って、サイラは集落の中を疾走した。
と、沼に逃げ込んだ魚人が、水面になにかを振りまく。
途端、水面が盛り上がり、巨大な亀が次々と姿を現した。
その数――四。
『それがおまえらの切り札ってワケか……』
生き残っている魚人が、沼の周りに集まって、サイラを指さしわめいている。まるでそれに従うように、巨亀はサイラに向かって駆け出した。
その見た目に反して、巨亀の足は速く、サイラの目前に迫る頃には、突進と言って良い勢いになっている。
だが、サイラはそれを跳ねて回避。その甲羅の上に飛び乗ると、
『あ――ッ!』
単音で奏でられる原初の唄に応えて、事象干渉領域に白い光が無数に浮かび、次の瞬間、まるで収束するように、サイラの足元の甲羅へと突き刺さる。
――甲羅が砕けた。
「ブブフ――ッ!?」
巨亀の悲鳴じみた声が響き、青い血が噴水のように柱を作って噴き上がる。
巨亀は小屋に激突して止まり、そのままピクリとも動かなくなった。
残る三体の巨亀を白の文様で造られた貌で見据え、サイラは倒した巨亀の上で、青い鮮血を浴びながら組打ちの構えを取る。
『――ナメんな魚類っ! こんな爬虫類ごときで、当代無双と謳われた、この穂月美咲を止められると思うな!』
美咲は叫んで、
唄う神器とあたしの魔道 前森コウセイ @fuji_aki1010
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