第8話

 ジャーの計算は正しく、竜を見たあの日から、二日後の昼には、美咲達はイゾリの見覚えのある場所まで辿り着けた。


「大人の足で一週間といったところか。近いな」


 ジャーはこれまでの道のりを書いた帳面の、自作の地図を見つめながら呟く。


「おい、テツよ。この距離なら放っておいたら、ウチも魚人に襲われていたはずだ。先手を取れた分、私達は有利に事を進められるぞ」


「そいつぁ、イゾリに礼をしなくちゃいけねえな」


 そう言って、テツはイゾリの頭を撫でる。


「ウチの邑が助かったのは、おまえのお陰だ。魚人の事は俺達に任せとけ」


「そうそう。あたしとサイラが入れば、魚人だろうが魔獣だろうが、ぶっ飛ばしてやるんだから!」


 美咲も胸を叩いて、イゾリに告げた。


 イゾリの案内に従って、河原から森へ分け入り、やがて邑が見えてくる。


 二十戸あるかないかの小さな邑だ。


 魚人の襲撃を警戒していたのが、周囲に張り巡らされ、しかし打ち壊された柵の跡や、崩された物見櫓の残骸から伺える。


 家々もほとんどが火を駆けられて燃え落ちているか、崩されて傾いているものばかりで、被害の大きさが伺えた。


 美咲は邑の中央までサイラを進め、そこでみんなを載せた木籠を下ろした。


「これは……」


 テツ達が言葉を失って呻く。


「――みんな! 爺ちゃん!」


 イゾリが声を張り上げて駆け出し、半壊した建物に入っていく。


「ミサキ、おまえはサイラで周囲を警戒していろ」


 ジャーがそう言い残し、テツ達をともなって、イゾリの後を追った。


 美咲はサイラに乗り込み、指示通りに周囲を警戒して見回す。


 壊された家や物見櫓の破壊痕の位置からいって、イゾリが見たという魔獣はサイラより、やや大きいように思えた。


「サイラにも武装……せめて防具が欲しいなぁ」


 今のサイラは素体のままで、申し訳程度に胸と腰に邑人が毎年こしらえているのだという、布を巻いているだけの状態だ。それ以外の部分はボディスーツのような質感の紫紺の肌がむき出しになっていて。


 この世界に来たばかりの日に戦った熊のようなのが、複数体いるとなると、やはり防具は欲しいと思ってしまう。


「まあ、贅沢は言えないから、結界張って騙し騙しやるしかないか」


 それから美咲は、身体を馴染ませる為に組打ちの型を繰り返す。


 しばらくして、ジャーが戻ってきて、美咲はそれをやめ、サイラから降りた。


「ジャー、どうだった?」


「イゾリの祖父が生きていた。それから重傷だが男が十人近く生き残っている。いまテツ達が持ってきた薬草で治療してるところだ」


 そこまで言って、ジャーは真剣な顔で美咲を見る。


「厄介な事に、魚人共は雄だけで三十人はいるようだ。集落の場所はわかったが、雌や子供も含めると、五十人以上の大集落になる。

 ――ミサキ、おまえ、それを皆殺しにしろと言われて、できるか?」


「気を遣ってくれてるの?」


「一般論として、文化水準の高い者は生物――特に人型ものの殺害を忌避する傾向にある。

 おまえもそうだった場合、それに沿った戦術を整えねばならん」


 ジャーがやや気恥ずかしそうに顔を反らして告げた。


 ミサキは一度、空を見上げて深呼吸し、ジャーに視線を戻す。


「――それが戦で、そうする事が必要だっていうなら、できるわ」


「ほう?」


「あたしはね、これでも元の世界で防人――人を守る為の戦士の訓練を受けていたの。その中には、対人戦闘の訓練もあったし、殺める為の覚悟を決めるものもあったわ。

 だから、ジャー。あんたはあんたが考える、もっとも被害の少ない方法を――テツ達が怪我したりせずに済む方法を考えて」


 ミサキの言葉に、ジャーは「ふむ」と鼻を鳴らしてうなずき、帳面を取り出すと、なにか書き付けてはページを戻して確認し、また書き付けてを繰り返す。


 やがて顔を上げたジャーは、ミサキに告げた。


「魚人の集落への襲撃は今夜だ。

 邑人の話では、連中はもうこの邑を滅ぼしたと考えているようで、ここ数日は姿を現していないそうだ。だから、おまえも休め。食事にしよう」

 そう言って、ジャーはイゾリやテツ達のいる家屋に向かって歩き出し、美咲もその後を追った。

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