第7話

 邑に戻ったテツは、ジャーとミヤからの説明を受けて、夜に男衆の会合を開いた。


 結果、イゾリを帰す為に遠征が決まったものの、邑の生活もある為、男衆はテツを含めて5人が、美咲とジャーに同行する事になった。


 イゾリの回復を待ち、三日後の朝。


「じゃ、行ってくるね」


 美咲はサイラの肩を上から、邑のみんなに手を振る。


「ミヤ、気をつけてね」


 心配そうに言うミヤに笑顔でうなずいて、美咲はサイラに乗り込んだ。


 同行する男衆達も家族に別れを告げて、材木を組んで作ったサイラ用の背負籠に乗り込む。


 ミサキはサイラでその背負籠を背負うと、イゾリを拾った川を目指して歩き出した。


 うっそうと繁る原生林も、サイラならば大した苦もなく進める。


 川まで来たら、そのまま遡るように川沿いを北上だ。


 時折休憩を挟み、どんどん進み、その日は何事もなく夜を迎えた。


 移動の間、ジャーはサイラの肩の上で地図を作成し、男衆はイゾリを励まそうと盛んに話しかけていた。


 夕飯は燻製肉と野草の汁で、一日中歩き続けた美咲にとって、焚き火で焙られた燻製肉はひどく美味しく感じられた。


「イゾリ、大丈夫? 疲れてない?」


 隣で燻製肉をかじっているイゾリに、美咲は声をかける。


 いかにサイラに運ばれているとはいえ、一日中、背負籠の中で座りっぱなしなのだから、疲労がないとはいえない。ましてイゾリは病み上がりだ。


「大丈夫。おっちゃん達も気遣ってくれるし、狩りの話とか面白いから」


 イゾリは完全に憂いが拭い切れていない表情で、それでも気丈に笑みを浮かべて、そう答えた。


「だいぶ上流に来たと思うんだけど、この辺りに見覚えはない?」


「ごめん。まだない。あの日は雨が振ってたから、川の流れも速くなってたから……」


 もっと上流から来たという事だ。


「ヒヤマが今は南西に見えはじめているが、おまえの邑では、あの山はどのように見えた?」


 ジャーが問いかけると、イゾリは首を振って答える。


「もっと小さく……近くの森の上に天辺の辺りが、見える程度だったと思う」


 ジャーはふむ、と鼻を鳴らすと、なにやら荷物からよくわからない、定規を組み合わせたような道具を取り出し、ヒヤマに向けたり、サイラに向けたり、森の木々に向けたりし始めた。それから帳面になにやら書き付け、顎をさする。


「ざっくりと計算してみたが、あと二日はかかるだろうな」


「そんなに?」


「サイラの足でも、我々を載せた状態では、増水時の川より速くは歩けないだろう? それを考慮すれば、そのくらいになるはずだ」

 と、帳面の文字を見せながら、ジャーは告げる。


「……なんて書いてるかわかんない」


「おまえ、文字が読めなかったのか? 数字と四則演算記号など、脳が筋肉でできているジンでも読めるぞ?」


 名前を出されてジンが「ひでーよ、先生」とぼやく。


「――数字くらい読めますぅ! 文字も読めますぅ! この世界の文字を知らないだけですぅ!」


 頬を膨らませて、ムキになって言い募る美咲に、ジャーは納得とばかりに手を打った。


「そういう事か。ならば教えてやるから覚えろ。文字は知識の基礎だ。覚えて損はない」


「ホント? 助かるよ。せっかく紙も書くものもあるのにさ、日本語で伝言残しても、誰にも伝わらなくて、困ってたんだよね」


「あの落書きのようなものは、おまえの世界の文字だったのか。いわれてみれば、確かに規則性があるように思えたが……」


「ちょ、ジャー! 落書きってひどい!」


 そんな話をしつつ、遠征一日目の夜は更けていった。


 特筆すべきものがあったのは、二日目の昼過ぎだ。


 昼食休憩を終え、給水も終えた一行がそろそろ出発しようとしていた時。


「ん? ジャー、なにか聞こえない?」


 分厚い金属を殴りつけたような、ゴウンゴウンという音と共に、風を巻くような音が聞こえてきて、美咲はジャーに問いかけた。


「ああ、竜が上空を飛んでいるようだ」

 と、ジャーは西の森の上を指差す。


 そこには山のような巨大な構造物が、陽光を照り返して黒光りしながら飛行していた。


「うわっ! マジで竜じゃん! この世界にも居るんだね」


「ほう、おまえの世界にもいるのか?」


 興味深そうにジャーが尋ね、美咲はうなずきで応える。


「詳しくは知らないけど、あいつらって世界を渡る力があるって、ウチのご先祖様が言ってたよ?

 ひょっとしたら、こっちとあっちを行き来してるのかもね」


「ならば、おまえを帰してやる手がかりとなるやもしれないが……」


 顎をさするジャーの表情は優れない。


「いや、アレをどうこうするのはムリでしょ。子供の頃に、アイツらの親玉みたいな奴に全力で攻撃してみたけど、鱗一枚、ハンパに砕くので精一杯だったもん。

 しかも、こっちを見向きもしないの。笑っちゃうよね」


「おまっ!? 竜に攻撃したのか? 信じられん……」


 ジャーは呆れたように嘆息し、右手で顔を覆った。


「だってさ、鱗の欠片を手に入れたら、幸せになれるって聞いたんだもん。欲しくなるじゃない?

 見て見て、これがその時に手に入れた鱗の欠片」


 そう言って、美咲は胸元から赤い石のついた首飾りを取り出してみせる。


「すげー! 本物?」


 イゾリが身を乗り出して覗き込み、キラキラした目で美咲に尋ねる。


「本物だよー。なに、イゾリ、疑ってんの? じゃあ、実際にやってみせてあげよっか? あれからあたしも成長したし、今なら鱗一枚くらい行けるかもっ」


「――やめろ、バカ者! 万が一襲われたらどうする!」


「なになに、ジャーってばビビってんの? 大丈夫だって。あのサイズの奴なら、人間舐めてるから、鱗一枚傷つけたくらいじゃ、見向きもしないんだって」


「それはおまえの世界の竜の話だろう! あの竜もそうだとは限らん。いいから、やめておけ」


 へらりと笑っていた美咲だったが、本気で留めにかかるジャーに気圧されて、渋々うなずかざるを得なかった。


 そうこうする間にも、竜は大空を悠然と横切って去っていく。それを見送り、ジャーとイゾリは胸を撫で下ろす。


「なんだよぅ。ちょっとイゾリが元気出るように、お守りでも用意できたらなぁって思っただけじゃん。本気で怒る事ないじゃんか。ジャーのばーか。ばーかばーかっ」


 美咲だけが不機嫌そうに頬を膨らませ、悪態をついてサイラに飛び乗った。


「おまえの場合、本当にできてしまいそうだから、怖いのだよ……」


 だから、ジャーの苦笑交じりの呟きは、美咲の耳には届かなかった。

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