第6話

「――ここはヒヤマって山の麓のサイラの民の邑。あたしは美咲でこっちはジャー。

 あんたの名前は?」


 目覚めた少年が身を起こそうとするのを留めて、美咲は名乗り、少年に尋ねた。


「俺はイゾリ。俺はどうしてここに?」


 その質問に、美咲が説明しようとしたが、ジャーが先程の彼女の説明を思い出して、手で制した。


「おまえが川で流されてきたのを、この美咲が拾ってきた。どうして流されたか、覚えているか?」


「そうだ! 邑が! 邑が大変なんだ! 俺、じっちゃに逃してもらったのに、焦って川に落ちて……」


 ジャーに問われて、イゾリは慌てたように身体を起こす。


「ふむ。という事は、おまえの邑は川の上流という事で間違いないな。

 ――近くまで行けば、場所はわかるか?」


「わかる、と思う」


「それで、邑が大変とは?」


「魚人が襲ってきたんだ! あいつら、去年から邑の側に棲み着いたらしくて、いっつも邑に難癖吹っかけてきてたんだけど、断り続けてたら襲ってくるようになってさ」


 イゾリは悔しそうに、拳を握りしめて告げる。


「魚人?」


「亜人種のひとつだ。エラと肺両方で呼吸できる種でな。ヒレが四肢に進化している」


 説明された美咲は手足の生えた魚をイメージしたのだが、

「おまえのイメージとは、恐らく違うぞ」

 まるで心を読んだかのように、ジャーは言って、苦笑する。


 それからイゾリに向き直り、さらに尋ねた。


「魚人種は陸上ではそれほど脅威ではないだろう? 邑人でも対応できたはずだ」


「できてたんだよ。男衆が武器持って追い払ってた。

 でも、今回はあいつら、何匹も魔獣を連れてきてて……男衆が何人も殺されて、女衆が連れてかれてた――」


 滲む涙を拳で拭って、イゾリは告げる。


「女衆はなんで?」


「――魚人は快楽の為に他種であっても、女を使う」


 その言葉に、イゾリが顔を真っ青にし、美咲は嫌悪で顔をしかめた。


 ジャーだけが平静のままに、イゾリに告げる。


「さて、これからの事だが。おまえにはふたつの道がある。

 ひとつはこのまますべてを忘れて、この邑で暮らす」


「――ジャーっ! あんたっ!」


 美咲がジャーの肩を掴んで声を荒げるが、彼は取り合わない。さらに指を立てる。


「もうひとつは、邑に戻って生き残りを探し、魚人どもに復讐する道だ。

 ――おまえはどちらを選びたい?」


 問われたイゾリはジャーを見据えて即答した。


「邑に帰りたい! 助けたい奴がいるんだ。こんなトコで寝てられない!」


 その答えに、ジャーはふっと表情を和らげ、イゾリの頭を撫でた。


「ならばこそ、今は休め。疲労した身体では、復讐はおろか帰る事すら困難だぞ。

 美咲、邑の男衆を集めて、協力者を募れ。魚人相手に戦を仕掛けるぞ」


 イゾリを横に寝かせ、ジャーは美咲に指示を出す。


「わかった。でもいいの?」


「なにがだ?」


「あんたって、戦とかそういうの嫌いそうだったから」


「話が通じる相手なら、な。私は基本的に交渉に暴力を用いるのは嫌いだ。

 だが魚人とは、そもそも会話にならん。連中は要求してくるばかりで、一度要求を呑めば、増長してどこまでも要求を強めてくる。害悪にしかならん連中なのだ」


 嫌悪するように告げるジャーに、美咲は薄ら寒いものを感じて、コクコクうなずく。


(……ああ、ジャーも怒ってるんだ)


 あまり表情に出てないだけで。


「――ただいまー。あ、起きたんだね。よかった。薬草茶もらってきたよー」

 と、そこにミヤが湯気の立ち昇る木杯を持って帰ってきた。


「あ、ちょうどよかった。ミヤ、テツって何処にいるかわかる?」


「お父さん? 今日は南の原っぱに鳥撃ちに行くって言ってたよ」


「わかった。ありがと」


 ミヤに礼を言って家を飛び出し、美咲はサイラを置いている大岩へ向かった。


 南の原っぱは広い。移動が大変だし、テツを見つけるのも大変だ。だから、美咲はサイラでテツの側から見つけてもらおうと思ったのだ。


 いつもの手順でサイラを動かし、邑から南に走って五分ほど。


 肩に軽い衝撃を感じて、そちらを見てみると、茂みからテツが姿を現した。小石を投げてきたらしい。


「ミサキ、どうしたんだ? おまえが御神体で来たせいで、鳥が逃げちまったじゃねえか」


「――テツ、相談事。割と急ぎで。邑まで運ぶから、乗って」


 二度も自身の説明を否定されて、美咲はすっかり説明を諦めていた。どうせならジャーに説明させた方が早い。


「……詳しくはジャーに聞いて欲しい」


 そう言って、美咲はサイラの手を地面に降ろし、テツを乗せると、肩に掴まらせて邑へと戻った。

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