第5話

 むらの中央にある広場で、美咲達は調理班のおばちゃん達に、ミズの入った木籠を渡す。


「この子、川に流されて来たみたいでね。休ませてあげたいから、この後の仕事、外れてもいい?」


 ミヤが美咲の背中でぐったりしている男の子を示すと、おばちゃん達は快諾してくれた。


「おばあに薬草茶煎れるように言っとくから、あとで取りに行って飲ませてやりな」


「うん。ありがとう」


 そうして、美咲とミヤは家に男の子を運び込み、籾殻もみがら布団に寝かせた。乾かしたとはいえ身体を冷やしているので、上から毛皮をかけてやる。


「……どこの子なんだろうね?」


「うーん。あの沢より上流の邑だと思うんだけど」


 二人で首を捻る。


「ミサキはとりあえず、先生呼んできてくれる? 見た感じ、怪我はないけど、どっか打ってたりしたらマズいから」


「わかった。この時間だと、家じゃなくてサイラのトコかな?」


 美咲があの御神体を動かしてから、彼は再調査と称して、毎日、あの大岩に通うようになっていた。


 調査の一環なのか、美咲は御神体を動かすように頼まれていたので知っている。


 女衆の雑談で賑わう邑を抜けて、外れにある大岩までやってくると、案の定、そこにはジャーの姿があった。


「――ジャー!」


「ミサキか。どうした? 手伝いに来てくれたのか?」


「んーん。ちょっと相談事があってね。今、手空いてる?」


「見ての通り、サイラの調査中ではあるが……急ぎなのか?」


「割とね」


 ジャーはふむ、と鼻を鳴らして、調査中だったサイラの無貌むぼうの面を一瞥。美咲に視線を戻して、乗っていたサイラの腕から飛び降りた。


「――聞こう。その代わり、あとでまたサイラを動かしてくれ。おまえが乗った時に現れた顔の文様を調べたい」


「りょーかい。じゃあ、ちょっとミヤの家まで来て。男の子を拾っちゃってねぇ」


 美咲はその時の状況を説明するのだが、擬音と形容詞の多いその説明に、ジャーはこめかみに手を当てて呻く。


「まるでわからん。いい、ミヤに聞こう」


「えー、わかれよー」


 美咲は頬を膨らませながらジャーと二人でミヤの家まで戻ってくる。


「――と、いうわけなんだけど……」


 あらためてミヤが男の子を拾った状況を説明し、ジャーは美咲を見る。


「ミズの群生地の話など、まるで関係ないではないか……」


「あるじゃん! その帰り道だったんだよぅ!」


 拳を握りしめて反論する美咲だったが、ジャーは無視だ。


「それで、この子がそうか……」


 ジャーは額に手を当て熱を計り、首筋に触れて脈を取る。


「体温がやや低いようだが、温めれば大丈夫だろう。あとは疲労しているようだから、起きたら、なにかしっかり食べさせてやるといい」


「ジャーはこの子がどこの子かわかる?」


 美咲が訊くと、ジャーは男の子にかけてある毛皮をめくり、その出で立ちを観察した。


「……黒狼の毛皮を身につけているから、ここより北――ヒヤマの向こうのこおり辺りかあがたの者ではないかと思う」


「――こおり? あがた?」


「いくつかの邑の集まりを指す単位だ。邑の集まりが郡、郡の集まりが県だ。どこの邑かまでは本人に訊くしかないだろうな」


「結局、待つしかないのか」


「そうなるな……」


「あ、じゃあ二人は、この子見ててくれる? わたし、ちょっとおばあのトコ行って、薬草茶もらってくるから」


 そう言って、ミヤは家を出ていく。


「ねえ、ジャー。こういう場合って、この子はどうなるの?」


「なんだ? おまえ、この子供に自分を重ねているな?

 心配するな。この子供はおまえと違って、恐らく帰る場所がわかる。男衆が送っていく事になるだろう。うまく行けば、交易ができるかもしれん」


「そっか……あのさ、あたしも着いてっちゃダメかな?」


 知らない土地にたった一人で取り残されるのは、美咲にとって他人事とは思えなかった。


「良いのではないか。サイラを使えば旅程も縮まるだろう。おまえが行くのなら、私も同行しよう」


「ホントっ!? やった! ありがと。ジャー」


 両手を挙げて喜ぶ美咲に、ジャーは鼻を鳴らして苦笑する。


「なんにせよ、この子供が起きてからだ。

 ――それよりミサキ、サイラについて訊きたいのだが」


「あ、うん。なに?」


 美咲は居住まいを正して、ジャーに向き直る。


「おまえが乗った時に顔に現れる文様があるだろう? あれはなんだ?」


 言いながら、ジャーは懐から帳面を取り出す。


 原始的な生活なのに、この邑では紙が利用されているのだ。


 理由は「あった方が便利」ということで、ジャーが作り方を教えたからだそうで。書きつける為の、鉛筆の芯を太くしたような焼き炭粘土も、ジャーが教え、邑人が作った物なのだという。


「――文様? ああ、かおね。あれはね、戦化粧なんだって、ウチの母さんは言ってたよ。

 ……普通は出るもんでしょ?」


 美咲が尋ねると、ジャーは首を横に降って否定した。


「過去に、この邑でも何人かは、動かせた者はいた。だが、あんな文様は出なかったし、そもそもあんな運動性能もなかった。そのため私も邑人もサイラは無貌の女神なのだと思っていたくらいだ」


「んー、それはわからないなぁ。あたしは普通は出るものだと思ってたし」


「要調査という事か……」


 ジャーは帳面に書き込み、さらにサイラ動かした時の感覚や、触覚の有無などを質問していく。


「……うぅ? ここは――」


 そんな話をしていたら、男の子がうめいて目を覚ました。

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