第4話
美咲の
元の世界に帰る方法なども気になったが、すぐにどうにかなるものでもないと美咲は割り切り、まずこの世界に慣れる事から始めようと思ったのだ。
美咲から見ると、邑人達の生活はひどく原始的で、ジャーに作り方を教わったのだという青銅器や鉄器は用いているものの、食器や道具のほとんどが木製で、鍋などは一部、土器すら使用していた。
野生の雑穀や木の実などを邑の側で栽培しているものの、食事のほとんどが狩猟と採取によって賄われている。
「……文明レベルはベースは縄文後期ってとこなのかな」
ジャーが知識と技術を与えているので、すべてがそうとは言えないが、美咲が感じた生活水準はそのくらいに思えた。
美咲は今、テツの家に居候している。
邑の男衆が狩りの合間に、家を作ってくれているのだが、それが出来上がるまではと、テツが気を使ってくれたのだ。
そんなわけで、タダ飯を食らうわけにはいかないと、美咲は今、ミヤと一緒に山菜や木の実を採りに来ている。
「あたしは狩りでもよかったんだけどねぇ」
「なに言ってんの。ミサキは女の子でしょ。狩りはお父さん達、男の仕事」
山藪を漕ぎながら、ミヤが言う。
美咲はミヤの母親から狩りた、紺染めの麻みたいな肌触りの服を来て、その後をついて行く。二人とも採取の成果を入れるため、背中には木籠を背負っている。
「……
まあ、ミヤの護衛をしてると思えば良いか。
――で、ミヤ。どこまで行くの?」
「この先の沢! こないだミズの群生地見つけてね。採りに行こうと思って」
森歩きに慣れているミヤの後をついて行くと、彼女の言う通り、やがて沢に出た。
大きな苔生した岩がゴロゴロ転がっている河原を二人で進み、川の浅くなっている所を渡ると、ミヤの目的地はあった。
「これがミズ?」
まっすぐ伸びた瑞々しい茎の、根本の部分がちょっと赤みがかっている植物だ。それと同じものがあちこちに生えている。
山菜に詳しくない美咲が尋ねると、ミヤは嬉しそうにその植物を根本から引き抜きながらうなずく。
「そう。汁に入れてもいいし、擦ると粘りが出るから、ご飯にかけても美味しいんだよ」
彼女が言うご飯とは、ヒエや粟といった雑穀を煮炊きしたものだ。
「ふぅん。これがねえ」
美咲もミヤの見よう見まねでミズを集めていく。
やがて木籠がいっぱいになると、二人は帰路につく。
戻ったら、一休みして食事の用意だ。
この一週間でわかった事だが、村の食事は基本的に女衆総出で全戸分をまとめて作る。というか、家事自体をみんなで分担しあって持ち回りで行っているのだ。
ミヤと美咲は今日は採取だが、昨日は洗濯の担当だった。
三十数軒の家全部を分担すると聞いた時、美咲は大変な作業になると覚悟したのだが、実際にやってみると、担当者数人で分担しているためか、思ったよりずっと楽で、空いた時間で、野草を煮出したお茶で、雑談する時間さえあったほどだ。
そんな事を考えながら、美咲はミヤと二人で河原を歩く。
「――ん? ミヤ、あれなんだろ?」
「どれ? んん? あれ、人じゃない?」
川から突き出した大きな岩に引っかかるようにして、黒い毛皮を着込んだ男の子が揺れている。
「えぇ? こ、こんな時どうするんだっけ? 人工呼吸?」
「ミサキ落ち着いて、とにかく引き上げよう」
ミヤに促されて、二人で男の子に駆け寄り、川から引き上げる。毛皮が水を吸っている為か、思ったより重かった。
十代前半と思しき小柄な体格をした男の子は、幸い水は呑んでないらしく、呼吸はちゃんとしていて、美咲は一安心した。
「ちゃんと息してるから、これなら休ませれば大丈夫か」
「ミサキ、籠はわたしが持つから、背負ってもらえる?」
魔法で身体強化を行える美咲が、見た目以上に力持ちなのをミヤもすでに知っているので、その役割分担だ。
「りょーかい。うひゃあ、濡れてて冷たっ!」
背負おうとして男の子の腕を取り、その冷たさに顔をしかめた美咲は、指を鳴らして
途端、濡れそぼっていた男の子が一瞬で乾いた。
「美咲の魔法って、本当に便利だよねぇ」
「逆に魔道のない生活ってのが、ここに来るまで、あたしは想像できなかったんだけどね」
慣れてしまえば人間というのは案外、魔道なんてなくても、知恵と知識と腕力でなんとかなるものらしいと、美咲はそう思えるようになっていた。
少年を背負った美咲は、ミヤと二人で邑を目指して再び歩き出した。
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