第1話

 美咲はジャーと連れ立って、森の中の踏み固められた道を抜け、三十分ほど歩いて、邑に辿り着いた。


 木造茅葺きの家屋が二十件ほどの小さな邑で、円形に配置された家屋の真ん中が広場になっていて、今は三十人ほどの男女が集まっていた。


 みんな貫頭衣のような原始的な格好をしている。


「――おお、先生! 遅えから、迎えに行こうと思ってたところだ」


 彼が顔役なのか、二十代後半と思しき髭面の男が進み出て、ジャーの肩を叩く。


「その嬢ちゃんは?」


「穂月美咲です。ジャーのところで、ついさっきからお世話になってます」


 美咲は名乗って、ぺこりとお辞儀。


「神隠しにあったようでな。いきなり家の前に落ちてきた。邑で世話をしてもらえないかと思って、連れてきた」


「え? あたしは別にあの家でも良いんだけど?」


「狭くなる。迷惑だ」


 ジャーはそっけなく応え、美咲を追い払うように手を振った。そんな態度に頬を膨らませる美咲。


「それでテツ、奴は今、どうしている?」


「へえ、今は昼間なんで巣穴で寝てやす。昨晩、ジンとこの牛も襲われたんで、腹もいっぱいなんでしょう」


 顔をしかめてテツはそう告げる。


「やっぱり、生贄を出さにゃならんのでしょうか?」


「なになに? どういう事? 生贄とか、ずいぶん物騒なんだけど」


 美咲が身を乗り出して尋ねると、テツは困った顔でジャーを見て、


「――魔獣が出たそうだ」


 ジャーはテツの言葉を引き継いで、美咲に言った。


「魔獣? 魔道器官を獲得した野生動物の事?」


「魔獣は魔獣だ。太古の生物兵器の子孫、と言えば、おまえには伝わるか?」


 ジャーの試すような問いかけ。


「まあ、漠然とだけどね。要するに大昔にそういうのが居て、今は野生化してるって事でしょう?」


「そういう事だ。困ったことに、牛一頭をまるごと平らげられる大きさだそうでな。どうしたものか私に相談してきたのよ」


「ジャーはなんとかできるの?」


「できるなら、困ったこととは言っておらん」


 美咲は鼻を鳴らして腕を組む。


「ちなみにこの世界に魔道――魔法や魔術は?」


 美咲の問いに、ジャーは首を捻った。


「空想の話か?」


「オーケー、わかった。

 ――てことは、魔獣っていっても、ただのデカイ野生動物でしょう? あたしがなんとかしてあげるわ」


 その言葉に、テツが弾かれたように美咲を見た。


「なんとかできるのか?」


「これからお世話になる邑だしね。なんとかするしかないでしょ」


 そう言って、美咲は集まった邑人達ににっこり笑ってみせた。





 テツの案内で、ジャーの家とは反対の森に分け入る。


 こちらは道などなくて、テツが先行して藪を踏み分け、美咲とジャーはその後を進む。


 二十分ほど進んだ所で木々の間に洞穴が見えてきて、テツは美咲達に腰を落とすよう指示して、自身も腰を落とした。


「あそこだ。ミサキ、本当になんとかできるのか?」


「ま、やるだけやってみるよ。ジャーとテツは巻き込まれると危ないから、邑に帰ってて」


 そう言って、美咲は立ち上がり、袖の中から鈴鉄扇を取り出す。


 洞窟を見据えながら鉄扇を振り開けば、親骨についたふたつの鈴が鳴り響く。


「――響け。士魂ブレイブ・ハート


 囁やけば、美咲を中心にドーム状に空間がゆらぎ、事象干渉領域ステージが幕開く。


 それは美咲の世界で魔法と呼ばれる力が干渉できる領域だ。


「さて、行ってみようか」


 唇を舐めて呟き、足元の拳大の石を拾い上げて、洞穴の前までテクテク歩く。


 斜面を削って掘ったらしい洞穴は、入り口の高さが4メートルくらいあり、深いのか、奥までは見通せなかった。


 その暗闇に、魔法で身体強化して、手にした石を投げつける。


「――ギャンッ!」


 悲鳴がして、熊を大きくしたような獣が這い出てくる。頭部や腹、背中に金属のような光沢を放つ甲殻を持っている。その頭部の甲殻が、美咲の攻撃を受けて砕け、青い血を流していた。


「ちょっとこれ、デカすぎじゃん!」


 四足で立った状態なのに、その熊は肩の高さが美咲の頭の上にあった。


「――やっばっ!」


 美咲は咄嗟に鈴鉄扇を鳴らして結界を張った。


 直後、後ろ足で立ち上がった熊が、前足をすくい上げるようにして振るい、美咲に襲いかかる。


「お? おおおぉ?」


 結界で攻撃自体は防げたものの、体重差がどうしようもなく、美咲の身体が宙に舞い上がる。


「おぉ――!?」


 視界がぐるぐると回り、邑の端にある大岩にぶつかってようやく着地する。


「森越えてんじゃん。どんなバカ力だよ」


 ぼやきながらも、美咲は結界に守られて無傷。


 大岩の下に飛び降りて、ふと気づく。


「あれ? これって……」


 呟いたところで、

「ミサキーッ!」

 先に帰ったはずのジャーとテツが森から飛び出してきて、美咲の元へ駆けてくる。


「――大丈夫か!? 御神体の上に落ちるとは、縁起が良いんだか悪いんだか」


 テツが無事を確かめるように美咲の肩や腹を叩く。


「へへ。ちょっとしくじっちゃった。

 ――ところでさ、ジャー」


 美咲は大岩に空いた穴の中に跪いた、5メートルほどの人型を指差す。


「これって……」


「ああ、太古の遺物だな。邑で御神体として祀ってるが、有人式の対攻性生物兵装――と言って伝わるか?」


 わかる。似たようなものは美咲の世界にもあった。


「動くの?」


「……適合条件が合えばな。試してみるか?」


 ジャーはおもしろそうに美咲を見下ろす。


「今のままじゃ、体重差がねぇ。負けはしないけど、決定打がないんだよ。アイツが追ってくる前に試せる?」


 ジャーはうなずき、人型の背後へと美咲を導いた。

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