唄う神器とあたしの魔道
前森コウセイ
プロローグ
目覚めると、美咲は寝台の上に寝かされていた。
自覚はなかったが、どうやら意識を失っていたらしい。
上体を起こして身体を確認すると、意識を失う直前まで着ていた緋袴に白の水干だ。特に怪我はないように思える。袖の中には母から貰った大切な鈴鉄扇がちゃんとあって、一安心。
周囲を見回すと、それほど広くない板の間張りの木造家屋。
むき出しの天井裏は茅葺きか藁葺きに見えた。
「――起きたか」
背後から声をかけられ、美咲はそちらを見る。
そこには二十歳前後に見える、青みがかった銀髪の男が木皿を持って立っていた。
「えっと、あたしは穂月美咲。あんたは?」
コミュミケーションの基本は自己紹介からが信条の美咲は、まず名乗った。
「……名前、か」
男はわずかに首を傾げて宙に視線を彷徨わせ、ふと思い出したように美咲に視線を戻した。
「ジャー、と。主にはそう呼ばれていた」
「自分の名前なのに、自信がないの?」
「近くの邑の者達には、先生と呼ばれている」
からかうような美咲の表情に、ジャーはちょっとむっとしたような顔で、そう告げた。
「じゃあ、あたしもそう呼んだ方がいい?」
「呼びやすい方で呼べばいい」
そう言って、男は山菜と肉のスープが入った木皿を差し出してきた。
「ありがと。で、ここはどこなんだろ? なんであたし、気絶してたわけ?」
矢継ぎ早に質問する美咲。
「ここはヒヤマという山の麓にある森の中の私の家だ。森を半時も歩けば邑に出る。
――気絶していた理由はわからん。おまえは家の外で、光の中から落ちてきて、その時にはもう意識がなかった」
「あちゃー、神隠しってやつか」
美咲は顔を覆って呻いた。
意識を失う直前の状況から考えると、あり得ない話じゃない。
「ヒヤマなんて山、聞いたことないし……ん? 日本語は通じてる?」
「おまえが話してるのは、ホタヤ語のようだが?」
美咲はいよいよ頭を抱えた。
「はいはい、紗江に聞いたことがあるよ? あれだ。異世界転移ってやつ。神隠しって時間だけじゃなく、世界も超えるのか。しかも自動言語翻訳付き。紗江が聞いたら喜びそー」
「――紗江?」
「あたしの可愛い姪っ子の名前」
言いながら、美咲はスマホを取り出し、姪の写真を表示させる。
「ふむ。コミュニケーターの一種か」
「あれ? テンプレなら、ここは驚くところじゃないの?」
美咲が小首をかしげれば、ジャーは鼻で笑って彼女を見下ろす。
「邑の人間ならともかく、私は長く生きてるからな。
――かつては、そういうものもあったのを記憶している」
美咲はなるほどと納得する。
どうやらここはそういう世界で、ジャーはそういう存在らしい。
「ともあれ動けるのなら、食事を済ませて邑に行くぞ。少々頼まれごとがあってな。おまえの紹介も済ませてしまおう」
右も左もわからない美咲にとって、その申し出は渡りに船だ。
「了解。すぐ食べちゃうよ」
日本に帰れるのかどうか。情報がない事にはなにも始まらない。
美咲は木匙を使ってスープを掻き込み始めた。
こうして、美咲のこの世界での生活が始まった。
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