第245話 異質でした
異質。
それが眼の前の男に抱いた印象だった。
熊の首を抱え、血塗れである事を除けば普通の男に見えるかもしれない。
だが存在感が濃い。身にまとう雰囲気も、今までに感じた事の無いモノ…総じて異質だ。
「(メーティス。アレのどこがただの人間だ。どう見ても普通じゃない、下手すれば人間ですらないだろ、アレ)」
「(…せやな。偵察機を通して見た時は普通やったんやけど…)」
生で見ると違うってか。言ってる事はわかるが…こいつは危険だぞ。
俺は大丈夫だがルー達には危険過ぎる。
「そちらの子供達はもしかしてルー、クー、ティナ、ニィナ、ですかね」
「ルー達の事、知ってるのか?」
「でも、わたしは貴方の事知らないの」
「ク、クーも知らない…」
「私も…」
…ルー達を知っている?だがルー達は男を知らない…どういう事だ?
「ええ、よく知ってますよ。ですが記憶の中の貴女達よりも成長してるようで。子供の成長は早いと知ってはいましたが、驚きです」
…記憶の中?妙な言い方だな。
「そちらのお二方は記憶にありませんね。あの村の住民ではないようだ」
「あの村?麓にある村の事か」
「勿論。私はあの村以外の記憶は……失礼、こんな場所で立ち話もなんです、案内しますよ。我が家へ、ね」
…付いて行くしかない、か?まだ聞きたい事は沢山あるし…
「…ルー達は俺とメーティスから離れるなよ。…どうした?」
「え?…あ、うん」
「なんか…変なの」
「あ、あの人を見てると…」
「何しても無駄な気がするって言うか…」
ルー達の様子がおかしい。さっきまでは談笑しつつも、気合十分な様子だったのに、今は少し呆けているような。
…何かされたか?
魔法を使った様子は無かった。ならスキルか?それともギフト…
「どうしました。こちらですよ」
「…今、行きます」
やっぱり普通の人間じゃないな。より警戒が必要なようだ。
「…メーティス」
「大丈夫や。わかっとるでマスター」
いざって時はルー達を任せたぞ、相棒。
「さぁ、どうぞ。小さな家ですが…おっと。私は血を流して来ますから。中に入ってお待ち下さいね」
「…ええ」
男の家は…家というより小屋だな。山頂の樹々の中に建ってる、小さな小屋。
人一人暮らすなら十分かもしれないが…極端に物が少ない。
何かの動物の皮で造られた袋。木のテーブルにベッド。それくらいしか無い。
そして妙に生活感が無い…あの男は本当に此処で暮らしているのか?
「メーティス…あの男は釣りしたり薪割りしたり野菜を育てたりしてたんだよな?」
「せやねんけど…こりゃ、もうちょいしっかり調べるべきやったな。失敗したわ」
調理場はあるが食器は無い。
薪は外にあったが暖炉を使った様子が無い。
畑はあったが野菜屑に魚の骨といった生ゴミも見当たらない。
綺麗に片付けてるだけかもしれないが、男の怪しさもあってか穿った見方をしてしまう。
「…遅いな。メーティス、あの男は何してる」
「水浴びして血を流した後は移動してるわ。何処に向かってるんかは…ああ、果実を取ってるわ。蜜柑みたいなん」
果実…野生のか。熊を食べてからのデザートか?
「やぁ、お待たせしました。大したおもてなしも出来ませんが、せめてこれを。美味しいかはわかりませんが」
「…ありがとうございます」
客用だったか。しかし、なんだろうな、この…
「はい、君達も」
「あ、ども…」「ありがとう…」「ありがとうなの」「ありがとうございます」
拭いきれない違和感。俺とメーティスには丁寧に手渡しだがルー達には投げて渡している。
子供だから態度を変えているというよりも、それが自然な事のような…
「…もうすぐ夜ですね」
「え?ええ…それが何か」
「いえ、何も」
今は夕方。もうすぐ日が暮れる時間か。
出来れば今日中に帰りたかったが。
「…いくつか質問させていただきたいのですが」
「ええ、なんなりと」
「では先ず、お名前を教えていただけますか。私はジュン・レイ・ノワールと申します」
「ジュンレイノワールさんですか。私に名前はありませんのでお好きにお呼びください」
…名前が無い?どういう…教えるつもりが無いって事か?
「…貴方は此処で暮らして長いのですか」
「この家で暮らし始めて、という意味ならば、いいえ。まだそれほど長く暮らしては居ません」
「ならば以前は何処に?」
「ずうっと、この辺りの山で暮らしていますよ。むしろ山から出た事はありません」
「…?。山の中に隠れ里のような村か何かがあるという事ですか?」
「いいえ。私には誰かと一緒に暮らした経験はありません。記憶にはありますが」
何を言っているんだ、こいつは。経験は無いが記憶にはある…謎掛けのつもりなのか?
「貴方はルー達を知っているようですが、どうやって知ったのですか?」
「記憶にあったので」
…まともに答えるつもりがないのか、それとも…
「…さっきから記憶って言うとるけど、それってあんたの記憶か?」
「ええ勿論。今は私の記憶です」
「じゃあ前は誰の記憶やってん」
「ふふふ…誰のだと思います?」
なんだ、こいつは…今、少し身体が大きくならなかったか。
「ふふふ…私からも質問、いいですか」
「…なんでしょう」
「女神エロースの使徒って何処に行けば会えますか?」
「……何?」
「女神エロースの使徒に用があるんです。何処に行けば会えますか?」
…なんだ、こいつ。まさか教皇と同じで使徒を探せって言われたとか?
「…知りませんね。どんな用があるんです?」
「訳あって殺す必要がありまして」
殺す、だと…まさか、こいつ…勇者か?
いや、それよりも…こいつ、また身体が大きくなってないか?いや確実に大きくなっている!
「メーティス!」
「はいな!」
「な?」「え?」「はう!」「きゃっ!」
二人でルー達を抱えて、ドアを蹴破り小屋から飛び出た。
外はもう暗く、満月が出ていた。
そして月明かりの下、小屋から歩いて出て来たのは…
「やれやれ…人間はドアを開けて出るのが当たり前ではないのですか」
二足歩行をする狼…狼男だった。
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