第244話 変な奴が居ました

 さて、どうしよう。


 馬車を村に預け、リムさんとラムさんの死体が見つかった山に入り、歩きながら考えてる。


 正直に言ってノープランだ。


 だって、それらしき魔獣は居ないんだもの。


 山賊も居ないし、なんなら討伐難度C以上の魔獣は居ない。


 難度Dまでの魔獣が僅かばかりに居るだけで、何ならただの熊が一番危険かもと思えるくらいには安全な山。


 魔獣が存在する世界で、これだけ緑豊かな大きな山にしては珍しい…いや、謎と言っていい程に魔獣が少ない山。いや、山脈と言っていいか。


 日本人としての記憶を持つ俺からすれば正に大自然。


 転生して冒険者として旅をした経験があっても大自然だと言えるくらいに大自然。


 逆に言えば自然しかない場所。そんな場所を全くの手掛かり無し…いや、犬か狼の体毛があったという情報だけを頼りに歩いていた。


「というわけだが。ルー達はどうやって仇を見つけるつもりだったんだ?」


「……つ、強い奴が居れば、そいつがそうだろうなって……」


「ぐ、具体的には、何も…」


「あ、あはは…」


「行き当たりばったりの出たとこ勝負なの!」


 ……ま、そうだよな。


 子供四人で彼処まで来れただけでも大したものなんだ。


 最後まで完璧な作戦なんて立てれる筈もない。


「と、言うわけでメーティス。改めて聞くが何もなかったんだよな」 


「それらしい存在はな。でも変な奴はおったから、先ずはそいつに会いに行こか」


「……は?」


 変な奴が居た?


 何それ。そんな報告は聞いてないぞ。


「だってただの人間やし。しかも男。とても冒険者を殺せるような腕っぷしではなさそうやし、偵察機では会話も出来んしな。無関係やろな思て」


「ていさつき…って何だ?」「さ、さぁ…」「なんだろね?」「知らないの」


 …それでも一応は報告せんかい。事前に聞いてても此処に来るまで出来る事は無かったと思うが。


「…まぁいい。他に当てもないし。その男が何か知らないか、聞きに行くって事だろ?」


「せや。そいつはこの山の山頂、小さな湖の傍に隠すように在る小さな家で暮らしとるわ」


 へぇ、山頂に湖があるのか。


 カルデラ湖…いや、小さいなら火口湖か?どっちでもいいし、どっちでもないかもしれんが。


 今考えるべきはその男の事だな。何故、男がそんな場所で暮らしているのか。


「で、どんな男だ?」


「見た目は普通やったで。わりとがっちりした体型の、普通の男や。薪割りしたり釣りしたりしてたで。野菜も育ててたな」


 スローライフってやつか?異世界転生モノにもあったなぁ。


 …まさか、そいつが転生者なんてオチはないだろうな。


 それだけじゃなく、よもや勇者だなんて二段オチは…あってくれるなよ、マジで。


「ルー達は何か知ってるか?山頂で暮らしてる男について」


「そんな話、聞いた事ねぇ…です」


「む、村の誰も知らない…と思います」


「一人暮らししてる男性ですら珍しいのに…」


「山で暮らしてる男なんて聞いた事もないの」


 だよなぁ。男優遇のこの世界で一人暮らし、しかも山で隠れるように暮らす理由なんて…まともな理由は思いつかないぞ。


 それこそ転生者くらいだろ。まともな人格して山中でスローライフしようなんとのは。


 よほどの罪を犯して逃走中の罪人か、はたまた見た目通りの人間じゃないか。


 ワンチャン、この世界においては超が付く変わり者って線も無くは無いが――


「山で一人暮らししてる男かぁ…侯爵様みたいな変人…あ、いや、ちょ、ちょっと変った人なんだな、きっと!」


「侯爵様みたいな変人は他に居ないと思ってたの!」


「ル、ルー…」


「お姉ちゃん…怒られるよ」


 …ルー達に変人扱いされてた件について。


 何故だ…俺、ルー達に何かしたっけ…変人扱いされるような事をした覚えはないぞ。


 むしろ強くなりたいという希望に出来るだけの協力をして来た筈…聖人君子のように敬えとは言わないが変人扱いは不本意が過ぎる。


「納得いかんって不満顔してるけど。男で冒険者やって当主やって働いて。オマケに成人しても童貞貫いてる男なんて変人でしかないんやで。この世界では」


 そういやそういう世界だったけども………納得いかねぇ!


 特に童貞貫いてるから変人って扱いには声を大にして物申したい!


「まぁまぁ。変態扱いやないだけええやん。怒りな怒りな」


「他人事みたいに言ってるけど、メーティスさんも変人だよな」


「変な口調だし、普段の服装も防具もおかしいの」


「なんやてぇ!?」


 あ〜…まぁ巫女服や関西弁なんてルー達に理解出来る筈もないしな。


 今はパワードスーツ着てるし。


「ぐぬぬ…ええか、がきんちょ共!これはパワードスーツっちゅうそれはそれは高貴な方が造られたもんのすっごい高性能な――」


「――メーティス、話は後だ。何か来る」


 ルー達を背中にし、身構える。


 姿を現したのは…熊か。


 魔獣ではない、単なる熊。茶色の体毛からツキノワグマよりグリズリーを思わせる。


 意外と愛嬌のある顔してるな…襲って来ないなら見逃してあげよう。


「何や、ただの熊か。どうするマスター」


「逃げるなら見逃してやれ。襲ってくるなら俺達の御飯…いや、山頂の男の手土産にするか」


「そ、そういう事ならルー達が!」


「う、腕試しなの!」


「訓練の成果を見せます!」


「が、頑張る!」


 …やる気になってるし、任せる、か?


 身体強化魔法はマスターさせたし、装備もしっかりしてる。


 直ぐに助けに入れるし…問題無いか。


「良いよ。襲ってくるならルー達でやってみな」


「お、おう!」


「今夜は熊肉のステーキなの!」


「クーが美味しく調理してあげる!」


「一撃で仕留めちゃうんだから!」


 …普段は強気なルーが一番ビビってるように見える。


 逆に普段はオドオドして弱気なクーが一番好戦的なような。


 武器を握ると変わるのか?そう言えば盗賊に真っ先に斬り掛かったのもクーだな…あ、逃げた。


「あ!あぁ…逃げた…」


「お肉が…」


「ステーキ…食べたかったの…」


「昨日はちゃんとした御飯食べてないもんね…」


 …熊が逃げた事を凄く残念がる九歳児。逞しいと言えばそうなんだけど…間違ってる感も否めない。


「しかし、あの熊。山頂に向かって逃げたな」


「あ!山頂に居る男!」


「危険が危ないの!」


 …ま、大丈夫だろ。


 いつから暮らしてるのか知らないが、少ないとは言え魔獣や熊が居る山で暮らしてるなら自衛の手段くらいは持ってるんだろうし。


 ところでティナ…そのセリフ、何処で覚えた?出所を言いなさい。


「大丈夫やろ。山頂まで距離あるし、山頂まで向かうとも限らんしな」


「で、でも、向かわないとも限らないんじゃ…」


「大丈夫やて。山に迷い込んだわけやのうて、暮らしてるんやから。熊くらいどうにか出来るやろ」


「…あの、さっきから疑問だったんですけど…メーティスさんは何故、山頂に居る男の人の事を知ってるんですか?」


「あ、私も気になってた」


「そういやそうだよな」


「麓の村で暮らしてたわたし達ですら知らない事なのー」


 結構高い山だし、魔獣が棲む山を理由も無く山頂まで行こうって人間は居ないだろうからな。


 登山が趣味なんて人間も居なさそうだし。


 村の人は本当に誰も知らないんだろうな。


 上手く誤魔化せよ、メーティス。


「…それはやな」


「「「「それは?」」」」


「わいがヒーローやからや!ヒーローは色んな事を知ってるもんやからな!」


 …雑!そんなんで誤魔化されるような―――


「「「「…そーなんだー」」」」


 所詮は九歳児か…いや、あの顔は違うな。


 正直に話すつもりがないと悟って合わせただけだな。


「…進もうか。山頂まで行くなら夜になる前に着きたいからな」


「せやな。ほら行くで」


「「「「はーい」」」」


 出来れば今日中に終わらせたいんだよな。


 院長先生とレイさんの事が凄く気になる。


 教皇一行とノール子爵家の面々は放置で問題ないだろう。


 おっさん?論外だな。カタリナに殺されてなきゃいいね程度。


 さて、そんなこんなで数時間。


 昼も過ぎて夕暮れ時。本当なら飛行魔法でぱぱっと行きたい所だったが地道に山登りを続け。


 もう少しで山頂、という所でティナとニィナが警告を発した。


「…皆、気をつけて」


「血の匂いなの…」


 犬人族だけあって二人は鼻が利く。山頂はまだ見えないが…あ、いや、誰かこの先に居るな。


「…おや?珍しい。人ですか。それも子供が沢山…ふふふ」


 其処に居たのは血だらけになり熊の首を抱えた男がニッコリと笑って立っていた。

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