第240話 急展開でした

 急遽、予定を変更してうちの屋敷で開く事になった御茶会。


 また貴族令嬢らのアピール合戦に辟易する時間が始まる…かと思ったのだが。


「静かですね、アインハルト王国の御茶会は」


「だな。もっと楽しげな集まりだと思ってたんだが」


「視線は感じますけど」


 そりゃね。世界最大宗教の教皇一行と女王陛下に宰相まで参加するなんて知らない…来てから知った人ばかりだし。


 そんなお偉方が固まってる一画に俺も居る。


 そこに突撃して来る命知らずな令嬢は居ない。遠巻きに観察してるだけに留まっている令嬢が殆ど。


 これほど静かに過ごせる御茶会があっただろうか。


『マスター的には楽でええやろうけど…令嬢らにしたら御茶会に参加した意味が無いから不満が出るやろなぁ』


 そんなもんは知ったこっちゃない。


 こうなったのは俺にもアニエスさんにも責任がない。悪いのは突然来た教皇一行。それに尽きる。


 文句があるなら教皇一行にどうぞ。


 それに…俺の代わりも居るしな。


『居るけど…一人は赤ん坊を抱えたおっさんと、まだ子供のシルヴァン、後は神子やろ。マスター目当てで来てるのにそっちには行かんやろ。特におっさんには』


 まぁなぁ。でもシルヴァン君は楽しげに令嬢らと話してるし、話しかけられた令嬢も満更でもなさそうだし。


 神子のレイさんには司祭様が張り付いてるし。


 意外なのはおっさんが大人しくしてる事か。


 てっきり、いつものセリフで口説いてまわるかと思ったが。


「…ふぅ。そろそろ聞かせてもらいたいな、教皇よ」


 痺れを切らしたか、陛下から教皇に話を振った。今日の陛下は一段と機嫌が悪そうだ。


「何故、私が直接赴いたのか、ですか?」


「それもある。が、我が問い質したいのはドラゴンに乗って来た件だ。事前通達もなしに関所も国境もお構いなし。しかも、そのまま王都に来られてはな」


「ノワール侯の家臣らが上手く動いてくれた御蔭で事なきを得ましたが…王都に突然ドラゴンが降りて来たなどパニックが起きてもおかしくないのですよ」


 あぁ、そっか。ドラゴンに…ファフニールに乗って空から来てるから関所とか無視して……あれ?それって密入国になるんじゃね。


「それに関しては完全にこちらの不手際です。申し訳ありません」 


「本来払うべき税に関しては後で纏めて払わせてもらう。帰りの分も一緒に迷惑料も含めてな」


「儂の鱗も何枚かやるから、勘弁しておくれ、お嬢ちゃん」


「……」


 女王陛下をお嬢ちゃん呼び…ドラゴンじゃなきゃ問題に…いや、教皇補佐のミネアも大概か。


「…はぁ。わかった、その件はそれでいい。では今回の訪問の目的を聞かせてもらおうか」


「エロース教は使徒様を探しているそうですが、その件ですかな」


 流石と言うべきか。宰相は教皇一行の目的を察していたらしい。


 ドンピシャで正解してますやん。


「お察しの通りです。私達はジュン様こそが女神エロース様の使徒だと考え、此処まで来ました」


「実際に会って確信したよ。彼こそが使徒様で間違いないとね。なぁ枢機卿」


「はい。少なくともジュン様以上に使徒様だと思える方は居ません」


「ふぅん…それで?お前はなんと答えたんだ、ノワール侯爵」


「勿論否定しました。少なくとも私に使徒の自覚はありませんと」


 こればっかりは何が何でも否定し続けてやる。


 使徒認定なんてされた日にゃ。俺Tueeeeeが出来なくなるのは間違いない。


 それだけは許されん!


『夜の帝王的な俺Tueeeeeなら出来るで。今すぐに』


 そんなもんは俺Tueeeeeとは言わん!


「そうか。ならば諦める事だ。仮に本当にノワール侯爵が使徒だったとしても、ノワール侯爵は我が娘と婚約しているのだからな。エロース教に渡すつもりもない」


「我々はジュン様を王国から奪うつもりは―――」


「無いとは言わせないぞ。教皇が使徒だと認定すればどうなるか。考えるまでもない」


「「……」」


 エロース教本部に連れて行かれて種馬生活だろうなぁ…なんて恐ろしい。


「仰る事はわかります。ですが神託が有った以上、諦めるわけには行きません」


「神託?ノワール侯爵が使徒だと神託があったと仰るので?」


「いいえ、宰相様。私とミネアが聞いた神託は使徒様と子作りせよと。そして使徒様を勇者から護るようにと」


「…勇者だと」


 ピクっと、眉間にシワを作り俺を見る陛下。


 やめてください。勘繰られます。


「勇者から護るとはどういう事ですかな」


「言葉の通りです。勇者が使徒様を狙っているから、護るようにと」


「これはエロース様とは別の神様からの御言葉だったけど」


 あー…アイを転生させた神様と同じかなぁ。全く…有難迷惑な。


「…勇者の存在は確認しているのか?」


「いいえ。ですが…」


「神託があった以上、勇者は必ず現れる。そして使徒様を害そうとするだろう。必ず護らなければならない」


「そこがわからんな。御伽噺の通りなら勇者とは世のため人のために戦う、正義の象徴のような存在だろう。何故、エロース様の使徒を狙う?敵対する理由はなんだ」


「わかりません。ですがきっと、私達には想像もつかない理由があっての事でしょう」


 神様同士のイザコザに巻き込まれただけ…と、声に出して言ってしまいたい。


 が、そうすると使徒認定まったなしなので我慢する……なんか俺、我慢してばっかだなぁ。身体に悪そ。


『え。どこらへんが?マスターが我慢してんの、性的な欲求くらいちゃう?』


 お黙り!


「勇者に興味があるのですかアリーゼ陛下」


「…娘がな。勇者に関する情報を集めている。どうせ知っているんだろう」


「ええ、アイシャ殿下が集めているそうですね。理由は存知ませんが」


「婚約者がエロース様の使徒だとしたら、わたし達は納得出来てしまうな」


「何度でも言いますが、私じゃありませんて」


 決定的な証拠でも無い限り、絶対に認めんからな。


 …アイがこの場に居なくてよかったな。いや、アイは誤魔化せるか。


 居たら拙かったのはベルナデッタ殿下たな。ポロっと答えちゃいそうだ。


「何か使徒様だと決定付ける証拠はないのですか。教皇猊下の勘ではなく、物理的な証拠。それが無い限り、いくら言ってもノワール侯爵は認めないでしょう」


「有ったとしても我が認めるかは別問題だがな」


 おぉ…女王陛下、頼りになるぅ。宰相もナイスフォロー。


 空気を読む能力に長けてますなぁ。


「…物的証拠は、ありません。ですが勇者に襲われてからでは遅いでしょう」


「勇者に狙われたら、それが証拠になると思うがな。因みに勇者には聖痕があるそうだ」


「身体の何処に聖痕があり、神様から与えられし神器を取り出せる。それが勇者という証拠になる。使徒様にも聖痕があれば良かったんだが」


「因みにノワール侯爵に聖痕があったりは…」


「しません。なんなら脱ぎましょうか」


「「「えええ!!」」」


 流石に全裸にはならないが、パンイチまでなら…


「や、やめんかはしたない!」


「何してるんだジュン!」


「教皇猊下に脱ぐように言われたのかい?!」


「ち、ちちち、違っ、違うっちゃあ!」


「いくらなんでも此処で裸になれなんて言う筈がないだろう!」


「…良いものを見させてもらいました」


 あぁ…エロース教の教皇とその側近といえども男の裸には免疫が無いのか。


 いや、上着を脱いでシャツ一枚になっただけで上半身裸にすらなって無いんだが。


 それでも離れた場所に居たアニエスさん、カタリナ、クリスチーナが駆け寄って来た。


 君等は見慣れてるだろうに、そんな慌てんでも。


「いやぁ…ジュンちゃん、大胆ね」


「やりますね…ノワール侯爵…僕のライバルに相応しい…」


「ウフフ…ウフフフフフ…」


 なんかノール家まで集まって来た。


 シルヴァン君は俺をライバルだと思ってたん?何のライバルなんだか。


 レティシアは…不気味に笑ってるだけで何考えてるかはわからんな。


「あ、あの〜…そろそろいいかな。僕もジュン君と話がしたいんだけど…」


 っと、今度はおっさんか。


 ずっとこっちの様子を窺ってるのはわかってたが、アニエスさんらが割って入ったのを好機と見たか。


「ユーグ…まだだ。控えていろ」


「…何?ユーグ、だと?」


「これは驚きました。随分な変わりようですね」


 ああ…そっか。去年、イオランタ侯爵が来た際にワイアン王国に行く許可を貰いに陛下に会ったんだったか。


 その時に宰相とも会ったんだな。


「あ、ご無沙汰しております、陛下。宰相様も…それで、その…ダメですか?」


「…我は構わんが。教皇はどうだ」


「すみません、もう少しジュン様とお話したい事が」


「すまないな」


 ええ…まだあんの?いい加減に諦め――


「ジュン!」


「あれ?院長先生」


「院長先生じゃないか。そんなに慌ててどうしたんです?」


「あっ、マチルダ!」


 とても慌てた様子で、院長先生が走って来た。


 院長先生にしては珍しい…それほどの何かが起きた?


「此処にルー達は来てないかしら!」


「ルー達が?いえ、来てませんが」


「ルー達はアム達と野営訓練に出た筈じゃないかい?」


「それが…待ち合わせ場所に来てないってアム達が孤児院に来たの。私も訓練の事は聞いていたから、朝から姿が見えない事に何も不思議に思わなくって…」


 ……つまり、失踪した?


『誘拐やないなら失踪やろな。目的は十中八九…』


 敵討ちか!なら向かった先は故郷の山か!


「今、アム達もピオラ達も手分けして探してるわ。お願い、ジュンも協力して頂戴」


「わかったよ、院長先生。カミラ!」


「はっ!」


「先ずは王都内を探せ!騎士達にも伝達!ソフィアさん…白薔薇騎士団にも可能なら協力してもらうよう要請しろ!」


「御意!」


 俺は…先ずはアム達と合流して情報をもらう!


「アニエスさん、此処は任せます!」


「あ、ああ、わかった」


「え、いや、ジュン様、何処に行かれるのですか?」


「ええ、暫くは戻れそうにありません。では」


「い、いやいや、待って欲しい。仮にも教皇一行だぞ、わたし達は。それを放って行くというのか?話も終わってないのに」


「僕も困るよ!僕だって大事な話が―――」


「やかましい!」


「「ひっ!」」


 どいつもこいつも…空気を読め空気を!


「貴方達は…貴方達の用事は人の生命よりも重いのか!大事なのか!一刻を争うのか!」


「い、いや…」


「そ、そういうわけじゃ…ないけど…」


「なら!全て後回しにさせてもらう!いいですね!」


 もしも、この無駄な時間が原因で手遅れになったら…絶対に許さない。


 絶対にだ。


「…ユーグ、下がれ。三度目は無いぞ」


「う、うん…ごめん…」


 全く…本当に変わったのは見た目だけだな、おっさん。 


 …兎に角、アム達と合流――


「…教皇様も。これ以上は」


「わかっています…レイ神子」


「…え?」


「ん?何です?」


 …なんだ?院長先生が震えて… 


「…やっぱり、そう、なの?マチルダ…私も神子様のお名前を聞いて、もしかしてとは思ったけど…」


「僕の名前が何か?」


 …神子のレイさんと院長先生は何か関係があるのか?


「…レイ?」


「はい、僕の名前はレイですが…」


「わ、私の…私の息子の名前もレイなの…まだ二歳の頃に、誘拐された、私の息子…」


「「「「「え」」」」」


 …え?


 えええええええええええええええ?!!

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