第238話 すっとぼけました

 エロース教教皇一行だけでも厄介なのにノール子爵家とおっさんまで来たか。


 今日は一体何なんだ…厄日かな。


「それで、俺はどうすれば?ローエングリン邸に行けば良いんですか?」


「うむ…御茶会もあるし、そのつもりだったのだが…流石に教皇一行を放置は拙い。…すまんが御茶会の会場をこっちに変更していいか。無論、手配は私がする」


 それはつまり教皇にも御茶会に参加してもらおうって?


 ……いいのかな、それ。


『問題は無いんちゃうか。貴族令嬢らも大人しくなるやろし。女王陛下とか宰相とか大臣らも急遽参加するやろけど』


 …それ、もはや御茶会じゃなくパーティーになるんじゃね?


「…仕方ないですね。わかりました」


「すまん。こちらで用意していた物を運ぶだけだから、そう手間はかからん。場所だけ用意してくれればいい」


 そこで一旦、アニエスさんは戻った。また直ぐに来るだろう。


 ノール子爵家とおっさんを連れて。


 で、それまでに…教皇との話を済ませるか。


「…取り敢えず、中へどうぞ。ドラゴン…ファフニール様は此処でお待ちいただくしかありませんが…」


「ああ、御心配なく」


『やれやれ…疲れるから遠慮したいんじゃがのう』


 あ〜…そっか。リヴァが人化出来るならファフニールも出来るのか。


 リヴァと同じく竜人族ドラゴニュートになった。見た目は竜人族の青髪青髭の老紳士イケオジだな。


 …お茶会に参加したらモテそう。


「はぁ~やれやれ。この姿は肩が凝るのぅ。おい、ブルネッラ。揉んでくれ」


「御屋敷に入ってからにしましょう、ファフニール様」


 というわけで屋敷内へ。


 使用人達は急遽御茶会の用意でバタバタと忙しく。


 アム達は心配そうにしていたがルー達との約束があるのでお出掛け。


 教皇の話を一緒に聞くのは司祭様にカタリナとクリスチーナ。


 そしてカミラとフラウが傍に控えてる。


「…それでは話を聞かせていただけますか、教皇猊下」


「はい。先ずは突然の訪問、申し訳ありません。改めて謝罪を」


「そこの司祭に連絡したはずなんだがな。どうなっているんだ、ジーニ司祭」


「それが…確かに連絡は来ていましたが気付いたのが今朝です。これでも急いで来たのです…」


「…時差を考えて無かったわね」


「ああ…手紙を転送した時、こっちは真夜中だったのか」


 完全にそちらの不手際なわけね。なら責められる謂れは無い、と。


「…コホン。ではお話の続きを。何故、私達はジュン様に会いに来たか。それは貴方がエロース様の使徒だからで――」


「違います」


「――す?…今、なんと?」


「違います。俺…失礼。私は使徒ではありません」


 やっぱりソレか。会ってもいないのに何故判断出来たのか知らないが。


 断固として認めない構え!


「…そんな筈ありません。貴方は…ジュン様は間違い無くエロース様の使徒です」


「だから違いますって」


「いいえ、貴方は―――」


「間に入らせていただきます。ジュンをエロース様の使徒だと断定する根拠は?有るのならお聞かせいただきたい」


「…貴女は?」


「私はクリスチーナ。エチゴヤ商会の会長でジュンの婚約者の一人です」


 Oh…間に入ってくれたのはいいけど、何故此処で婚約者と明言する必要が?と、声に出しては言えない俺…


「婚約者…それは羨ましいですね」


「本当にな。で、根拠なら勿論あるぞ。ブルネッラ枢機卿」


「はい。皆さんはエロース様に伝わる神話についてご存知でしょうか」


 神話…俺は知らないな。どうせエロな内容なんだろうが。だってエロース教だもの。


「何処の国の王子の話ですよね。世界の為に、人の為に善行を為し、最終的には悪しき神から世界を守った英雄神話…」


「知ってるのか、カタリナ」


「うん。ハティやリヴァの名はその神話からとったんだ」


 あぁ…そう言えば神話からとったと言ってたな。それがエロース教に伝わる神話か。


 どうやら一般的に広まってる話らしいな。


 …………エロな内容じゃないだとうぅ!?バカな!


「そうです。ですが一般の方が知っているのは馴染み易いようにエロース教で改編した内容の物で…いえ、原典は失われていますし、正しい内容は全てはわからないのですが…確かな事は三つ。一つは神話の内容は別世界で起きた史実である事。女神エロース様がこの神話を愛しているが故に伝えられた事。そして最後に…」


「この神話の主人公の名はジュンである事。この三つは確かな事実なのです」


 ……は?つまりは…神話に出て来る人物と同じ名前だから俺が使徒だと?…なんでそうなる。


 そんな偶然いくらでも起こり得るだろ。本になって世に出てるなら尚更…


「…私が読んだ物にはジュンという名前は出てきませんでしたが」


「勿論、意図的です。当時改編したエロース教の者がジュンという名前は伏せたのです。何故、そうしたのかは今となってはわからないのですが」


 主人公の本当の名前だけは伝わってる、と。


 …だから?それでも俺が使徒だと断ずるには弱いだろうに。


「この神話…タイトルすらも正確には伝わっておらず、別世界の史実だと証明する術も無いのですが」


「驚くべき事にわたしとエルの名前も出て来るんだな、これが」


「神話内でエルとミネアは聖女だったわね」


「この世界の聖女とは違った存在らしいがな」


「そう言えばカタリナという名前も出て来ますね」


「貴女と同じだな、カタリナさん」


「……はい」


 …へぇ。偶然にしちゃ出来過ぎだな。


 それでも俺を使徒だと断ずるには弱いが。


「そう言えばアインハルト王国の第一王女アイシャ・アイリーン・アインハルト殿下はジュン様の婚約者だとか」


「そしてアイという愛称で呼ばれているとか。本当か?」


「…ええ。それが何か?」


「アイという人物も神話に出て来るのです」


「それも主人公…ジュンの婚約者としてな。…どう思う?」


 …もしかして、その神話ってアレか。エロース様が管理する別世界の出来事を本にした物なのか。


 確かエロース様が管理する世界ではジュンという名前の人物が特別な存在になりがちで、アイ、アイシス、ユウという名前の娘がジュンの傍に必ずと言って良いほどに現れるとかなんとか言ってたし…可能性は高そうだ。


 それでも認めないが。  


「…どう思うと言われましても…凄い偶然ですね、としか」


「…あくまで使徒ではないと否定なさるのですか」


「実際に違いますから。少なくとも私に使徒だという自覚はありませんし、神話の人物と名前が同じというだけでは使徒だと断ずるには理由としては弱いでしょう」


「ではもう一つ、ぐうの音も出ない根拠を」


「エロース教の教皇は例外無くあるギフトを持つ者が選ばれる。何か知ってるか?」


 ……確か、神様の声を聞く事が出来る者が選ばれるって話だったか。


 つまりは現教皇のエルが神様から何か聞いた、と。


「…以前、司祭様から聞きました」


「うん。ならジーニ司祭。言ってみ」


「…神様の声を聞く事が出来る、です」


「そう。私とミネアは神様の声を聞く事が出来ます」


「…え?ミ、ミネア様も、ですか?」


「そうだ。これは機密事項だから他言しないようにな」


 …そんな事サラッと言うなや。俺と司祭様だけなら兎も角、カタリナとクリスチーナ、カミラも居るのに。


「で、わたしとエル。二人同時に聞いたんだ。エロース様のお言葉をな」


「『この世界を救う為の存在を送ったんだけど、どうも奥手らしいから君達から誘って子作りしちゃって。僕のお気に入りにそっくりなイケメンだからさ』と」


「……」


 あんのやらかし女神がぁぁぁ!いらん世話焼きやがって!よりにもよって世界最大宗教のトップに何言ってんじゃい!


 だが!だがしかし!その内容なら!


「それが俺だと言う根拠にはならないでしょう。はっきりと俺だと告げてはないですよね」


「勿論、ある程度は調べているさ」


「ジュン様、貴方は千人以上の婚約者…いえ、それ以上の女性に言い寄られているのにも関わらず、誰とも関係を持っていないとか」


「更には女性に間違えられる事もあるとか」


「神話に出て来るジュンも、女性に間違えられる事があったそうだ」


「つまりは貴方とよく似てる可能性が高い。此処まで条件が揃えばエロース様の使徒は貴方以外に考えられません」


「「「……」」」


 くぅぅぅ!ど、どうする…クリスチーナもカタリナも否定する材料が見つからないみたいだ…というより納得顔してる。


 メ、メーティス!相棒!なんとかならんか!


『ん〜…事実やしなぁ。マスターがエロース様の使徒なんは間違いないし。諦めたら?』


 ばっきゃろい!よりにもよってエロース教の教皇相手に認めてみろ!どうなるかわかりきってんだろが!


『取り敢えずエロース教の若いシスターは全員孕ませる事になるやろなぁ。で、信者も孕ませる事になって…事実上の神子就任やな。アハハ、ワロス』


 何がおかしい!笑ってないで何か打開策を!


『まぁまぁ落ち着きぃや。確かにマスターを使徒やと考えるに有り余る条件はそろっとるけど確定的なもんは無い。すっとぼけたらええだけやって』


 それも難しくなってるんだが…ええい!


「…それはそれは。また凄い偶然ですね」


「…まだ偶然だと言い張るのですね」


「だって私は使徒ではありませんし。少なくとも私はエロース様に使徒だと言われた事はありませんよ。声を聞いた事もありませんしね」


「「「……」」」


 これ以上の追求は…無いか?流石にもうネタ切れであって欲しいのだが…


「…教皇猊下。そちらの目的はわかりましたがジュンが違うと言っている以上はお引き下がりください」


「仮にジュンが嘘を言っていたとしても、嘘をつくという事は貴女方を拒絶しているという事。拒絶している男性を無理矢理抱くつもりは無いでしょう?」


「それはエロース教信徒として絶対にやってはならない事です。教皇様、どうか…」


「…エル、仕方ない。今は諦めよう」


「…ええ。ですが折角来たのです。何日か此処に滞在して見極めさせていただきます。宜しいですね?」


「お断りします」


「はい。ではジーニ司祭、神子を案内……今なんと?」


「お断りします」


「な、何故?!」


 何故も何も。なーぜエロース教の教皇なんて大物を侯爵邸に泊めなきゃならん。


 普通に考えて王城か、エロース教会のどっちかだろ。


 アポ無しでドラゴンに乗って来て泊めろは非常識極まりないわ。


「というわけで。王都に滞在する事には何も言いませんが、我が屋敷に泊める事はお引き受けしかねます。王城か教会に行ってください。普通に困ります」


「…ま、まぁ確かにね。ジュンの言う事は尤もだと思うよ、うん」


「た、確かにな。ローエングリーン家でも困ってしまう…いや大多数の貴族家は困るだろうな。事前に連絡があったのなら大変名誉な事だと受け入れて力を入れて準備しただろうが…かと言って即断わるのもどうかと思うが」


「と、兎に角、ジュン君…ノワール侯爵様の仰る事は至極ごもっとも。女王陛下に御挨拶もまだなご様子。此処は王城に滞在するのがよろしいかと…」


 そうだろうそうだろう。てか、此処に泊めたら夜這いとかされかねんし。


 何時まで居るかもわからん厄介者なんか受け入れ御免だわ。


「あの…エル様。確かに王城に行くのが良いかと」


「…だな。焦る理由も無いし、此処は…」


「…そうね。失礼しました、ジュン様。では先ずノイス支部に寄ってから王城に行きましょう」


「はい、御案内します。そちらが新任の神子様ですね」


「ええ。神子のレイと申します。よろしくジーニ司祭」


「…え?」


 ん?神子がどうかしたのかな。マジマジと見つめてるけど。


 …そう言えばこの人、誰かに似てる気がするな。


「…あの、失礼ですが…レイ様はおいくつでしょうか」


「年齢ですか?三十八ですが」


「…三十八。あの、レイ様はもしかして――」


「失礼します。ローエングリーン伯爵がお着きなられました。お客様をお連れですが、御通ししてもよろしいでしょうか」


 ああ、アニエスさんが戻ったか…そうだ、教皇一行にも御茶会に参加してもらうんだった。


「教皇猊下。今日は御茶会を開く予定がありまして。よければ参加していただけませんか」


「御茶会に?…わかりました、是非に」


「あの…僕もですか?」


「勿論、神子様も是非」


 正直に言えば早くお別れしたかったけども。


 司祭様にも参加してもらって教皇猊下のお相手を――


「良いんじゃないかの。まだあの話をしておらんしのう」


「あ。そうだ、まだあの話があった」


「そうでした。まだあの話がありました」


 …まだ何かあんの?超遠慮したいんですけど。


「ジュン様は勇者について御存知ですか?」


 …なんて?


―――――――――――――――――――――――――


あとがき


応援・フォロー・レヴュー いつもありがとうございます。


前作「魔王子様の世直し」もよろしくお願いします!



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