第196話 仲良しでした

「わ、わたくしはベルツ伯爵家のヘルマと申します!是非ノワール侯爵様とは親しいお付き合いを!」「先日爵位を継いだギーゼン子爵です!ノワール侯爵様には王国にお帰りになる前に是非我が領地に立ち寄って頂きたく!」「ラッハー伯爵家が嫡子カチヤと申しま―――」


 以下略!


 毎度毎度思うが、そんな捲し立てるように矢継ぎ早にアピールされたところで覚えられるわけなかろうに。


 印象にも残り難いから悪手も悪手。覚えて欲しいなら他とは違うやり方をして欲しいね。


 と、帝国のパーティーでも王国のパーティーと同じような感想を持つ俺。


 今日は闘技大会前日の夜。招待客を招いての立食パーティーの最中である。


 今は帝国の貴族令嬢達からのアピール攻撃に曝されている。


 次は他国の招待客が控えていると思うと憂鬱。


 落ち着いて食事をする時間が欲しい…せめて表情筋を休ませる時間をくれ。


 愛想笑いという名の微笑みを浮かべるのに疲れたんだ。


 そろそろ表情筋が爆発すんぞ。いいのか?


『微笑みの爆弾ってか?まぁ不発に終わるやろ、ほら』


 周りの令嬢達を押し退け現れたのはアイだ。


 招待客の中でもかなりの大物の登場に、ヒートアップしてた令嬢達もクールダウン。


 俺から少し距離を取るくらいには冷静になったようだ。


「お待たせ。大変だった?」


「もう少しで俺の表情筋が死ぬとこだった」


「そりゃ大変。間に合ったみたいで何よりね」


 パーティー会場にはアイ以外にも身内は居るんだが…アニエスさんとカタリナはまだ挨拶周り中。


 イザベラ達三つ子も同じだ。護衛役のアム達や使用人役のクリスチーナ達はパーティー会場に入れず別室で待機だし。


 貴族ならばこういった場で人脈を築くモノ…だそうだがそれどころじゃねぇな。


 皆、遠目ではギラギラした眼で見てくるのに距離を詰める間に笑顔で隠すのが肉食動物っぽくて怖い。隠しきれてないが。


「それで、気になる娘は居た?」


「いいや。印象の薄い娘ばかりだよ」


 一応、メーティスに言ってデータ登録はしてるが。


 デウス・エクス・マキナの補助が無ければ初対面かどうかも判断出来ない娘ばかりだ。


「それはいけませんな。帝国としてはノワール侯爵とは是が非でも深い仲になりたいのですが」


 おっと今度は誰だ?アイと一緒に居るのに話かけて来るという事はそこそこに大物か、アピール以外の目的か、だが。


 発言からしてアピールが目的だな、うん。つまり大物か。


「お初にお目にかかります、アイシャ殿下。それにノワール侯爵。私はツヴァイドルフ帝国で宰相の役を賜っております。どうぞ宰相とお呼びください」


「「はぁ」」


 …名乗らないの?普通はフルネームを名乗るもんだけど。


 で、この人が宰相ねぇ…あの写真を送って来た張本人。


 王国の宰相ブロンシュ侯爵と違い随分と若い二十代後半から三十代前半くらいか。


 丸眼鏡をかけたグレイの長い髪。教師や研究者って肩書きが似合いそうな女性だ。


 まぁ宰相なんだけど。


 で、宰相の後ろに並ぶ八人の女の子と一人の男の子。


 察するに皇帝の妹達…あれ?妹達は確か姪っ子を含めてあと九人じゃ?一人足りないな。


「そしてこちらの方々は皇帝陛下の弟君と妹君達。本来なら皇帝陛下から紹介して頂くべきなのですが今日は私が代わって。先ずはエジェオ殿下」


「は、はい!え、ええ、エジェオ・ヴェンティ・ツヴァイドルフです!よしなに!」


「はい、よく出来ました。御立派でしたよ」


 この子がツヴァイドルフ皇家唯一の男児エジェオ殿下。


 ダークブラウンの髪でツリ目、歳は七歳くらいか。


 見た目は活発そうに見えるが内気なのか照れ屋さんなのか、少し顔を紅くしてモジモジしている。


「では次に。こちらが皇帝陛下の六つ下の妹である―――」


 再び以下略!皇族だからってただ名前を教えられた人を速攻で覚えてられるか。


 エジェオ殿下は数少ない男だから覚えられるけどさぁ。


 取り敢えず、皇女達ら下が四歳前後、上は十四歳くらいで髪の色がバラバラだとだけ。


「…ご丁寧にどうも。ウチはアイシャ・アイリーン・アインハルト。ジュンの婚約者よ」


「ジュン・レイ・ノワール侯爵です。以後お見知り置きを」


「というわけです、姫様方。こちらのノワール侯爵が姫様方の夫になる―――」


「待たんかい!誰が夫か!」


 まだ皇帝からは婚約を打診されてないし、承諾をした覚えもないぞ!


「っと、失礼。無礼な口を利きました。しかし、勝手な事を言わないでもらいたい」


「言葉遣いはお気になさらず。私にはもっとフレンドリーで構いませんよ。仲良くしましょう、ノワール侯爵」


「…遠慮します。兎に角、私はツヴァイドルフ皇家と婚約した覚えはありません」


「しかしジェノバ様から求婚されたのでは?」


「されましたが、承諾した覚えはありませんよ」


「しかし断ってもいないですよね」


 …………うん。言われてみれば確かに。承諾もしてなければ拒否もしてないわ。


「帝国の法では婚約の申込みを三日以上保留にした場合は自動的に婚約が成立する事に―――」


「無いですよね、そんな法」


 有ったとしても俺はアインハルト王国の貴族だし、事前に説明も無く法により婚約成立なんて話は無茶苦茶過ぎる。


 出るとこ出たら必勝だろ。


「――はい、嘘です。しかし、保留にしているという事はノワール侯爵も満更では無いのでは?ジェノバ様は美人でしょう?それとも好みではありませんでしたか」


「美人か美人でないかで言えば美人だと思ってますよ。しかし私にはもう十分過ぎるほどな婚約者が――」


「正式に婚約しているのはアイシャ殿下のみとお聞きしましたが」


 …宰相って皆情報通なのかな。厄介な…


「…正式に公表してないだけで、婚約者と言って差し支えありませんよ」


「ではローエングリーン伯爵に確認して―――」


「すみません、それはちょっと待ってもらえます?」


 当人にそんな事耳に入れた日にゃ。間違い無く襲われるわ。そしてあれよあれよと使用人やらシスターらも混じって…一年後にはベビーラッシュよ。


『いつか必ず来る未来予想図やな。まぁマスターの使命は世界中で子作りする事やねんし。帝国での子作りは皇家を手始めにしたらええんちゃう?』


 何もええ事あるかい。何故わざわざ皇家なんて選ばなあかんのよ。


 大体、俺は皇家に婿入りなんて出来んぞ。


「皇帝陛下は涙を飲んで頂いて子種だけで我慢して頂きます。妹君達は全員ノワール侯爵家に嫁入りで」


「凄い事言うな、あんた」


「お褒めの言葉、恐縮です」


「褒めてない…」


 この人、サーラ皇帝に抜擢されて宰相になったんだろ?それにしては皇帝に対する忠誠心が薄いような。


「そうそう。私が送った写真は気に入っていただけましたか?」


「あう…写真…」「恥ずかしい…」「はぅぅ…」


 写真と聞いて姫様達数人が頬を紅く染めて俯いた。十歳以下の子供はパジャマ姿だったけど十歳以上は着替え中や入浴中の写真だったからな。


 顔がわからないようにしてあったが。


 しかし実際に顔合わせすれば誰がどの写真の人物かわかる。


 …やはり一人足りないな。写真ではメイドに着替えさせて貰ってる赤毛の女の子。この場には赤毛の女の子は居ない。


「どの写真が一番気になったか、印象に残ったかお聞きしても?」


「…よくあんな写真撮って送って来ましたね。バレたら問題になりませんか」


「それは姫様のハッスルタイムの現場を収めた写真の事ですな。いや、良かった。姫様は地味な方なので印象に残るよう過激な写真にした甲斐がありました。因みに姫様のハッスルタイムのオカズはノワーーおおっと!!」


「テメェ!何避けてんだ!避けるな!逃げるな!」


「こ、皇帝陛下?」


 皇帝陛下がどこから取り出したのか、棍棒を振り回して宰相を襲ってる。


 トゲトゲした、日本昔ばなしに出てくる鬼が持ってそうな棍棒を。


「テメェ宰相!ノワール侯爵にナニ言おうとしてたんだコラァ!」


「ハッハッハッ!それを今、この場で答えて宜しいのですかな!」


 …なんか皇帝陛下、キャラ変わってません?そっちが素ですか?真面目な委員長が裏ではヤンキーだったみたいになってるじゃん。


「しかしお喜びください姫様!私が送った写真の中で一番印象に残ったのは姫様の写真だそうですよ!」


「テメェ!それってあの写真が私だってバラしてるじゃねぇか!顔は写ってないんじゃなかったかコラァ!」


「ハッハッハッ!そうでしたなぁ!しかし姫様!髪の色が全員違うのですから実際に会った今、誰がどれか簡単にわかりますなぁ!」


「こんの馬鹿宰相!確信犯じゃねぇか!逃げるな!この場で処刑してやるぅ!あと陛下って呼べや!」


 …棍棒を振り回しての大喧嘩なのに凄く仲良しに見える不思議。


 周りに被害を出さないようにしてくださいね。

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