第186話 殺意を抱きました
~~サーラ~~
「だぁかぁらぁ!ノワール侯爵の護衛はアタシがやるって言ってんじゃん!」
「カサンドラ様…何度も言わせないでください。皇族が自ら他国の人間の護衛など。それと今の議題はアインハルト王国から来る招待客の安全確保についてです。ノワール侯爵の安全確保ではありません」
「同じ事でしょうが!」
……いい加減にして欲しいわね。
アインハルト王国アリーゼ陛下からの返信が来たのは二日前。
招待に応じアリーゼ陛下と一緒に来る来客の中にはノワール侯爵の名もあった。
当然、婚約者のアイシャ殿下も一緒だけど…それは良い。
今、問題なのは目の前で喚くバカ妹だ。
「カサンドラ、諦めなさい」
「ね、姉さん…でも…」
「貴女がアインハルト王国からの招待客を全て護るなんて無理だしさせる訳に行かないの」
「でも!騎士団を出すにはお金がかかるだろう!そのお金をどう工面するか悩んでるって聞いたからアタシは―――」
「それについては解決出来そうだから問題無いわ。アインハルト王国の安全確保には近衛騎士団を出すわ」
「こ、近衛騎士団を…」
アインハルト王国は戦勝国ではあるけれど、理不尽な要求や略奪をしなかった。
それでもアインハルト王国を恨んでいる人間はいる。勿論、近衛騎士団にも居るだろうけど、帝国最高の騎士団であれば任務を全うしてくれるでしょう。
「カサンドラ、貴女は近衛騎士団と一緒に出迎えなさい」
「え?な、なーんだ!結局アタシに行かせて―――」
「ただし!ジェノバと一緒よ」
「うっ…ジェノバとか…」
ジェノバはカサンドラの一つ下の妹。カサンドラと同じく武の才があって今は近衛騎士団の小隊長。
最近じゃ民から『姫騎士』なんて呼ばれて人気がある。今の皇家の中では数少ない人気者。男に興味が無いと公言してるのも人気の理由みたい。
カサンドラと違って真面目だし、きっとやり遂げてくれる。
「いや、アイツは確かに優秀だし真面目だけど…それを台無しにする欠点が…」
「欠点?」
ジェノバに欠点なんてあったかしら?特に思い当たらないけれど…私ほどじゃないにしても美人だし。
そうね、八十五点くらい?
「そうですね。ジェノバ様なら問題無いでしょう。私から見て九十五点の方ですし。それよりも姫様」
「陛下と呼びな…待ちなさい。ジェノバが九十五点?宰相、貴女から見て私は七十点なのに?」
「そんな事はどうでも宜しい。姫様、騎士団を出す事で必要となる経費。それが解決出来そうとは一体?」
「どうでも良くないわよ…こないだのエスカロンからの密書は覚えてる?」
「覚えてますが…何らかの取引だったのですか?」
「ええ。魔石を大量に売って欲しいってね。ただし、極秘裏に」
アレだけの魔石を何に使うつもり…まぁ心当たりはあるけれど。相場よりもかなりの高値で売れたから構わないし、帝国に害は為さないと契約させたから心配ないし。
「…宜しいので?その魔石の使い道は恐らく…」
「内乱…戦に使うのでしょうね。どう使うのかは知らないけれど」
「え?内乱…」
ドライデン…あの国は今、内乱の兆しが見える。
そんな中で自国でも買い揃えられる魔石をわざわざ帝国から…それも極秘裏、大量に購入する理由なんてそうは無い。
恐らくは新型の魔法道具か何か。それを内乱…いえ内戦で使うつもりなんでしょ。
アインハルト王国から買うとなるとブルーリンク辺境伯領を通る必要があって、ブルーリンク辺境伯はドライデンに睨みを効かせてるからね。
必然的にうちだったのでしょ。
「姫様がわかっていて、対策済なら大丈夫なのでしょう。流石です。七十点の女に戻りましたよ」
「陛下と呼び……待ちなさい。七十点に戻ったって…また点数が下がってたの?」
「ええ。六十五点に」
「なんでよ!」
「だって姫様…二十歳になっちゃいましたし。あ、遅れましたがお誕生日おめでとうございます」
「二十歳になったら女としての魅力下がるの?!ありがとう!」
くっ…確かに皇族としては婚期が遅れてるけれど…それは私のせいじゃない!もん!
「てか二十歳になったら五点下がるならなんでジェノバは九十五点なのよ!あの子は十七で私と三つ差!なら私と十五点差で八十五点じゃないとおかしいじゃない!」
「……ハッ」
「また鼻で嘲笑ったわね!?」
なんなのよ!私とあの子の差なんて他にある?!そりゃ武力はあの子の方が優れてるけど、政治面では私の方が―――
「残念ながら姫様。ジェノバ様の方がルックスもスタイルも遥か上です」
「そんな事無いわよ!あと陛下と呼びなさい!」
「…姫様は運動、してませんよね?」
「…うっ」
「ジェノバ様は近衛騎士団に入団して僅か二年。二年で小隊長になる程の実力者。当然鍛えられた身体をしており、それでいて男に好かれるスタイル。その反面、幼さが残るルックス。オマケにギフト持ち。…御存知でしょうが姫様との婚約は断わるがジェノバ様なら婚約したいという話はチラホラと…」
くっ…た、確かにその通りだけど…私だって負けてないから!
「更には真面目で努力家で。皇家の人間として政の知識も備わっている。姫様が居なければ次期皇帝はジェノバ様だったろうと皆が言っております」
「ああ、そりゃアタシも認める」
そ、それは私も認める…でも、だからって私が七十点でジェノバが九十五点なんて認めない!
「対して姫様は…仕事が出来るし家族想いで人格者、努力家なのも認めますが…スタイルは並。ルックスは精々が中の上。普段はデスクワークでやっている運動と言えば毎晩のハッスルタイムだけ」
「よし尻だせ。割れるまでぶっ叩いてやる」
誰が毎晩ハッスルタイムしてますか!…………毎晩はしてない!
「残念ながら姫様は…姫様を含む十二人姉妹の中では下から数えた方が早い位置にいます。いえ、ぶっちゃけ最下位です」
「はぁ?!巫山戯るんじゃないわよ!まだ四歳のコンチェッタやドロテアより女として負けてるっての?!」
「コンチェッタ様やドロテア様は未来がありますので…期待を込めて八十点ですな」
私に未来が無いみたいに言うなぁ!私はまだまだピッチピチやぞ!
「因みにカサンドラ様は九十点です」
「なんでよ!?」
「アタシは九十点か。まぁ納得かなぁ」
「納得してんじゃないわよ!」
それを認めるって事は私が七十点の女だって認める事になるのよ?!あんたわかってんの?!
「そしてツヴァイドルフ皇家最高の美女と名高いのがミネルヴァ様。ジェノバ様と同じ九十五点。見た目だけならジェノバ様より上かもしれませんが…如何せんやる気にかけますので」
「その点数には納得出来ないけど、評価には納得するわ」
ミネルヴァ…十五歳になったばかりの妹。でも皇家の人間としての仕事をやる気はなく、一日中部屋でゴロゴロ…なのに痩せも太りもしない羨ましい体質。
やる気を出せば高い能力を持ってる癖に働かない困った妹。
「……話が大幅にズレたわね。兎に角、アインハルト王国アリーゼ陛下以下、道中の護衛と案内役にはカサンドラとジェノバ、近衛騎士団に一任するわ。宰相、近衛騎士団団長にそう伝えなさい」
「畏まりました。ジェノバ様にはカサンドラ様からお伝えしてもらえますかな」
「あいよ」
「他の招待客に関しては…各領主に任せましょう」
それから十日ほど。闘技大会の準備に追われ忙しい日々にある中、一つのニュースが。
「姫様、遂に始まったそうです」
「そう…どうなるのかしらね」
ドライデン連合商国が二つに割れた。国を東と西に割っての内乱…いえ内戦の始まり。
私に密書を送って来たエスカロンは東側。
そして事前の情報では不利なのは東側。
その不利を覆すのに必要なのが大量の魔石なんでしょうけど。
どうするつもりなのかしらね。
私の予想じゃ7︰3で東側が敗北するんだけど。
「ドライデンの情報は引き続き集めて。ただし無理はさせなくていいわ。戦火に巻き込まれない内に下がらせなさい」
「畏まりました」
それから更に三日後。新たな報せは私の予想を越えるモノだった。
「姫様。ドライデンについてですが」
「陛下と呼びなさい。決着したの?随分早いわね」
「いえ、それはまだ。ですがもう決着したも同然かと」
「あらそう。エスカロンが討たれたのね」
「いえ西側の代表アルカが討たれたと。内戦が始まった翌日には処刑されたそうです」
「…は?」
それって…内戦が始まってすぐにアルカは捕まってたって事じゃない。
どんな手を使ったの…そんなに高性能な魔法道具を開発したの?
「それが…密偵からの情報では東側は魔獣を戦力として使っていたと。それも大量に」
「…魔獣を?」
…魔獣を従えるスキルやギフトがあるとは聞いた事がある。
でもそれは一人で多数を従える事は出来ないし、スキル持ちギフト持ちは希少。
それも魔獣を従える能力持ちを多数集めるなんて不可能。
となれば…
「姫様が売り払った魔石で大量生産した魔法道具で従えてると。その可能性が高いわけですな」
「…陛下と呼びなさい。そうでしょうね…」
まさかそんな物を…帝国に害は為さないって契約、守ってくれるわよね……あっ。
「ね、ねぇ、宰相?」
「何ですか、姫様。やけに汗をかいておいでですが」
「ドライデンに闘技大会の招待状…送ってたり?」
「しますな。あの国だけ送らないわけには参りませんし」
ぬああああ!マズい!あの国がアインハルト王国にちょっかいをかけてるのは知ってる!まさか他国でおかしな真似…具体的に言えば魔獣を持ち込んだりしないでしょうね!?
「心配なさらずとも。内戦が始まってまだ三日です。仮に明日終結したとしても内戦処理には時間がかかります。とても闘技大会に間に合うとは。ほどなく不参加の返事が来るでしょう」
「そ、そうよね!大丈夫よね!」
でも…何故かしら。そこはかとなく不安を感じるのよね。
ドライデンの監視、暫くは強化しておこう…
「それよりも姫様。魔石の取引は本当に極秘裏に行われたので?」
「それは勿論よ。現に貴女だって知らなかったでしょ」
「しかし…それはある意味でエスカロンに秘密を握られた事になるのでは?」
「舐めないでよね。その辺りの対策はバッチリ。エスカロンに弱味を握られたりしないわ」
「そうですか…ならば良いのですが」
「含みのある言い方ね…そこらへんは大丈夫よ」
それから約二週間後。
ドライデンの続報が届いたのだけど…
「ドライデン連合商国はドライデン連合王国に名を変え、初代国王にはエスカロンが即位。エスカロン・ガリア・ドライデンと名を変えた、ですか」
「早かったわね」
内戦なん時間がかかるものだけど。まさか一月掛からずなんて。
どうしてそこまで急いだのかしら。
「闘技大会に間に合うようにする為では?」
「まさか。闘技大会にそこまでの価値は……何よ、それ」
「エスカロンからの密書です」
……やっぱり取り引きに応じたのは間違いだったかしら。
「おや。今回は此処で読まれるので?」
「ええ………宰相」
「はい」
「ドライデンと戦って帝国は勝てるかしら」
「は?」
「いいから答えなさい」
「……厳しいのでは?」
「そう。ならエスカロンだけを殺す方向で考えましょう」
「……密書の内容を伺っても?」
「貴女も読みなさい、ほら」
どうしてくれようかしら。たかがドライデン如きが…いくら敗戦の傷が癒えてないとはいえツヴァイドルフ帝国は大国!地力が違うのよ、地力が!
「……姫様」
「陛下と呼びなさい。何よ」
「……馬鹿になったので?」
「誰が馬鹿よ誰が!」
「何故この内容でエスカロンを殺すのか…理解に苦しみます。この内容を密書で送るエスカロンにも」
「なんでよ!エスカロンもノワール侯爵を狙ってるのよ?!」
闘技大会には間に合うように向かうからノワール侯爵を協力して落とそうなんて…エスカロンがいいとこ取りしようとしてるのが丸わかりじゃない!
「だってエスカロンはノワール侯爵をドライデンの王にするつもりなのよ?!なら協力しようっていいながら私達には渡さないのは明白じゃない!」
「あぁ……日々ノワール侯爵の写真でハッスルする間に本気になったわけですか。よい傾向ですが…提案を断れば良いだけでは?」
「ダメよ!だってこいつ明らかに私を嘗めてる!罰が必要だわ!あとハッスル言うな!」
「しかしです…仮にも王になったエスカロンを暗殺は…もしもバレたらマズい事になりますが」
「ぐぬっ…」
だがしかーし!私は赦さない!私を嘗めてるという事は帝国を嘗めてるという事!
「故に!私はエスカロンを討つ!宰相!大臣と将軍、各騎士団長を招集しなさい!」
「はぁ…少し落ち着きなさい!」
「ぐっほぉ!!」
さ、宰相…貴女、な、に、を………
「全く……姫様?」
「……」
「思いの外良いのが入ってしまいましたか。プークスクス!泡まで吹いて…面白いから写真に収めておきましょう。パシャッとな。ついでに色んなポーズをとらせて―――」
気が遠くなる間際に聞こえた宰相の言葉に…私はエスカロンより先に宰相を殺すと誓ったのだった。
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