第185話 スピード終結でした

「…確かにそう言ったのだね」


「ええ、間違い無く」


 ミズンと名乗る人魚から伝言を聞いた俺達は仕留めたワニを解体した後、要塞に戻った。


 思ったよりも短時間になってしまったが、それは仕方ない。


 単に勧誘されただけと言う単純な話では無いからだ。


「スパイが居るな…」


「若しくは要塞内部の情報を探れる何らかの手段を持っている、という事になりますね」


 何故ならミズンが現れたタイミングが良すぎる。


 今日、偶々あの場所に居たわけでも每日あそこで待ち伏せしていたわけでも無いだろう。


「エスカロン派の狙いが判ったのは重畳だが…まさかノワール侯爵か狙いだったとは。だが、それなら…」


「国境に居る部隊は撤退せずに仕掛けて来るかもしれませんね」


「そうだな…」


 それも増援を連れて。アルカ派との戦いもあるのに俺に割く戦力なんて高が知れてると思うが。


「だが人魚は厄介だ。水中では人魚と戦っても勝ち目がない。船で戦うのは避けるべきだな」


 人魚は女性しか産まれない種族の亜人。川だろうと海だろうと問題無く、水中では魔獣を除けば最強。


 船を護衛する事を生業とし、世界中の川や海で仕事をしている。


 ただ少数種族なのであまり見かけないが。


「…ノワール侯爵、王都に帰りたまえ。依頼はこちらの都合でのキャンセル扱いにする」


「…俺が帰ったと情報を流す、という事ですか」


 奴等の目的が俺なら王都にまで戻れば撤退するかもしれない、と。


 しかし、それはどうだろうか?


『せやな。最初っからマスターが狙いなんやったら王都まで行く前提で船を用意したんやろし。マスターが王都に帰っても予定通りなだけかもなぁ』


 だよなぁ…あ、でも内乱が始まるならやはり撤退するかもしれんか。


 むぅ…判断が難しい所だな…むぅ…


『あ〜いや…悩む必要は無さそうやわ、マスター。連中、撤退を始めたわ』


 …撤退?国境から引き上げるってのか?理由はわかるか?


『理由まではわからんわ。でも連中は切り札を用意しようとしてた、でもマスターが居るとなると殺してしまう可能性がある。それを恐れたとか?』


 …切り札が強力で絶対の自信があるからこそ、俺を殺してしまう可能性を恐れたってか。


 舐められたもんだな、おい。


『わてに怒ってもしゃあないやん。ただの推測やねんし』


 そりゃそうだけども…しかし結局俺Tueeeeeのチャンスが…お?


「なぁなぁ、ジュン。王都に帰った方がいいんじゃ…お?」


「お姉様!傭兵達が引き上げて行くそうです!偵察に出た者からの報告です!」


「…内乱を優先したか」

 

 慌てた様子で部屋に来たカミーユさんが敵部隊の撤退を告げる、


 …帰ったのか。結局、何もせずに………もしかして?


「ブルーリンク辺境伯。内乱はどちらから起こしたのか、わかりますか」


「ん?それは…アルカ派が…まさか、そういう事なのか」


「恐らくは」


「なんだよ、どういう事だ?」


「わ、わたしにもわかんないよ…ファウ?」


「謎」


 アルカ派が起こした内乱…いや同盟で成り立ってる国だから離反?エスカロン派が少数派になるなら追放になるのか?


 …どちらにせよ、当初の予想通りに、あの部隊は陽動だったわけだ。


 ただし、アインハルト王国でもツヴァイドルフ帝国でも無く自国に対してだが。


「今頃エスカロン派は本命をアルカ派にぶつけてるんでしょうね」


「それも一気に落とせる急所、アルカ派の首魁の下へ…だろうな」


 そして国境に居た部隊は防衛か援軍に回す、か。


 アルカ派はどうか知らないが、こちらは完全に騙されてしまったな。まさか内乱の為の陽動だったとは。


『王国へのちょっかいに全力を出してるように見せて油断を誘い向こうから裏切るように仕向け大義名分も得る、かぁ。アルカ派がそれに気付いてなきゃ奇襲には対応出来んやろなぁ。やるなぁ、エルカロン』


 確かに。アルカ派もエスカロン派に対してなんらかの行動を起こしているだろうけど…どうだろうか。


 アルカ派の方が勢力としては大きいらしいから、エスカロン派の初手を防げればアルカ派が勝つ…か?


「何にせよ、我々は様子見だな。恐らく何もないだろうが、あまり要塞から離れないで欲しい」


 そして三日後。


 ドライデン連合商国の都市ダナンの代表アルカが討たれたとの情報が入った。


 アルカが討たれた事で統率を失ったアルカ派は殆どまともな抵抗も出来ず。エスカロン派の攻勢にまともな抵抗が出来ず、アルカ派の敗北はもはや決定的と言えた。


「それにしてもよ。アルカ派?だっけ。そっちの方がデカい勢力だったんだろ。それにしちゃあやられるの早くね?」


「それには理由がある。国境に居た部隊には魔獣が居たのを覚えてる?」


「うん。魔法道具で従えた魔獣達だよね」


「それはエスカロン派だけが持ってる物らしくて。魔獣で戦力差を覆したエスカロン派は圧倒的。ドライデン全土を掌握するのは時間の問題…というのがブルーリンク辺境伯の見解」


「ドライデン…消滅?」


 消滅…はどうだろうな。ドライデン連合商国という名前は無くなるかもしれないが、ドライデンという国は残るんじゃないかな。


 新生ドライデン王国とかそんな名前に変えて、エスカロンが国主になって。


 それから更に約二週間。


 国が二つに割れた内乱は勃発から僅か三週間ほどで終結。抵抗は無駄と悟った代表らが次々に降伏した為のスピード終結となった。


「ドライデン連合商国はドライデン連合王国と名を変えてエスカロンが初代国王に就任。エスカロン・ガリア・ドライデンと名を変えた、か」


 更にエスカロンは自分はあくまで王に相応しい人物が見つかるまでの代わりに過ぎず、次の王は必ず見つけ出す、と国民に向けて発表。


 アルカ派によって不当な扱いを受けていた男性、本人の意思を無視して連れて来られた男性達を手厚く保護、十分な補償を約束し解放した…らしい。


「死んだ人間に全ての責任を押し付け美味しい所だけ持って行くか、エスカロン」


「見事な手際だとは思います。こうなると今までの王国に対する嫌がらせ、犯罪行為もこの為の布石に思えて来ますね、お姉様」


 恐らくは他国に対しても何かしてるだろうしな。それらも全てアルカ派の責任にしたんだろうな。


「ツヴァイドルフ帝国の闘技大会観賞に招待されているんだったか、ノワール侯爵」


「ええ。それが何か?」


「内乱が終結したばかりのドライデンを招待してるか、招待していても来るかはわからないが、何か仕掛けて来るかもしれない。十分に気をつけたまえ」


 ツヴァイドルフでエスカロンと会うかもしれないってのか?


 それは…面倒くさそうだなぁ…

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