第184話 割れました

「今日も世は全てこともなし…か」


「う、うん?なんだって?」


「ジュンって偶に難しい言葉使うよねぇ」


「世は全て…何?」


 ドライデンの傭兵達を捕まえた日から七日。


 要塞も国境周辺も、不気味なほどに静か。


 引き続きメーティスにドライデンの様子を探らせているが増援は未だに到着していない。


 切り札とやらも来てないようだし、一体いつ動くのやら。


「暇だよなぁ…」


「だねぇ…」


「暇」


 傭兵達を捕まえた事で直ぐにでも攻め込んで来るかと警戒したが肩透かしに終わり。


 ならば大軍を用意してるのかもとブルーリンク辺境伯は追加で冒険者と傭兵を雇った。


 代わりに新人冒険者は帰したが人数は大幅に増えた。


 その為、巡回なんかは一チーム一回でよく、手持ち無沙汰になる時間が増えてしまった。


 訓練はバテて動けなくなったりしない程度にしなきゃだし、街に遊びに行くとかは禁止されている。


 これが中々にツラい。

 

 ドミニーさんに至っては暇過ぎて臨時の出張鍛冶屋を開いて簡単な武具のメンテナンスをしてる始末。これが結構繁盛してるのだとか。


 手に職持ってる人は強いね。


「だぁぁぁ!耐えらんねぇ!どっか行こうぜ!」


「ダメだよぉ」


「此処に来てまだ一時間も経ってない」


 俺達の巡回は朝一で終わり。訓練も終わったので昼食後は完全に暇に。


「くぅぅぅ…暇過ぎて死んじまう…かと言ってなぁ…」


「アレに混じるのはやだね」


「ん。論外」


 俺達は今、要塞の食堂に居る。他の人…冒険者や傭兵達も居るのだが、一部の冒険者と傭兵が昼間から酒盛りをしていた。


 中には簡単な賭け…ギャンブルまでしてる者も。


 冒険者や傭兵に規律なんて求めるだけ無駄…なんて思わないがもう少し控えめにして欲しいものだ。


「なぁなぁ、ジュン〜なんかねぇのか。いい暇つぶしになるアイディア〜」


「無茶振りを…」


 そんなん急に言われてもな……ん〜メーティス、ドライデンに動きは?


『ないでぇ。向こうもこっちの様子を伺ってるだけや』


 …なら、近場に狩りに行くくらいなら認めてもらえるかな?


 ブルーリンク辺境伯に許可を貰いに行くか。


「っと、カミーユさん?」


「ノワール侯爵様、お姉様がお呼びです」


 そう考えていたら向こうからの呼び出し。


 何か起きたか?でもドライデン側は動いてないみたいだし…


「詳しくはお姉様から。でも朗報とだけ」


 朗報?今の状況における朗報って……なんだろ。


「ああ、ノワール侯爵。急な呼び出し、すまない」


 カミーユさんに案内された先にはブルーリンク辺境伯の他にアズゥ子爵と辺境伯家家臣が数人。


 …中々に大きな事が起きたようだ。


 しかし空気は重くない。どうやら本当に朗報が聞けるようだ。


「さて、それでは伝えよう。先程、ドライデンに潜入させている部下から連絡があった。ドライデン連合商国は二つに割れた。今後争って行くものと思われる」


 …内乱が始まるって事か。そうなるとアインハルト王国にちょっかいを出す余裕が無くなるって事ね。


「エスカロン派はドライデンの東側を国土とし、アルカ派は西側。アインハルト王国と隣接するのはエスカロン派という事になる。つまり今、我々の眼と鼻の先にいる奴等の親玉は―――」


 エスカロン派かぁ…つまりは今回の奴等の目的は男を手に入れるって事か。


 やだなぁ…本当に俺が狙いじゃないだろうな。


「しかし、なんだってこのタイミングで?何かきっかけでも?」


「うん。奴等動きが遅かったろう?味方の傭兵が捕まって、情報が漏れた可能性が高いのに。どうやらアルカ派がエスカロン派の邪魔をしていたらしい。それで分裂さ」


 …元々内乱の危機にあったって話だから、それはきっかけにすぎないんだろうけどさぁ。


 あんたら、国の代表だろう?ちょいと軽率すぎやしませんかね。


「故に、だ。国境に居る敵は近々撤退すると思われる。そうなれば傭兵も冒険者も契約期間までは此処に居てもらう事になるが安全に報酬だけ貰って帰れるぞ」


 ………朗報じゃなくね?それって俺Tueeeee出来ないって事じゃね?


『いやいや…普通に考えたら朗報やろ。マスターみたいな考えのんは他におらんし、おるとしたら戦いが大好きな戦闘狂やろ。朗報じゃないって考えるんわ』


 …そりゃそうかもしれんが…がっくりくるね。あ〜あ…


「念の為に白薔薇騎士団にも応援を頼んでいたんだがね。近くの街でレーンベルク団長が率いる部隊が待機中なんだが。無駄足を踏ませる事になってしまったな」


 ソフィアさんが近くまで来てるのか…そうなると増々俺Tueeeeeが難しく……速攻で駆け付けるだろうしなぁ、ソフィアさんなら。


 なんなら呼ばなくても来そうだもん、ドンピシャなタイミングで。


「話は以上だが、皆からは何かあるかな?……無いようだな。なら解散だ。一応警戒は続けてくれよ」


 というわけで解散……の前に。ブルーリンク辺境伯に狩りに出ていいか確認。


 アインハルト側に直ぐに戻れる場所に短時間だけならと許可を貰えたので狩りに出る事に。


 ドミニーさんも誘ってハティを連れいざ出発。


「出発したはいいけどよ。こっち側に狩り出来るようなとこあんのか?」


「わたしは知らないよ」


「同じく」


「わふっ」


 俺達はずっとドライデンに近い位置を巡回してたからな…地元でもないし、こちら側はよく知らないな。


「って、何処行くんだよ、ドミニーさんよ」


「あっちは…川だよね」


 ドミニーさんが進む方向は確かに川。川で狩り…いや釣りか。


「また釣りか…ま、いいか」


「わたし、釣りも嫌いじゃないよ」


 というわけで川辺で釣りを…って、釣り竿は?誰も用意して無いけど。


 てか、ドミニーさんの得物がハンマーじゃなくて槍だし。


 いや、銛か?アレは。槍と間違えるほどにゴツいが。


「ドミニーさんよ、此処は何が釣れ…って、釣りじゃないのかよ!」


「わー…大物だね…」


「…食べれるの?」


 川辺に着いた途端、ドミニーさんは銛で攻撃。仕留めた獲物は…ワニ。


 魔獣ではなく普通のワニだが…デカいな。三メートルはありそうな大物だ。


 てか、居たんだな、この世界にワニ…


「ワニって美味いのか?」


「わたしは食べた事ないけど…」


「結構美味しいらしい。俺も食べた事はないから、話に聞いただけだけど」


「流石ジュン博識」


 ドミニーさんはどうやら肉が目当てじゃなくワニ皮が目当てっぽいな。


 黙々と解体してらっしゃる。


 美味いならとアム達もワニ狩りを開始。水中から急に襲って来るかもしれないから、注意しなさい。


 ファウ、魔法でやるのはワニ以外も殺しちゃうから止めなさい。


『…マスター、水中から何か近付いて来るで。魔獣やなく、人間ぽいのが』

 

 …ワニが居る川で水中から人間が?それって流されてるんじゃ? 


『そうでも無さそうやで。兎に角警戒や。川から離れ』


「…アム、カウラ、ファウ。川から離れて。ハティとドミニーさんも」


「何だ?何か来るのか?」


「カウラ?」


「怪しい音は…ううん!川から何か来るよ!」


 川から上がって来たのは…水着の美女。武器に槍を持ってはいるが敵意は感じない。


「こんにちは」


「はぁ…こんにちは」


 挨拶されちゃったよ。敵…じゃないのか?


「私はミズン。ある人物に雇われたの」


「…雇われた?」


「そう。ドライデンの人に」


 その言葉を聞いた瞬間、全員が臨戦態勢に入る。


 しかし、それでもミズンと名乗った人物は敵意を見せないし、武器を構えもしない。戦う気はないのか?


「落ち着いて。争いに来たわけじゃないの。伝言に来ただけなの」


「…伝言?」


「貴方、男の人なんでしょ?名前はジュン・レイ・ノワール侯爵」


 …ドライデンに俺が此処に居る事がバレてる?カマかけか?


「ノワール侯爵は黒髪だよ。私は違う」


「あらそう?でもカツラとかあるし…まぁいいわ。雇い主は貴方に言えって言ってるんだもの。伝言を伝えるわね。『ドライデンに来ませんか。相応の地位を用意します』ですって。どうする?」


 …雇い主はエスカロンか。それともエスカロン派の誰かか。


 どちらにせよ返答は決まってる。


「断わる。検討の余地もない」


「あらそう。じゃ、次は私の質問。私と一発ヤらない?」


 …直球ストレートにもほどがあるだろ。ムードもへったくれもない。


「…断わる。早く帰った方がいいぞ」


「…そうみたい。怪我する前に帰るわね」


 ミズンと名乗った女性は空中でバク転。川から中へドボン…とする前に、下半身が魚に変身。


 高速で水中を進み、離れて行った。


「彼女…人魚だったのか」


「アレが人魚かよ。初めて見たぜ」


 なるほど、ワニが居る川で平気で泳げるわけだ。


 いや、それよりも、だ。


 今回のエスカロン派の目的は俺で確定かよ…となると…大人しく帰ったりしないんだろうなぁ。

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