第176話 止められました

「金髪の~ノワール侯爵も~素敵です~」


「はぁぁぁ…」


 思わず長いため息がでる。


 やはりこの街はサッサと立ち去るべきだったんだ。


「取り敢えず~此処じゃ目立ちますし~場所~変えましょうか~」


「…いいでしょう」


 マズいなぁ…主導権を握られてる。


 今回はアニエスさんもソフィアさんも居ないしで…貴族の相手は俺がしなきゃならんのだが…いまいちカラーヌ子爵の事を掴みきれないんだよなぁ。


 この前の視線はカラーヌ子爵配下の騎士だった事はわかってる。


 たまたまこの街に視察に来ていたカラーヌ子爵が、あの辺りに出た魔獣の討伐を騎士に命じた。


 その帰りに対岸に居る俺達に気付いた騎士達の中に、アム達の顔を知っている人物が居た。


 その報告を聞いたカラーヌ子爵がもしかしてと考え、滞在期間を延期した。


 そこまでは偵察機で探った結果、わかった事だ。


 カラーヌ子爵の思惑や目的なんかは不明のまま。


 事前の予想通りなら、俺と鉱山の利権狙いになるのだが…


「改めまして~ようこそ~私の領地へ~」


「…どうも」


 よくわからないんだよなぁ…このちぐはぐ子爵。


 見た目は派手、口調はおっとり。街の様子から善政を布いているようだが他の貴族からの評判は悪い。


「さ~こちらへ~お茶でも飲みながら~お話ししましょ~」


 案内された先はやはり代官の屋敷。


 カラーヌ子爵の後ろに控えている三十代半ばくらいの女性がこの街の代官だろう。


「…カラーヌ子爵。お誘いは有り難いですが、私達は仕事で行く所が―――」


「ブルーリンク辺境伯領に行かれるのでしょ~?今から出たら〜野宿することに~なりますよ~」


 …何故知ってる?そりゃ王都からこの街を経由しての行き先なんて限られてるけども。


 他に選択肢が無いわけじゃ…


「簡単です~ノワール侯爵の~姿からして~冒険者として~来ているのでしょ~?」


 王都の冒険者ギルドで受ける事が出来る依頼の中で、この街を通る必要があるのはブルーリンク辺境伯が出してる依頼だけ。


 指名依頼の可能性も勿論あるが…


「侯爵様に~指名依頼なんて~する人が~いるかしら~」


 居たとしても俺を屋敷に招く為だけの偽依頼だったりするのでステラさんが弾いてくれてる。


 つまりはほぼほぼブルーリンク辺境伯の依頼を受けての移動中だと見切っていたらしい。


 と、簡単に言うが。自分の領地ではない街の冒険者ギルドに出てる依頼なんて把握してるものか?


「私の~領地って~色が無いんですよ~一見して~」


「…色が無い?」


「特色が無いって事です~」


 つまり、レンドン伯爵領のように大河が流れ河港都市があるわけでもない。


 レッドフィールド公爵領のように特産物もなければ特殊な地形もない。


 特に目立った何かが無い領地。それがカラーヌ子爵領だと彼女は言いたいらしい。


「でも~私は~そんな評価を~変えたいんです~その為に~ノワール侯爵にも~協力をお願いしたくて~」


 …ここからが本題か。話の流れからして鉱山の利権に絡む内容だろうが。


「私の領内に~鉱石運搬の~中継地点を~作りませんか~」


 …中継地点?


 カラーヌ子爵領は鉱山から見て西方。西側に鉱石を運んで販売する際の中継地にしないかって?


「私の領内に~一旦鉱石を集めて~加工もしてしまうんです~勿論~全てじゃなく~一部で大丈夫です~顧客の紹介も~しますよ~」


 ………それってカラーヌ子爵にとってどんなメリットが?


『そらあるわな。鉱石販売の中継地点となれば人の流れが出来る。人の流れが出来たら金も流れる。経済が周るっちゅうわけやな。鉱石の中継地点で加工もやるとなると鍛冶屋が集まって一大鍛冶屋街なんかも出来るかもなぁ。加工した場所で鍛冶屋が物作って販売するんが一番早いしやな』


 あぁ…シーダン男爵の街トランでも鍛冶屋が増えてるそうだしな。


「…話はわかりました。でも、それってカラーヌ子爵領の特色になりますか?」


 どっちかつうとそれはノワール侯爵領の特色であるべきだと思うんだが。


 少なくともカラーヌ子爵領の特色になるほどの鉱石を流すつもりは俺には無い。


「私の領地では~農作物もそこそこで~水産物もそこそこ~鉱物資源はちょっぴり~それが私の領地の色です~」


 色んな物がそこそこ手に入る地。それがカラーヌ子爵領だと?


 で、俺に中継地点を作ってもらって鉱物資源もそこそこ手に入る地にしたい、と。


「…活気のある街ですよね、此処は。治安も良さそうだし」


「ありがとうございます~街道も整備してますし~領内は騎士が巡回してて~オマケに気候も安定して~過ごしやすい土地なんです~」


 更に税も低いらしい。確かカラーヌ子爵領の政治は上手く行っている方だと誰か言っていたな。


 …上手く行っている方?凄く上手く行っているの間違いでは?


「そうですね~でも~もう一押しが欲しいんです~私の母は~領主としては~凡庸だったので~」


 可もなく不可もなしな人物で現状維持が精一杯。自分が継いでから少しずつ繁栄して来たのだと、彼女は言う。


「おい、話について行けてるか?」


「わたしは無理…よくわかんないよ…」


「同じく」


「……」


 アム達も一緒に聞いては居るが話には入れず。


 ドミニーさんは中継地点云々の話はピクッと反応していたが口を挟む気はないらしい。


「ですので~お願いします~私を味方にすれば~色々お得ですよ~」


「……例えば?」


「例えば~情報ですね~私は情報通なんですよ~宰相に負けないくらいには~」


 金儲けに繋がりそうな話、他の貴族家の動き、他国の情勢。


 それらをいち早く知る為の情報網が彼女にはあると言う。


 その情報網とやらで、俺の目的地も知っていたのだとか。彼女が今日、此処に居たのは偶然じゃないって事か。


 彼女を味方にするメリットは確かにあるように思う。領主としてはまともなようだし、俺と敵対するつもりも無さそうだ。


 しかしな…


「…警戒されてます~?」


「…正直に言えば。カラーヌ子爵の噂はあまり良くないので」


「でしょうね~男好きとか~悪辣とか~ずる賢いとかでしょ~」


 …情報通って、地獄耳って事じゃないよな。


 自分の対外評価も聞いて知ってるなら正せば良いのに。


「それは~事実ですから~私~嫌いな貴族相手には~容赦しないんです~」


 カラーヌ子爵は貴族相手にのみ、高利貸しをやっているらしい。


 そうして返せない貴族には返済期限を伸ばしたり利息を下げたりする対価として情報を引き出したり有利な条件で何らかの契約を新たに結んだり。


 時には男を斡旋させたりもしたとか…なるほど、男好きと言われるわけだ。


「誤解しないで欲しいんですけど~男をとっかえひっかえしてるのは~事情があるんです~」


「…というと?」


「私~初産が死産で~それから妊娠した事が無いんですよ~」


 …いきなりヘビィなお話し。でも変わらずのほほんと話したな。


「原因が~私にあるのか男性にあるのかわかりませんけど~私が産むしかない以上~男を代えるしかないじゃないですか~」


 姉妹も居ない為、カラーヌ子爵が産まないと血筋が途絶えてしまう、と。


 理由はわかったけど…不妊の原因は十中カラーヌ子爵にあるよな…この場合。


『やろうな。初産が死産やった事でトラウマになって心と身体が拒否してるんか身体に問題があるんかは…調べてみなわからんけど』


 …調べられんの?


『可能やで。因みにマスターなら問答無用で孕ませる事が可能や』


 あぁ…100%妊娠させるマンだったな、俺…


「というわけで~考えてくれませんか~悪い話では~ないと思うんです~」


「…いいでしょう、帰ったら皆と検討します。少し先の話になりますけど」


「ありがとうございます~ついでに~私を抱く事も検討してくださいね~」


「……」


 同情の余地がある上に俺に解決出来る事ってなると…バッサリと切り辛いなぁ…化粧が濃いけど美人ではあるし。


「そうそう~お近付きの印に~耳寄りな情報を一つ~ブルーリンク辺境伯領には~行かない方が良いですよ~」


「…ほう?何故です」


「ドライデンの~動きが怪しいと~情報が入りました~そろそろ動きそうだと~そうなると~わかりますよね~」


 ブルーリンク辺境伯領が襲撃される、と。


 …ドライデンと戦争になるって事か?

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