第175話 意外でした
「……」
「あ、着きました?」
「アム、起きる」
「んがっ?」
ブルーリンク辺境伯領目指して三日目。現在地はカラーヌ子爵領に入った最初の街だ。
カラーヌ子爵を避けようと思えば領内に入るのは避けたかったがブルーリンク辺境伯領に行こうと思えば避けては通れず。
カラーヌ子爵が居るであろう領都には入らないで済むので大丈夫…と思いたいのだが。
出来るだけ早くこの街を去りたい理由があった。
「フアア…着いたのか。でも、此処じゃ泊まらないんだろ?」
「…ああ。嫌な予感がするからな」
「別にいいけど~まだ昼だし。でも此処で泊まらないと今日は野宿になっちゃうよ」
それでも先を急ぎたい理由。それはこの間の視線の主がカラーヌ子爵の家来…騎士だったからだ。
何故、俺達を遠目に観察していたのかはわからないが、関わらない方が良さそうだと判断した。
それを説明出来ないのでアム達には勘で押し通したのだが。
「でもよ。飯食うくらいいいよな」
「お腹空いたしね~」
「ん。あそこなんか良さそう」
…本音を言えば先を急ぎたいが。そこまで急がせても納得してくれないか。
何より…
「おっしゃ。ドミニーさんよ、停留所に馬車をって、早えな」
「ドミニーさんもお腹空いてたんだねぇ」
さっさと馬車を停めたドミニーさんは店に向かって歩きだしていた。
どうやらあの店に入るらしい…いいけどね。今回といい釣りの時といい。タイラントバジリスクの時もそうだが、意外とドミニーさんは即断即決、強引な人らしい。
「いらっしゃ~い!」
「五人と従魔が一緒なんですけど、構いませんか?」
「いいよいいよ!奥のテーブルが空いてるよ!」
金髪のロングヘアにリボンを付けてるんだが…どうやら男だとバレてはいないようだ。
それでも視線を感じてはいるが。声をかけて来る様子は無い。知り合いに会いさえしなければ大丈夫だろう。
「にしても…意外と活気のある街だよな。カラーヌ子爵って良い噂…つってもブルーリンク辺境伯に聞いた話が殆どだけど、良い噂聞かなかったからよ。てっきり悪徳領主なのかと思ったぜ」
「ねぇ~意外だよね~」
「雰囲気も明るい」
そうなのだ。此処はカラーヌ子爵の家臣が代官をしている街だが重税で苦しんでいるとか治安が悪く荒んでいるような様子は無い。
路地は行き交う人で溢れ露店などもあって活気がある。
悪名高いのは貴族の間だけなのだろうか。それとも男好きなだけで他はまともなのか?
『この世界で男好きで有名になるって、それはそれは相当な悪名やねんで。それだけ数少ない男を手籠めにしてきたっちゅう事やねんから』
…なるほど。イオランタ侯爵ほどの悪人じゃなきゃいいけど。そういやイオランタ侯爵は表向きはちゃんとした貴族だったな。外務大臣に任命されるくらいには。
「はいよ、御待ち!」
「お、美味そう!」
「いただきま~す!」
「ほら、ワンちゃんにはこれだよ!」
「わふ!」
「アハハ!いい食べっぷりだね!」
うん、店員さんも他の客も表情が明るい。街に入るまでのイメージとはまるで違う印象だな。
「どうかしたかい?」
「ああ、いえ…活気のある街だなと思って」
「そうだろうそうだろう!あんた達は見たとこ冒険者かい?ならブルーリンク辺境伯領の行くのかい?」
「そうだけどよ。よく解ったな、おばさん」
「そりゃあね。あんた達みたいにブルーリンク辺境伯領に向かう冒険者は多いからね。カラーヌ子爵様の領地は治安も良くて魔獣被害も少ないから冒険者の仕事は少ないしね。此処で稼ごうなんて冒険者は少ないさね。それじゃごゆっくり!」
へぇ…どうやら本当に善政を布いているらしい。店員のおばさんにはカラーヌ子爵の名を出す時にも悪感情は見えなかった。
「ん?カウラ、どした」
「耳がピクピクしてる」
「鎧を着た人が近付いて来るよ。複数、店の前を歩いてる。誰かを探してるっぽい」
俺達は店の奥だから外の様子は見えないが鎧を着た人…騎士か冒険者か。
誰かを探してる…俺達かなぁ、やっぱり。街に入る時の検問はドミニーさんのSランク冒険者証でほぼフリーパスだったがドミニーさんがノワール侯爵家お抱えになってるのは調べればわかるだろうしなぁ。
そこから俺達が来た、とバレた…かな?
「…離れて行ったよ」
「…そか。あたいらを探してたとは限らねぇけど、こりゃジュンの言う通りに早く離れた方が良さそうだな」
「同意」
そうして貰えると有難いよ、本当に。だって…この街に居るんだよなぁ、カラーヌ子爵本人が。
そりゃ自分の領内にある街なんだから居てもおかしくないんだけどさ。な~んでこうもドンピシャなタイミングで来てるかな…
「ふい~食った食った。んじゃ行くか」
「うん。もうちょっとゆっくりしたかったけど~」
「仕方ない」
「……」
実際に騎士らしい人物が誰かを探してるとなっては疑問も消えたらしい。その御蔭で危機感も煽られて全員足早に馬車に………あ?
「おいおい。あたいらの馬車のとこ、誰かいんぞ」
「ほんとだ。アレッて…騎士だよね」
「何事?」
俺達の馬車の周りにこの街の代官に仕えると思しき騎士が数名。ああ…間違いなく俺達を見てた騎士が混ざっとるわ。
「御待ちしておりました。ノワール侯爵様御一行ですね」
「(おい、ジュン。どうすんだよ)」
「(どうするって…しらばっくれるしかないだろ)」
俺達を探してて見つからなかったが馬車を見つけたから此処で待ち伏せ、か。
家紋も何も入ってない、特徴の無い普通の馬車なのに…よく解ったなぁ。
「…いえ、人違いですが」
「ハハハ、御冗談を。Sランク冒険者のドミニー殿が仕える御方はノワール侯爵様御一人。さらに狼の従魔を従えているとなるとノワール侯爵様で間違いありません」
「カツラで変装されても溢れ出る気品と美しさは誤魔化せませんよ」
…やっぱり調べとるなぁ。何だよ、もう…てか溢れ出る気品と美しさて。
俺はついこの前まで平民で孤児院出身の冒険者やで?気品なんてあるわけないがな。
「…そう言われましてもね。彼女は確かにドミニーさんですが私はノワール侯爵様では無い――」
「わ~本当にノワール侯爵~まさか此処でお会い出来るなんて~」
この間延びした声は…
「御久しぶりです~パーティー以来ですね~ノワール侯爵~」
「カラーヌ子爵…」
わざわざ自分から来るとか…意外とフットワーク軽いなぁ…
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