第171話 とことん可哀想な人でした
〜〜サーラ〜〜
「姫様、エチゴヤ商会のクリスチーナ会長からの返信が届きました」
「陛下と呼びなさい。それで内容は?」
「ダメです。人材不足を理由に断られました」
「そう…」
何としてもノワール侯爵と結婚しろ、諦めるなという宰相と妹のカサンドラの言葉を受け入れて、色々と考えては見たけど…やっばり難しいわね。
少し搦め手としてノワール侯爵お抱えのエチゴヤ商会に接触しようとしたけど…ダメだった。
少し前にユーバー商会からも断りの返事が来たし…いよいよ手詰まりね。
「やはり姫様が直接会いに行くしかないのでは?」
「それは無理だって説明したでしょ。リスクが高すぎるし、お金もかかる。あと、陛下と呼びなさい」
「しかしです。ノワール侯爵と接触するにはもう…」
言いたい事はわかるけれどね。来てもらうのがダメなら行くしかない。
それはわかるけれど…
「ところでカサンドラは?最近見ないけれど」
「ノワール侯爵の情報収集がてら王国に戻りました」
…自由ね。同じ皇族とは思えないわ。これでただ遊びに出ただけなら巫山戯るなと怒るとこだけど。
情報収集に動いてるなら―――いえ、どっちにしろ自分の欲望に従って動いてるだけじゃない。
やっばり怒って良いかしら?
「あの…姫様?」
「だから陛下と呼びなさい。何よ」
「カサンドラ様が王国に行き来出来るならば姫様も問題無く出来るのでは?」
「カサンドラだから出来るのよ。私とカサンドラじゃ前提条件が違うわ」
「…と、申しますと?」
カサンドラは…皇族として表舞台に立った事がほぼ無い。
王国は勿論、帝国内にだってカサンドラが皇族だと知ってる人間がどれだけ居るか…
「カサンドラ様は外で活発的に遊んでいて、姫様は引き篭もりで本ばかり読んでいたのに…不思議ですなぁ」
「引き篭もり言うな。あと陛下と呼びなさい」
引き篭もりなら顔が知られてないだろうにって?それに関しては自分でも後悔してるわよ。
引き篭もって勉強してたからお母様とお姉様の尻拭いが出来ちゃって皇帝までやる羽目になったんだから。
「それで、どうされますか?やはり姫様が直接…」
「だから無理だって。問題は他にもあるんだし、三ヶ月後にはビッグイベントもあるし。今はノワール侯爵の情報を集めましょう」
「…仕方ありませんな」
それから数日後。
カサンドラが情報を持って帰って来た。
「ただいま!姉さん、聞いてくれよ!」
「…だからノックくらいしなさい。おかえりなさい。何かあったの?」
「ああ!ノワール侯爵がな!今度はタイラントバジリスクを討伐したそうだ!また単独で!」
「…ふぅん」
「何だよその薄い反応は!薄いのは毛だけにしときなよ!」
「誰がハゲ…待ちなさい。貴女、何処の毛の話をしてるの」
「そんな事はとーでもいい!姉さんはタイラントバジリスクを単独討伐する事がどれほど凄い事かわかってる?わかってないだろ!そんなんだからツルツルなんだよ!」
「妹といえど、処すわよ?」
ほんとにもう…だから私にドラゴンゾンビやらタイラントなんちゃらだとか言われてもわからないわよ。
魔獣に関しては素人同然だもの。具体的に言いなさい、具体的に。
「ほんとにもう…タイラントバジリスクを単独で討伐するなんて帝国最強の近衛騎士団団長でも闘技場の最強闘士でも無理。最高ランクの冒険者が事前に十分な準備をしてパーティー単位で戦ってようやく、な相手だよ」
…ふうん。なに、ノワール侯爵ってバトルジャンキーなの?
そんな危険な魔獣と単独で戦うなんて…命知らずの戦闘狂くらいじゃない?
それか…何も考えてないバカ。
何それ、どっちにしても最悪じゃない。いくら見た目が良くても中身がそれじゃあね…いえ、どっちも最悪な男しか今まで縁談は無かったのだけど。
「あ、姉さん今、ノワール侯爵を馬鹿にしたろ」
「…そんな事ないわよ?」
何故わかったの…単に同じ感想を持っただけかしら?
「いい?ノワール侯爵の功績はね、強い魔獣の討伐だけじゃないんだよ。誘拐事件を解決したり鉱山で暗躍してた犯罪組織を潰したり!」
………やっばり戦闘狂じゃないの?危険な場所へ好んで行ってるようにしか聞こえないんだけど。
「更に更に驚くべきは!これだ!」
「……なに、これ」
「マヨネーズと石鹸!それとジェンガっていう玩具だ!」
…マヨネーズは商人が献上して来た事があるから知ってる。
石鹸は…私が知ってる物より良い香りがするわね。玩具は…これでどうやって遊ぶの?
「これが何?」
「これらは!全てノワール侯爵が考案して!商業ギルドに特許として認められた商品なんだ!」
…へぇ?それが本当なら凄いわね。少なくともタダの戦闘狂じゃなくなる。
「でも、それ確かな話なの?」
「多分ね!エチゴヤ商会の店員が言ってたし、間違い無いんじゃないかな」
エチゴヤ商会…確か珍しい、新しい物を沢山売ってるって話の。
それらがノワール侯爵発案の物…という事かしら。
「つまりノワール侯爵はそれなりに頭も良いと。そう言いたいのね」
「そう!それ!」
「でも、それはそれで厄介よ」
「何でさ!」
「だって、こちらの思惑も看破されるって事でしょう?ノワール侯爵が賢いなら」
ただでさえ手詰まりなのに。搦め手で行こうとしても躱されてしまう可能性が高くなる。
もしかしたらエチゴヤ商会やユーバー商会に出した手紙の意味を見破ったのもノワール侯爵本人かも…
「それはあまり関係無いでしょう。ノワール侯爵の周りには多くの人材が揃ってるようですから」
「あ、宰相」
「いつの間に…貴女もノックくらいしなさい」
私の注意を気にもせず書類を渡してくる宰相。
こいつ、私が皇帝だって本気で忘れてるんじゃないでしょうね。
「ノワール侯爵の追加情報です。いくつかはカサンドラ様がお伝えしたようですが」
「どれどれ…」
タイラントなんちゃらと幾つか特許を持ってるって話は本当なのね。
でも殆どの特許はエチゴヤ商会の会長クリスチーナの名前で登録?ノワール侯爵は特許使用料の何分の一かを貰ってるだけ?
随分と欲の無い…欲が無いっていうのも厄介ね。付け入る隙が少なくなるもの。
それから…は?婚約者が千人以上?!白薔薇騎士団が全員婚約者…他にも公爵令嬢や同じ孤児院で育った娘も全員?幼女から職員まで全員?とんだ女好き野郎じゃない!
「さ、宰相!これは確かな情報なの?!」
「ええ。ノワール侯爵には第一王女以外にも婚約者が多数。これなら希望が持てます」
「絶望の間違いで――」
「察しの良さが姫様の唯一の取り柄だと以前にもいいませんでしたかな」
「数少ないから唯一に格下げしてるじゃない。何でこの情報が希望になるのよ。あと陛下と呼びなさい」
「これなら姫様と妹君全員を纏めて娶ってくれると思いませんか?」
………………ああ。
それはまぁ…確かに?そんなに女好きなら妹達も一緒に娶って欲しいと言えば喜んで受け入れてくれるかも。
「姫様は七十点の女ですが幸いにして妹君達は八十五点から九十五点の美人か将来性ある幼女ばかり。年下から同い年、年上まで。各種タイプが揃ってるのもポイントが高いですな」
「誰が七十点よ!この前より下がってるじゃない!この短期間に何があったのよ!」
「だって姫様…歯抜けですし」
「あんたが折ったんでしょうが!何その『え?なんでこいつわかってないの?』みたいな顔!小首傾げてるんじゃないわよ!」
「え?なんでこいつわかってないの?」
「声に出せって意味じゃないわよ!」
こいつ…いつか絶対に歯を折ってやる。固いものが食べれない老後を送るがいいわ。
「まあまあ。ノワール侯爵が女好きなら助かるのは確かでしょう。私の方で一つ、手を打ちました」
「……碌でもない手段な気がしてならないわね。何をしたの?」
「姫様と妹君達。全員の写真を送っておきました。全員を孕ませてくださいと手紙を添えて」
「馬鹿じゃないの?!」
「そ、それってアタシの写真もか?アタシはまずいよ!王国で冒険者活動してるってバレるのは早すぎる!」
カサンドラはどうでもいいけれど、一番下の妹はまだ四歳なのよ?!それを孕ませてくださいなんて…倫理観はどこにやったのよ!
「御安心を。カサンドラ様の写真は顔がわかりにくい入浴中の写真ですし、幼い妹君は初潮を済ませたらと条件付けしております」
「「何も安心出来ない!」」
この馬鹿宰相…こいつを宰相に据えたのが間違いだったわ。即日解任して……
「ではお聞きします。姫様方は何か策がおありで?」
「うっ…」
「何の代案も無しに否定だけはする。それはそれで虫が良すぎるのでは?」
くっ…こいつ…巫山戯た事ばかり言うくせに偶に正論で黙らせて来るからたちが悪い…
「それともう一つ。私には案がありますよ」
「…何よ。言ってみなさい」
「年末の闘技大会。それにノワール侯爵を招待しては如何でしょう?」
「それは…」
……上手い手かもしれないわね。
五年に一度の闘技大会。戦時中は中止してたし今年は戦後初の大会。
国民の不満を晴らす意味も込めて今までよりも大きな大会にする予定。
周辺諸国の王族、重鎮は毎回招待していたし不自然さもない。
今までよりも大きな大会となれば戦闘狂疑惑のあるノワール侯爵なら乗って来るかも…自分も参加するとか言い出しそうなのが怖いけれど。
「いいわ。その案を採用します。招待状は…私が書くわ」
「お、おお!それは上手く行きそうだね!」
「ええ。それではノワール侯爵に関する話は終わり…だと思うのですが。もう一つありまして。姫様、これを」
「だから陛下と……これは?」
「ドライデン連合商国…都市ガリアの代表エスカロンからの密書です」
「ドライデンからの…」
あの国は嫌いなのよね…金儲け、自分達の利益の為ならなんだってやる人間の集まり。
先の戦争でもドライデンのせいで無駄に長引いて…そんな国からの密書?嫌な予感しかしないわね。
「読まれないので?」
「…ええ。後で私一人で読むわ。内容によっては相談する」
「畏まりました。それでは私はこれで」
「待ちなさい。貴女、私の写真も送ったのよね。カサンドラは入浴中の写真。私の写真はどんな写真を送ったのかしら」
絶対。絶っっっっっ対に!まともな写真じゃない!こいつが、宰相が普通の写真を送っているわけが―――
「睡眠中の写真ですが」
「…睡眠中?」
つまり私の寝姿か…それならまだマシ…かしら?少なくとも入浴中よりは―――
「ええ。三日前の」
「…三日前?」
「ええ。三日前」
三日前って…確か珍しく早くベッドに入って…
「あ、あああ、貴女まさか!?」
「ハッハッハッ。三日前はハッスルなさったようで」
「ああああああ!!!」
「ね、姉さん?!」
こ、こいつ!考えうる中でも一番最悪な状況を写真に撮りやがった!
「ハッハッハッ。私から取り上げた写真がお役に立ったようで何より」
「黙れ!もう余計な事喋るなぁァァァ!」
「ハッハッハッ。あんなに皺やシミが出来るまでお使いになるなんて。ほどぼどになさいませ?」
「ね、姉さん…もしかして…」
「わああああ!やああああ!殺す!歯ぁ全部へし折って出血多量でゆっくり死なせてやるぅぅぅぅ!」
「ハッハッハッ。今、私が死ねば色んな業務が停まって帝国の財政が拙い事になりますなぁ」
「あああああ!こんの性悪女めがぁぁぁぁぁ!」
誰だよこいつ宰相にしたのぉぉぉ!もぉぉぉぉ!!!
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あとがき
最近、皇帝と宰相のコンビがお気に入りな作者です。
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