第158話 歪んでました

「ほぅ…」「ふぅ…」「ん…」「んんっ…」「はふっ…」


「………」


 ……シューーール。


 何この光景。


 多少は鍛えられた肉体で、細マッチョと言って良いおっさん達がドレス着て紅茶飲んでる…せめて小指立てるのはやめろと声を大にして叫びたい。


「ふぅ~優雅な時間ですねぇ」「まことに。穏やかに流れる時間…とても良いモノです」


 感じてる空気に違いがあり過ぎます、ママン。


「ガウル様が淹れてくださるお茶はいつも心を穏やかにしてくれます」「ジュン君が持って来てくれたお菓子も上品な甘さで、とてもいい」「ささやかな幸せの味、とでも言えばいいのかな」


 口内で感じてる成分に違いがあり過ぎます、ママン。


 貴方達は本当に俺と同じ世界に住んでいて、同じ物を口にしてるのでしょうか。


『…気持ちはわかるし、言いたい事はわかるけど…取り合えず、ママンて誰や』


 …そんな事よりも、このSAN値が削られて行く状況をなんとかしてくれ、相棒。


「どうかしたかな、ジュン君」


「どこか焦点の合ってない眼をしてるように見えるけど」


 そりゃ直視出来ませんからね!


 直視したら笑うか怯えるか不快感を示すかくらいしか出来ませんから!


 若しくは逃げ出したい!


「…そろそろ話して頂けませんか。俺…私を此処に呼んだ理由を」


「あれ?僕達が鎧を着ていた理由は話さなくていいのかい?」


「ええ、それはもういいです」


 だってもう深入りしない方が良いって思ってるから。


 本音を言えば今すぐに帰りたい。


「君が良いなら良いけどね」


「でも、君を呼んだ理由と関係ある…というより、それが本題だから」


「遠慮せずに聞きなさい」


 遠慮じゃないんだけどなぁ…直感が告げる自己防衛意識に基づいた拒否反応だったんだけど。


「まぁ、この『紳士会』の目的、設立した理由を聞けば君を呼んだ理由も、鎧を着ていた理由も自ずと理解出来るよ。君は聡明な子のようだし。ですよね、ガウル様」


「そうだね。それじゃあ本題に入ろうか。まず『紳士会』の設立目的だけど…ジュン君、君は大昔は男が戦い、男が働き、男が政治を担っていた。そんな時代があった事を知っているかい?」


「…知ってます、一応は」


「男の冒険者や兵士や騎士なんて本や御伽噺、殆ど伝説と言って良い存在だった。君が現れるまではね」


 ああ、まぁ…似たような事を前にも言われた事がありますが、それが何か?


「男が働いていた時代、男が強かった時代。男が輝いていた時代…全ては過去の話だ」


「それに比べて現代は…男は優遇はされているのかもしれない。しかし、自由はない」


「一見、好きな事をさせてもらっているようだけど、男に生まれたら将来やりたい事があってもやらせてもらえないのが現状だよね」


 それは確かに。


 俺のように事情があって女として育てられるかジーク殿下のように次期国王としての教育を受けるか。エロース教に入り神子としての教育を受けるか。


 そんな特殊な環境にいる男にしかまともな教育を受ける事は出来ず、文字の読み書きや簡単な計算と最低限の知識しか与えて貰えないのが、この世界の普通の男達。


「ある事がきっかけで僕達は過去の男達のようになりたいと思ったんだ。だけど…」


「何をどうすれば過去の男達のようになれるかわからないんだ」


「鍛えて強くなったとしても、実戦なんてさせてもらえるわけないし…」


「私達は男の上、貴族。実績も無いしね」


「私なんて六十代の老人だしね…」


 あ~…やる気はあるんだけど、その方法がわからないし不安要素もあって進みきれないと。


「そこで僕達は現在の女は昔の男ようになっていると聞いた事を思い出した」


「だから現代の女性達の真似をすれば過去の男達に近付けるんじゃないか、と考えたんだ」


 …………だからドレスや鎧を着てお茶会をしてたと?


 どーしてそーなるかなー……バカじゃないの?って声に出して言っていいだろうか。


「…その顔、呆れてるでしょ?」


「あ、いや…そんな事は」


「いや、いいんだ」


「私達も、わかってはいるんだ」


「このままじゃ過去の男達と同じになれやしないってね。でも…」


「こうやってガウル様と…男友達と集まってお茶をするのは楽しいし。それに…」


「ドレス着てると別の自分になれる気がして楽しくて…」


「その先の扉は絶対に開かないでくださいね、パオロ様」


 六十超えて女装趣味に走るとか…せめてお茶会の時のみに留めなければ。


「んんっ…まぁ、過去の男達のようになりたいと行動したは良いが、行き詰っていたんだ、僕達は」


「そんな私達の前に現れたのが君だよ、ジュン君」


「新星の如く現れた君は功績を挙げ侯爵となった。更に災厄級のドラゴンゾンビを単身で討伐」


「過去の男達…それどころか伝説の英雄のようなジュン君に、私達は憧れたのさ」


「だから君の冒険者のとしての姿が見たくて、冒険者活動の時の装備で来るように指定したんだよ」


「ついでに私達も鎧姿で出迎えようってなったんだよ、アハハ」


「鎧、着てみたかったんですよね、ハハハ」


 はぁ…なるほどねぇ。


 早い話が男らしくなりたい人達の集りで、俺がその理想のような存在だと。


 男らしくなりたいってのはわからんでもないけど…口ぶりから察するに、この『紳士会』とやらは設立してまだそれほど時間が経ってない。


 つまり若い時から目指してるのではなく、つい最近男らしくなりたいと願ったわけだ。


「そう言えばきっかけがあるとの御話しですけど、そのきっかけとは?」


「ああ、それかい?ん~…実際に見てもらうのが一番だね。ちょっと待ってね」


 そう言うとガウル様は本棚から一冊の本を取り出して俺に渡して来た。


 これは…まさか、アイの出版物か。つまり中身はエロ本……これがきっかけ?


「あの…」


「うん、それのね…ここ、このシーン。あとはこことか…こことか」


「これらのシーンが私達の心に深く刺さったんだ」


 ……男が女を力尽くで屈服させてるシーンが?皆さん、そんな願望があるの?


「ああ、勘違いしないでね。女性を力尽くで屈服させたいわけじゃないんだ」


「でも私達にとって女性とは守ってくれる存在だったんだ。それがこんな風に女性を屈服させる男が居たなんて想像もした事なくて」


「居たって…まさかこれ、実話なんですか?アイ…シャ様が描いた漫画ですよね、これ」


「アイはそう言ってたよ。昔、男が大勢居た時代はよくあった事なんだってさ」


「どうやって調べたんだろうねぇ」


 ………ごめんってこれの事かぁぁぁぁぁぁ!


 ジーク殿下に続き父親も、更に四人も巻き込んで性癖歪めてんじゃねぇか!


 どんだけ他人様の性癖歪めていくんだよ!適当な事言ってんじゃないよ!


「これでわかってもらえたかな?」


「私達はジュン君に『紳士会』に入会してもらって導いて欲しいんだ」


「私達が男らしくなれるように、ね」


「………」


 正直言って、関わりたくはない。関わりたくは無いが…


『此処でマスターが見捨てたら、このおっさんらはあかん方向へ一直線やろな。どんなモンスターが生まれる事やら』


 ですよねー!マイケルのようなあかん子になるのが目に見えてる!折角今のとこはまともな大人になってるのに!


「悩んでるみたいだね」


「ジュン君は侯爵家当主だし、冒険者活動もしてるとなれば忙しいだろうからね」


「でも私達も普段住んでいる場所は王都じゃないからね」


「年に数回程度の集りだし、あとは手紙でやり取りくらいだからさ。御願い出来ないかな」


 ………仕方ない。引き受けるしかない、か。


「…わかりました。大した事は出来ないと思いますが」


「おお!ありがとう!」


「それじゃあ早速だけど、君が考える男らしさを教えてくれないかな!」


 とほほ…どうしてこうなるのか…どうやってこのおじさん達を矯正しようか。


 取り合えず…メーティス!


『は、はいな!』


 隙を見て偵察機を飛ばしてアイを探せ!お尻ペンペンの刑に処してやる!


『りょ、了解や!取り合えず城内から探すから妖精タイプを出すで!』


 今回はぜっーたいに赦さんからな!

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