第157話 地獄でした
「此処…ですか」
「はい、こちらがガウル様の私室になります」
まぁ…扉におかしな所はない。
しかし、やけに…広い範囲で人払いしているな。
一番奥の部屋なのだから精々、一つ隣の部屋くらいまで無人にすれば十分だと思うのだが、魔法で探索した結果、隣はどころか上下の部屋も警備してるようだし、廊下にも一定間隔で青薔薇騎士団の騎士が立ってる。
「ノワール侯爵様をお連れしました」
「入っていいよ」
…こういう時、メイドか執事が扉を開けて用件を聞いて主…ガウル様に伝えてから入室の許可が出るものだと思うのだが。
「では、ノワール侯爵様。我々は此処までです」
「お気を確かに。しっかり意識を保ってください」
おいい!その口振りからしてあんたらも何が待ってるのか知ってるな!
なんで今になってそんな事言うかな!
『まぁまぁ。別に取って喰われるわけやないやろ。はよ入ったら?』
…逃げたらダメかな?
『ダメやな』
だよなぁ…あぁ、もう!
「…失礼します」
「やぁ、いらっしゃい」
……部屋は普通だ。
特段、おかしな所は無い。国父だけあって高級品ばかりの、それでいて上品な部屋だと思う。
しかし、だ。
お茶会の場としては参加者が全員おかしい。
ガウル様含め、五人。既に席についているのだが…
「あの…」
「挨拶は後だよ。先ずは座りなさい」
「私の隣が空いているよ」
「いえ、あの…どうしても一つだけお聞きしたく」
「ん?何かな」
「…何故、皆さん、鎧を着てらっしゃるので?」
中に居た五人は全員が鎧を着ている。
流石に武装はしてな…いや、各自剣が傍に立て掛けてあるわ。
何なの、この集まり…お茶会だよね?
「うん。それは勿論説明するよ」
「でも、先ずはお茶を楽しもうじゃないか」
「ほら、座って」
「ガウル様が淹れてくださるお茶は絶品だよ」
「…はい」
なんだろうな、この異常空間。
異世界転生して此処まで困惑したの…ユウが前世は男だと聞かされた時以来か?
いや、あの時の方が衝撃は上だな。
しかし、異常事態なのは確か。今が軍議の最中なら鎧を着てお茶を飲んでもおかしくないのかもしれないが…今日はお茶会なんですよね?
「あ、これ…お土産です。エチゴヤ商会のお菓子…」
「おや、ありがとう。気を使わせちゃったかな」
「エチゴヤ商会のお菓子とは期待出来そうですね」
…見た目だけで言えば全員鎧姿が様になってる。
ガウル様も髭のある渋いおじさんだし、鎧を着ててもおかしな感じはしない。
他の四人も同様だ。
しかし…しかし、だ。
それは前世の記憶を持つ俺だからこその感覚。
この世界の人間からすれば男性が鎧を着てるのは違和感が凄いはず。
それは俺が女のフリを止めて冒険者ギルドに行った時の周りの反応からも明らか。
「さ、どうぞ。今日の茶葉はレッドフィールド公爵領から取り寄せた高級品だよ」
「おや、我が領地の?それは嬉しいですね」
我が領地って…あの赤毛のおじさんはレッドフィールド公爵の旦那さん?
そしてイザベラ達の父親か…いや、他にも子供は居るんだろうけど。
「んんっ…美味しい…ガウル様が淹れてくださると、飲み慣れた茶葉も違った味に思えます」
「しかり。我が領地でも茶葉の生産は行っておりますが、こちらは庶民向けの安物でして。この場には相応しくないのが残念です」
「いやいや。私は飲んでみたいですぞ」
……何故、全員小指を立てながら飲む?
それが紅茶を飲む時の正しい作法だとでも?
「さて…落ち着いたかな?」
「あ、はぁ…はい。なんとか」
「うん。それじゃ君の質問に答える…前に。自己紹介しよう。知ってると思うけど、僕はガウル。ガウル・ダット・アインハルト。よろしくね、未来の義息子君」
流石に国父ガウル様は知ってます。
叙爵の義での印象はヒゲモジャで気弱そうなおじさん、だったが…鎧を着てる為か、今は凛々しく見える。
「次は私ですね。私はベルナルドゥ・ブルーノ・レッドフィールド。先日は我が…いや、妻の領地に赴いてくれたそうだけど、留守にしててごめんね」
言われてみれば公爵領に行った時に会ってないな。
ダンディな口髭のあるおじさん…背は170無いくらいか?
「では…私はパオロ・ディオ・ブロンシュ。この国の宰相キアーラ・エーベ・ブロンシュの夫だよ。よろしく」
宰相の夫…重鎮の夫ばかりだな。
恐らくはこの中で最年長の白髪の男性。
皺のある顔で微笑む、柔らかい雰囲気のおじさんだ。
「シブリアン・ヴォルフ・ブルーリンク。現青薔薇騎士団団長にして先代ブルーリンク辺境伯の夫さ。よろしくね」
おう…やっばりこの人も重鎮の夫か。
で、ヒルダさんとカミーユさんの父親ね。
青髪で片目を瞑ってニカッと笑う、何処か悪ガキっぽさを感じさせるおじさん。
「最後は私だね。イーサン・イーグル・グリージャ。財務大臣のマーヤ・ウィスリア・グリージャは私の娘だ。娘に会ったら仲良くしてやって欲しい」
おう…最後まで重鎮の夫…じゃない。重鎮の身内だったか。
「さぁ、次は君だよ」
「全員、知ってはいるけれどね」
「初対面の人ばかりだし、頼むよ」
どうやら俺も自己紹介しないといけないらしい。
一番若輩の俺がやらないで済む、なんて事はないらしい。
「初めまして、ジュン・レイ・ノワールです。ガウル様の御息女、第一王女殿下のアイシャ様と婚約させていただいつます。以後お見知り置きを」
「うん、合格」
「…合格?」
何に?今までのやり取りって、何かのテストだったの?
「ごめんね、勝手にテストなんかして」
「いえ…それより説明していただけると」
「うん。僕達のこの集まりはね『紳士会』と言うのだけど」
「入会条件はさほど厳しくもない。最低限の礼儀を知っているかどうか。それだけさ」
「君は入室から今に至るまで、ほぼ完璧だったよ」
「残念な事に、貴族に生まれながら最低限の礼儀すら弁えない輩が多いからねぇ…困ったものだよ」
あぁ…まあ、それは、はい。
今までに会った男性で一番紳士だったのは神子セブンだと断言出来るほどには、その通りだと思います。
カタリナの父親、ユーグもかなりアレだけど、人間性はまだマシな方だってのが恐ろしい。
「そして君の質問の答え。何故、鎧姿なのかだけど―――」
「あ、すみません、ガウル様。その前に着替えませんか」
「確かに。夏だというのにいつまでも鎧を着てるのは…」
「情けない話、まだ鍛え込みが足らないようです」
「私も…老体には堪えますな」
だろうね!俺だって冒険時以外で鎧なんて着たくないよ。
「そうだね…少し長くなるかもしれないし、着替ようか。ジュン君も鎧を外して構わないよ」
「はぁ…はい」
ガッチャガッチャと。鎧を着て歩く事に慣れてなさそうな感じで。
ガウル様達は隣の部屋へ。察するにそこで鎧を着て、席について俺を待っていたんだろう。
俺より先に席につけるように、かなり早目に。
そうまでして鎧を着る理由って何?
「やぁ、ごめんね。待たせてしまって」
「あ、いえ……え?」
な、なん…なんだ、これは……
「いやぁ、鎧は一人で着脱出来ないから、時間がかかるね」
「ドレスを着るのはすっかり慣れたんですがね」
「あ、私もです。ドレスなら一人で着れますよ」
「おお。何を隠そう、私も着れますぞ」
「「「「「ハハハハハハハ!」」」」」
いや…いやいやいやいやいや!
あんたら紳士を自称してたんとちゃうんかい!
何処の世界に女物のドレス着てお茶会に出る紳士がいるか!
「いやぁ…涼しいね。やっばり鎧を着てお茶会は無茶だったかな」
「ですなぁ。新しいで試みで、斬新ではありましたが」
「やはりガウル様のお茶会はドレスに限りますね」
「しかりしかり」
「全くです」
Oh…毎回貴方達はドレスを着てお茶会してると?
…やだ、何それ。どんな地獄?
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