第118話 謀られました

「さて、これでノワール侯爵の叙爵の儀は終ったわけだが、まだ続きがある。ノワール侯爵はそのまま其処に…いや、立っていろ」


「はい…」


 あ~…やっぱりなんかあるんスね。


 アイとの婚約…だけならいいけど、それだけじゃ無さそうなんだよなぁ。


「アイシャ、前へ」


「はい」


 玉座に座る女王陛下の隣には国父ガウル様が座り、その隣に居たアイが前へ出て俺の隣まで来る。


 そして俺の手をとって恋人繋ぎしてきた。


 それを見てざわめく貴族達。その中にはアニエスさんとソフィアさんが混じってる辺り、この展開は聞いてない?いや、でも俺とアイの婚約を発表するってのは既定路線だったはずだし。


『あの二人はマスターとアイが恋人繋ぎしてる事に反応しただけやろ。私だってしたことないのにー!ってな。要は嫉妬や、嫉妬。Oh,Shit!』


 …あ、うん。そっスか。


『わてのボケに対してのツッコミはないん!?スルーなん!?』


 いや、そんなどっかで聞いた事あるようなボケにツッコめとか言われてもだな。


 むしろ何処で覚えたんだよ…まさかデウス・エクス・マキナにデータが入ってるとか言わないよな。


「静まれ!……私が何を言おうとしてるか、察しの良い者はわかってると思うが…我が娘アイシャとノワール侯爵の婚約が正式に決定した」


 女王陛下の言葉に再びザワつく貴族達。罵声も出るかと思ったが相手が第一王女のアイと成り立てとはいえ侯爵の俺だからか罵声が挙がる事は無かった。


 それとも真っ先に抗議の声を上げるべき重鎮達が黙っているから何も言えないでいるのか。


「さて、こう聞けばノワール侯爵が次の国父…次期国王の王配になるのかと思うだろうが、そうではない。アイシャはノワール侯爵家へ降嫁。同時に王位継承権を破棄。これは本人が申し出た事で、我も認めた。これは既に決定した事だ。そうだな宰相」


「はっ。陛下の仰る通りです。アイシャ殿下とノワール侯爵の婚約は本人了承の元に成立。同時にアイシャ殿下の王位継承権は破棄。これらは全て決定された事であり、国父ガウル様、御兄妹のジーク殿下、ベルナデッタ殿下も承知済みの話です」


 女王陛下の言葉を宰相が復唱・補足した後、一瞬の静寂。静寂を破ったのは怒号だ。


「アイシャ殿下の王位継承権破棄!?」「バカな!次期女王はアイシャ殿下ではなかったのですか!」「我々はアイシャ殿下が次期女王だと思えばこそアイシャ殿下に御協力して来たというのに!」


 おうおう…本音が溢れてらっしゃるな。アインハルト王国は長く女王政だったから、アイが次期女王だと思うのは無理もない。


 実際、アニエスさんとソフィアさんもアイの事は次期女王だと思っていたし。それが一般的な考えなのだろう。


「静まれ!……先も言ったように、これは既に決定した事だ。そしてノワール侯爵はローエングリーン伯爵の娘とも婚約しているし、レーンベルク伯爵を含む白薔薇騎士団全員とも婚約をするような剛毅な男だ。そうだな?レーンベルク伯爵」


「はっ。陛下の仰る通り、ジュン君…いえ、ノワール侯爵と白薔薇騎士団は深い関係にあります」


「うむ。ローエングリーン伯爵も間違いないな?」


「はっ。補足いたしますと娘だけではなく、私もノワール侯爵と婚約する予定です」


「うむ……は?娘だけじゃなくお前もなのか?」


「はい。何か問題が?」


 普通に考えれば問題ありまくりだと思います。娘と夫を共有とか普通に考えておかしいもの。


 しかし、女王陛下を相手に堂々と言い切るものだから誰もツッコめないでいる。誰もが「マジか、こいつ…」という眼でアニエスさんを見ているが本人はどこ吹く風。涼しい顔で流していた。


「そ、そうか……んんっ。ノワール侯爵を見て自分も婚約したい、娘を嫁がせたいと考えた者は大勢いるだろう。だが皆も知っての通り、ローエングリーン伯爵の娘の婚姻に関しては王家でも口出し出来ない事になっている。アイシャとの婚約は本人同士の望みだし、ローエングリーン家も承認済みの話だから例外だが。ノワール侯爵と婚約したいと考えている者は並大抵の労力では不可能だと言っておこう」


「ノワール侯爵にはこれ以上婚約者を増やすつもりはないそうですしな」


 ああ…此処で一応は牽制してくれるんだ。貴族達の中から落胆の声がもれてる。中には絶望の表情を浮かべて…いや、何故泣く?泣いてる人が数名居るのは何故?


『マスターに一目惚れしたんやろ。で、見たところ下級貴族、その中でも若い奴だけやから自分じゃどう足掻いても無理…と判断、理解した結果、絶望して涙を浮かべとるっちゅうわけやな。よっ!この女泣かせ!』


 やめい!この世界でも女の涙は破壊力抜群なんだからな!俺のハートに傷が入るだろうが!


「…ククッ。ジーク程ではないが、貴様も中々に女泣かせなようだなノワール侯爵」


「……恐縮です」


 やめてっ、女王陛下までそんな事言わないで!俺のハートは意外と脆いんです!


『マスターの身体は神様お手製の特別製やねんから脆いわけないやんって、一番最初に説明したやん。何言うてるん』


 そういうこっちゃねえから!


「さて、我が娘の夫となるノワール侯爵には贈り物がある。宰相」


「はっ。ノワール侯爵、こちらを御受取ください」


 御受取ください、と言いながらも俺が宰相から直接渡されるわけではなく。


 宰相の部下らしき人物が受け取り、その人から俺に手渡される。


 …さっきから感じてた嫌な予感が的中した気がするんだけど…これは何?何かの権利書のようだけど。


「不安を感じてる者が居るだろうから説明しておく。ノワール侯爵には領地は与えない。元々のノワール侯爵領は既に分割、それぞれに領主が居る。何も問題はないのに取り上げる訳には行かないからな。だが元々はノワール侯爵家の物で王家預かりになっている物がある。それを贈ろう。いや、返す、が正確かな」


 返す?元々はノワール侯爵家の物だったって……俺が思い当たるのは一つしかないんですが?


「例のミスリルドラゴンが棲む廃鉱山。今は安定して採れ始めた事でミスリル鉱山となった場所。それをノワール侯爵に贈ろう。安定して運営すればかなりの収入源になる筈だ。上手くやれば、な」


 やっぱりだよ、こんにゃろうめ!それ親切に見えて厄介事押し付けてるだけだろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る