第117話 侯爵になりました
今日、俺はいよいよ叙爵する。
その叙爵の儀の為に、アニエスさん達と一緒に登城。
だが控室に居るのは俺、カタリナ、イーナ。そしてクライネさんとハエッタさんだ。
後は世話役の王城付執事とメイドだけ。
今日は俺の叙爵の儀をするだけでは無く、年に数回ある地方領主らを集め、大臣ら重鎮を交えた王国会議が開かれる日でもあるらしい。
日本で言う所の国会になるのだろうか。開催頻度はかなり低いが。
兎に角、先に会議を開き、終了した後に謁見の間にて叙爵の儀が行われる。
地方領主達も希望者は参加出来る、自由参加型。
だが殆どの貴族が参加するとアニエスさんは言っていた。
理由は――
「新しい貴族と縁を繋ぎたい、どんな奴か見ておきたい。何かに利用する為に。そう考えるのが貴族という者だ。ましてや今回は断絶したノワール侯爵家を再興させるという…王国貴族ならとても無視出来ん内容だからな。必ず参加するさ」
という事らしい。
特にノワール侯爵家の元家臣だった貴族家が気が気でないだろう、とアニエスさんは言っていた。
今は元ノワール侯爵領を分割、元家臣達がそれぞれ領主になり治めているらしい。
俺がノワール侯爵を再興する事で領地を返還、再びノワール侯爵家の家臣に戻れ、と命令されないか、不安に思っているだろう、と。
だが、領地は無し、で女王陛下とは話がついてると聞いた。
叙爵の儀で女王陛下が言ってくださるそうだし、何もしなくていいだろう。
「しかし暇だ…」
「全くですわ。何か暇つぶしになる物を用意しておくべきでしたわ」
「用意してたとしても、だ。此処で遊ぶ事は許されんぞ。此処での振る舞いも外に伝わるからな。あまりに態度が悪ければ、悪評はすぐに広まるぞ」
そんなものなのか…いや、でもさぁ…もう二時間は経つぞ。
御茶は出てるし、おかわりも貰えるけど…退屈だけはいかんともしがたい。
「仕方ないだろう。我慢だ」
「…退屈を我慢とか。カタリナが一番出来なさそうなのにな」
「そうですわね。ジュン様の仰る通りですわ」
「な、何を言う!私よりイーナの方がよほど落ち着きがないだろう!」
いや、俺に言わせればどっちもどっちだな、うん。
大人の俺を少しは見習いたまえ。
『…マスター。日本ではこういう時、ブーメランって言うって知ってる?』
お黙り!
「クスクス…ジュン君、凄いですね」
「全然緊張してませんね。普通、謁見の間で大勢の貴族から注目を浴びながら女王陛下にノワール侯爵位を賜るとなれば…心臓が弱い人なら卒倒しますね」
そんなものだろうか?
俺にはメーティスがいるから礼儀作法とか覚えなくても都度サポートして貰えるし…失敗する可能性は低い。
失敗しないなら緊張する必要も無い…と考えてるだけなんだが。
『普通はそれでも緊張するんとちゃうか。マスターの心臓に毛は生えてへんけど…他の人間なら心臓に毛が生えてへんと、緊張するなってのは無理なんちゃうか』
……そんなものだろうか?
だって聞いた手順では…呼ばれたら女王陛下の前まで進んで跪いて、女王陛下の有り難い御言葉を頂いて御礼を述べるだけ…でしょ?
簡単じゃね?子供でも出来るじゃん。
『…やったらええな。お?お迎えが来たんとちゃうか』
どうやら会議が終わって謁見の間の準備が終わったらしい。
二人の騎士…勿論、女性…が迎えに来た。
「ジュン殿。陛下がお呼びです」
「謁見の間までお越しください」
「わかりました」
言葉ヅラではわからないだろうが、俺よりも迎えに来た騎士二人の方が緊張してるように見えるんだが?
なんでそんなに赤い顔してんの…あとモゾモゾすんな。
いや、理由はもう聞かなくてもわかるんだけどさ。
「い、いよいよか…ジュン、しっかりな」
「終わったら今日もパーティーですわ!昨日よりも盛大にやりますわよ!」
「何か失敗しても落ち着いて、挽回すればいいんですよ」
「貴方に精霊の御加護を」
…カタリナも実は緊張してたんだな。
それとハエッタさん、それは戦場に行く前に言うセリフに聞こえるんですが…返って不安になります。
「音楽が聞こえたら扉を開きます」
「扉が開いたら真っ直ぐ、女王陛下の前まで進み、膝をついて頭を垂れてください」
「女王陛下の許しが出るまで頭を上げてはいけません。ご注意を」
案内役の騎士さん二人も、やたら心配してくれる。
そんなに失敗しそうに見えるだろうか。
『まあ、そこはイケメンは得っちゅうやつやろ。ほら、もうすぐやし、深呼吸しとき』
大丈夫だってのに……すぅぅ…はぁぁぁ…よし。
「!…開きます」
「ご武運を」
だから戦場に行くわけじゃない…………うぉぉぉう?!
『マスター?進まな。歩き歩き』
…ハッ!予想を遥かに上回る人数の多さと集まる視線に怯んでしまった。
なに、なんでこんなに居るの。暇なの?
地方領主や大臣以外にも参列してるよね、これ!
『王城勤務の武官、文官の貴族も参列しとるんやろ。アニエスにソフィアもおるんやし。ほら、もうちょいやで』
…遠いなぁ。入口から女王陛下の前までが酷く遠く感じる。
ほんの少し前まで大した事ないと鼻で笑ってた自分をぶん殴りたい。
貴族だからなのか知らんが、そんなに眼力を飛ばさないでくれ。
『マスター、あと三歩くらい進んだら停止やで。わかってる?』
言うの遅いよ?!もっと早く言ってくれ!
『はいはい。ほら、そこで跪いて。頭は下げたままやで』
お、おう…やっべ、手順忘れかけてたわ。
「面をあげよ」
「ハッ…」
早速かよ!もう少し落ち着く時間が欲しかった!
「アレが…ノワール侯爵家を再興する…」「確かにノワール侯爵家直系らしい黒髪…」「いや、そんな事よりもだ。あの美貌…」「素晴らしい…まるで神の使い…天使のようだ」
周りの貴族連中から挙がる声は…好意的な内容が多そうだ。
勿論、否定的な声もあるんだが。
「ふん…いくら美しかろうが男を当主にするなど…美しい」
「噂ではローエングリーン伯爵とレーンベルク伯爵の傀儡だとか…美しい」
「ならば娘を嫁がせれば我が家も…美しい」
と、言った声があった…悪口だよね?
「ふむ…思ったより余裕がありそうだな?」
「とんでもありません。陛下、並びに国内の御歴々。先輩貴族の方々…皆様の御威光を前に心臓が止まる思いです」
「それだけの世辞が言えるなら問題ないだろう。お前の心臓は鉄で出来ていそうだな?」
わーい、褒められちゃったぜ…と呑気に言えたら良かったんだけど。
残念ながら状況がそれを許さない。
「ジュン、がんばっ」
「僕がついてるよ、心配いらない」
「……ニヘ」
女王陛下の隣にはアイ、ジーク殿下、ベルナデッタ殿下が並んでいて、小声で何か言ってるっぽい。
ベルナデッタ殿下は笑ってるだけに見えるが…ん?
「…大丈夫?大丈夫?頑張るんだよっ」
…女王陛下の隣に黒髪ヒゲモジャのおじさんが居るんだが…なんかすげぇ心配そうな顔で俺を見てる。
もしかして、あれが国父ガウル様?勇ましそうな名前に反してすげぇ気弱そうに見える。
「ジュン、しっかりしろ」
「大丈夫、今の所は大丈夫よっ」
アニエスさんとソフィアさんは他の貴族連中に混じって俺を見てる。
やはり何か言ってるようだが、内容はわからない。
「ほう…周りを観察する余裕すらあるか。中々の胆力だな。そうは思わんか、レッドフィールド公爵」
「ハッ。陛下の仰る通りかと」
居るのはわかってたけど、そこに居たのかレッドフィールド公爵。
何でそんなにニコニコしてるんですかね。
「うむ。宰相、ブロンシュ侯爵はどうか?」
「男にしておくのが惜しいくらいですな。噂によればレーンベルク団長に鍛えられ、剣の腕もかなりのモノだとか。全くもって惜しい」
宰相ブロンシュ侯爵は六十代くらいの白髪の御婦人だ。
聞いた話では文官一筋の大ベテランで、十代から王城勤務の文官として働き、四十代で宰相となり、先代女王の時代から宰相として働く重鎮。
俺を見る顔は笑ってはいるが眼光は鋭い。何を考えているんだか。
「さて、そろそろ本題に入るか。宰相」
「はっ。此処に居るジュン殿は二件の重大事件の解決に尽力しています。一つ、賊共が廃鉱山にて魔草を栽培していた事件の解決に協力。一つ、先の男性誘拐事件を中心となって解決。どちらも放置すれば王国に甚大な被害をもたらしたのは想像に難くなく、早期解決に導いた手腕は称賛に値すると考えます」
あ、廃鉱山の一件も功績に加えるんだ?それは聞いてなかったけど…あれ?アニエスさんとソフィアさんも聞いてないって顔してるのは何故?
それに、なんかやけに細かい説明が続いてますけど、そこまでこの場で説明する必要あります?
「うむ。大した手腕である。そう思うだろう?ブルーリンク辺境伯」
「はっ。その二件、どちらもドライデンの人間が主犯と判明しております。ならば未然に防げなかったのは私の不徳。ジュン殿には感謝しかありません」
あの、見えてるんだか見えてないんだかわからない、糸目で青髪の女性がブルーリンク辺境伯。
ステラさん曰く、堅物で不正を嫌う人物って話だけど…見た目からはわからないな。
「うむ。イエローレイダー伯爵はどうだ?」
「はっ。事実ならば我が騎士団に加入して欲しいほどです」
「…それだけか?」
「はっ。それだけです」
「…そうか」
ツリ目で黄色髪の高身長な美人がイエローレイダー伯爵。
黄薔薇騎士団の団長でソフィアさんと同い年くらいに見える。
見た目の印象からは彼女の方が堅物という印象を受ける。
「…まぁ良い。以上の二件から、この者に爵位を与える事となった。此処までの事で異論がある者は…いないな?ならば宰相、続きを」
「はっ。彼に爵位を与えるに際し、彼の素性を調べました。彼を見てもしや、と思った者もいるでしょうが、彼は断絶したノワール侯爵家縁の者である事が判明しました」
ここで場が大きくザワつく。その多くは事前に知らされてなかった人達。
先に名前が挙がった人達は物知り顔だし、他にも数人はいる。
そういった人達がこの国の重鎮なのだろう。
「静粛に。…皆様がご存知のように、ノワール侯爵家は熾烈な家督争いにより血族の者が皆死に絶えた事で断絶となった家です」
…そうだったの?家督争いって…身内同士で殺し合ったって事か?
やだやだ…
「だが生き残りが居た、という事だ。そしてジュンにはノワール侯爵家を継ぐ資格と才覚がある」
「ノワール侯爵家は罪を犯し、断絶されたわけではありません。ましてや当時は生まれて居なかった彼にはなんの責もない。なれば彼には今回の功績をもってノワール侯爵家を再興、叙爵するのが妥当と考えます」
「反対するものは?いないな、よし」
何か言おうと口を開きかけた人はいたようだが、陛下はそれを封殺。黙らせてしまう。
これは既に決まった事だ、察しろ、と暗に言ってるんだろう。
不満顔してる人は…わかってないんだろうなぁ。
「では…ジュンよ」
「はっ」
「今日より貴様はノワール侯爵。ジュン・レイ・ノワールと名乗る事を許す。貴様の働きに期待する」
「御意。王国の為、民の為、尽力する事を誓います」
そこで拍手喝采が起こる
いや、まぁ実際は?妻に任せる事になるんですけどね?
まだ妻いないんですけどね!
『大丈夫や。領地とかないんやし。仕事なんかないて。もしあってもわてがおるから平気や』
お、おう…でも、なんか嫌な予感が…
「これにて叙爵の儀は終了とする…が、まだ話がある。ジュン…いやノワール侯爵はそのまま聞け」
あ、ほらぁ。なんか続きがあるみたいだし。
後はアイとの婚約を発表するくらいしか聞いてないんだけど。
でも、嫌な予感は増していくんだよなぁ…
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