第113話 お手上げでした

「ジュン、君は妹…ベルナデッタについて知ってる事はあるかい?」


「殆ど何も知りませんね。もうすぐ九歳になられるとしか。…ところでお三方、歩きにくいのですが」


「気にしない気にしない」


「ジュン君を護る為だから。我慢して」


 今度はジーク殿下に先導される形で第二王女殿下に会うべく、城内を移動中だ。


 ジーク殿下も一緒のせいか、周りの視線が増しに増した。ジーク殿下の護衛が付いて来てるので、人数が増えたせいもあると思うが。


「年齢だけか。そうだろうね。妹のベルナデッタ…僕達家族はベルと呼んでいるのだけど、ベルは表に出る事が殆どないからね。その…ちょっと変わってる子なんだ。悪い子じゃないんだけどね」


 …女性嫌悪気味のジーク殿下にしてはベルナデッタ殿下の事を話す時は穏やかな顔をしてるな。


 アイとも普通に話していたし、家族は嫌悪の対象にはなっていないらしい。


 ただジーク殿下の私室に居たメイドや護衛の騎士に対しては心を開いてはいなさそうだ。


「ベルナデッタ・ウル・アインハルト。アインハルト王家の末子。僕と母上は金髪、アイと父上は黒髪だけどベルは御祖母様と同じ紫髪なんだ。容姿も御祖母様の子供の頃にそっくりらしい。だからなのか変わり者と呼ばれた御祖母様と同じように…変わり者でね。いや…さっき言ったように、アレはほぼ病気だね。…病気じゃないんだが、病気と表現するのが適切な気がするんだ」


 つまり、病気と表現したくなるくらいにベルナデッタ殿下は変な人だと。そういう事ですか。


 僅か九歳やそこらで、そう評価されるほどに。アニエスさんとソフィアさんの苦笑した顔を見るに真実っぽいし。


「ところで急にベルナデッタ殿下を訪ねても問題無いんですか?」


「問題無いよ。ベルは自室にずっと居るし、城から出る事は殆どないから。…まぁそれは僕達兄妹全員がそうなんだけどね」


「ウチは仕事以外は結構外出てるし、訓練もしてるから引きこもってるわけじゃないからね」


 ジーク殿下は外に出ると危険…城内でも女に襲われたりしてるみたいだから、外に出ないのはわかるけど。


 ベルナデッタ殿下は八歳で既に引きこもりなのか。…早いな。一体何があったのやら。


「いや、ベルは引きこもってるというよりは軟禁されてると言うか…此処だ。ベル、いるかい」


 ベルナデッタ殿下の私室の前にはやはり護衛の騎士が居て、ジーク殿下がノックするとメイドさんが扉を開けた。


 中に居たのはベルナデッタ殿下とメイドさん一人。


 ベッドに腰かけ、ぬいぐるみを持った紫髪の女の子がベルナデッタ殿下か。


 フリフリの服を着た、可愛らしい女の子。取り合えず、見た目からはおかしな所はなさそうだが。


「ジークお兄ちゃんにアイお姉ちゃんだ!来てくれたの!嬉しい!」


「やぁ、ベル。今日は僕の友達を連れて来たんだよ。御挨拶してごらん」


「ウチの婚約者でもあるの。ほら、この人だよ」


「お友達?婚約者?…ああ!貴方は!」


 ん?俺を見て驚いてる?…何もしてないと思うんだが。挨拶すらしてないし。


「お兄ちゃん!やっと呪いが解けたんだ!やったぁ!」


「「「はい?」」」


 お兄ちゃん?呪い?え、ジーク殿下って呪われてたの?いや、俺を見て言ってるし…何、どゆこと?


 何故、俺をお兄ちゃんと呼ぶ?


「…ベル?何を言ってるんだい?」


「だってジークお兄ちゃんにも見えてるんでしょ?今まで見えなかったのに。今までは私以外の誰にも見えなくて、触れない呪いにかかってたんでしょ?ジークお兄ちゃんがそう言ってたじゃない」


「あー………そうだったね、うん」


 うん?サッパリ話が見えないな。見えないし触れない呪い?で、今は呪いが解けたから見えるし触れる?


 …うん、わからん。


「(アイ、説明してくれ)」


「(えっと…ベルは昔っからよくわかんない事を言う子でね。ジークの隣にもう一人お兄ちゃんが居るとか、ウチの隣にも同じ人が居るとか。誰もいない場所を指差して、その人はだあれ?とか言う子なの。だから一部の使用人や騎士からは気味悪がられちゃって…でも、今回は今までにないパターンね)」


 ええと…?つまりベルナデッタ殿下には他の人には見えない物が見えてて、それは俺にそっくりだとか?


 でも、それで何故俺をお兄ちゃんと呼ぶ?


「どうやって呪いを解いたの?やっぱり伝説の秘宝を使ったの?私が言った通りの場所にあった?」


「はい?伝説の秘宝?」


「それとも私の祈りが届いたのかな。だったら私が聖女になる日も近いね!」


 …聖女?この世界に聖女なんて存在したの?


『一応、古い古い御伽噺になら出て来るな。聖女やら勇者やら。過去にそう呼ばれた人物は居たらしいけど、今は聖女や勇者なんておらんで』


 ほほう、一応は存在したのか。


 で、ベルナデッタ殿下は自分が聖女になるのだと思ってらっしゃる?いや、しかし…この話の繋がらなさは一体何。


 子供だからという理由では片付かないような。


「…ベルナデッタ殿下は聖女になられるのですか?」


「そうだよ?お兄ちゃんには前にも言ったよね。忘れちゃったの?」


 前にもって…今日が初対面なんだけど。お忍びで街に出てる時にバッタリ出くわした事でもあったか?記憶に無いが…メーティスはあるか?


『無いなぁ。わての記憶には全くないで』


 だよなぁ。何だろ、この子。何が見えてたんだ?


 いや、口ぶりからして会話もしてたのか?一体何と?


「…以前、俺…いえ、私とどんな会話をしたか覚えてらっしゃいますか」


「覚えてるよ?私が聖女になる為に色々お手伝いして欲しいって言ったら頷いてた!」


「頷いてた?私は言葉を発してはいなかったと?」


「うん。声も出せなかったんでしょ?呪いが解けて本当に良かったね!」


 んん?つまり姿だけ見えていて喋る事は無かったと?


 …夢か幻でも見て現実とゴッチャになってるんじゃね?それが一番しっくりくる説明なんだが。


「(…わかってもらえたかな。何言ってるのかサッパリだろう?)」


「(今日はいつもより激しいわね。…妄想が)」


 妄想?…ああ、アイはこの子を誇大妄想激しい不思議ちゃんだと思ってるのか。


 うん、なるほど。ジーク殿下が病気だと表現しちゃうわけだ。不思議ちゃんなんて考え、この世界にないもんなぁ。


「…聖女になるお手伝いとは、どのような内容ですか?」


「(あ、そこ乗るんだ)」


「え?えっとね、聖女になるには―――」


 だって、取り合えず可能な限り話を合わせる他ないだろ。ジーク殿下の悩みがベルナデッタ殿下の理解不能な言動にあるならベルナデッタ殿下と対話を試みる所から始めないと―――


「いずれ来る聖戦に備えて強く美しくならないとダメでその為には先ずアインハルト王国で一番の人気者になっていずれは世界一の人気者になって世界のカリスマになって皆から愛される存在になって皆の心を一つにまとめあげるシンボルになって戦わないとダメなんだよ」


 …………………………お、おう?


 すげぇ早口で何言ってんのかよくわかんなかったけど…簡単に言えばトップアイドルにならなきゃダメって事か?


 …歌でも歌うの?それとも踊る?


 てか、やっぱ不思議ちゃんなのね…不思議ちゃんの治し方とか知りませんが?


 …お手上げじゃね?

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