第108話 三つ巴になりました

~クリスチーナ~~


「美しい…短い髪型のジュンも素敵だね!」


「あ、ありがとう?」


 ジュンが散髪をする、というビッグニュースを聞いた私は午前中にやれるだけ仕事をやり、午後からの散髪を見学。


 ジュンが美しい事はわかっていたが…まさか髪型を変えるだけでここまで……と、いけないいけない。


 私の本当の目的は散髪を見学する事ではない。


 私の目的は…ジュンの髪だ。


「そ、それでは私はこれで…」


「君、待ちたまえ。切ったジュンの髪の毛はどうするのかな」


 ジュン達が出掛けた後、後片付けをして去ろうとする理髪師を私は呼び止める。


 実に丁寧に、一本も見落とさずに集めてくれていたね。


「は、はい?だ、男性の髪…それもこんな素晴らしい髪を切ったのは人生で初めてですので…持ち帰って家宝にしようかと…」


 か、家宝?それはまた予想外の解答だね…てっきり捨てるか、売るか、カツラでも作るか、だと思ったのだけどね。


「そ、そうか。だが、ジュンの髪の毛…譲って貰えるかな」


「え……い、いやDeath」


「ならば買い取ろう。金貨十枚でどうかな」


「おいおい…マジかよ、クリスチーナ」


「髪の毛に金貨十枚…」


「大盤振る舞い」


 フッフッフッ…そうだろうそうだろう。


 普通は髪の毛なんてどんなに高くても銀貨三枚か四枚程度。


 それを金貨十枚で買うなんて普通は……


「い、いやDeath!」


 断わっただと…しかも何やら不穏な言葉を言われた気がするよ…


「…しかし、本来その髪は君の物という訳でもないだろう?君はただ、ジュンの髪をカットしただけ。だが私はジュンの髪を素敵にカットした君に敬意を持っている。お金を払うのは最大限の敬意の現れだと思って欲しい。無理矢理奪うような真似はしたくないのだよ」


「いやお前も何でそんな本気なんだよ」


「ジュンの髪の毛でカツラでも作るのぉ?」


「売る?」


 カウラが正解だね。ジュンの髪の毛でカツラを作る。


 だけどそれは売り物にするためじゃない。


「ジュンの髪の毛でカツラを作るんだ。そうすれば昔の髪型のジュンをいつでも見る事が出来るだろう?」


 そりゃ本来よりも短くはなるが、それでもかなり近い髪型に出来る筈。


 それにジュンがまた女のフリをする必要が出た時にも使える。


 決して私利私欲の為…だけじゃない。


「な、なるほど。あたいもちょっと寂しい気がしてたんだよな」


「うんうん!わたし達と過ごしたジュンが変わるのって…ちょっと寂しいよね!」


「完全に同意」


 アム達の同意も得た。後はこの理髪師を説得するだけ。


 が、中々に頑なそうに見えるね。


「という訳で、どうか頼むよ。金貨二十枚でとうだろうか」


「おうおう!元々あんたのものってわけでもねぇだろ!サッサと寄越しな!」


「金貨二十枚だよ?暫くは遊んで暮らせるよ?」


「また髪は伸びる。貴女は次回で我慢して欲しい」


「う、うぅ…」


 アム…君は偶にチンピラになるね…しかし、効果はあったようだね。


「わ、わかりました。お譲りしますDeath」


 フフフ…それでいい。ジュンの髪が手に入るなら金貨二十枚程度安い物…ん?


「そうは行かないっスよー!」


「あっ!」


 な、カモンド男爵?彼女も来ていたのか。ジュンの髪の毛が入った袋を無理矢理奪うなんて…


「どういうつもりかな、カモンド男爵」


「どういうもこういうも無いっスよ。副団長!パスっス!」


「ナイスよナヴィ!」


 クライネ副団長、それにハエッタまで?!どうやら本気でジュンの髪の毛を奪うつもりのようだね!


「おい、こら!ジュンの髪の毛をどうするつもりだ!」


「御守を作るんスよ!」


「愛する男性の髪で作られた御守は全騎士の憧れですから」


「これだけあれば全員分作れそうです」


 御守…?確か戦時にジュンから手作りの御守をもらってただろうに!


 更に欲しがるなんてどれだけ我儘なのかね!


「それはそっちもっスよ。ジュン君の昔の髪型なんて、写真で残しとけば十分じゃないスっか」


「貴女達は同じ屋敷で暮らしているのだし、これは私達が……アレ?」


「これは私が貰いますー!」


 ピオラ姉さん?流石だね!


「ピオラ先生?!え、ピオラ先生ってあんな動きが出来たっスか?!」


「副団長が全く反応出来ないなんて…」


「流石姉御!」


「ジュンに関する事なら無敵!」


 相変わらずの謎能力だね、ピオラ姉さん!


「ピオラ姉さん!そのまま逃げて!後で渡してくれれば―――」


「ダメ!クリスチーナにも渡さないから!」


「…ピオラ姉さん?」


 私達の味方じゃない?ならピオラ姉さんは何をするつもりでジュンの髪を?


「これでジュンの人形を作るの。ジュンの髪で作られたジュンの匂いがする人形…それはもはやジュンそのものと言って良いと思わない?」


「「「「うわぁ…」」」」


 ピオラ姉さんの嗜好が拙い方向に……ダメだ、早くなんとかしないと。


「ク、クライネ副団長。ここは…」


「え、ええ。ピオラ先生にだけは渡してはダメですね。ここは協力しましょう」


「私からジュンを奪えるなんて思わないで!」


「ピオラ姉さん、それはジュンの髪の毛であってジュンじゃない…」


 って、聞いてないね。仕方ない…ピオラ姉さんがお金で折れるとも思えないし、理屈も通じなさそうだ。


 となれば…


「アム!カウラ!ファウ!」


「お、おう!正直、姉御は怖えけど…やってやんぜ!」


「ピオラ姉さん!覚悟してね!」


「怪我しない内に渡すべき」


「それはこっちのセリフなんだから!」


 いくらピオラ姉さんといえど、この人数差。私は大して戦力になれないけれど現役冒険者のアム達に白薔薇騎士団の三人を相手にして逃げ切れるわけがない。


 と、思っていたのだけど…


「ハァッハァッ……な、なんなんスか、あの人…」


「あたいらを一人で相手して、なんであたいらが先に倒れてんだよ…」


「愛の力です!」


 ピオラ姉さんは私達七人を相手に片手が塞がっている状態で逃げ続けた。


 私達も武器こそ使ってはいないものの、魔法や魔法道具で捕縛しようとしたのに全て躱された。


 ピオラ姉さんは武術の心得なんて無い筈なのに…あの身体能力は一体…本当に謎な能力だね…


「それじゃジュンの髪の毛は私が貰って―――」


『ちょっおっと待ったコール!』


 アレは?!


 全身黒くて変わった鎧を着た者…ブラックか!


「な、なんですか、貴方は…」


『謎のヒーロー、ブラック!参上や!さぁ!マスター…じゃなくて!あの少年の髪の毛!渡してもらおか!』


 何?何故ブラックがジュンの髪の毛を欲しがる?ジュンとは接点が無い…いや、ブラックの正体はジュンの知人か?


 それもジュンを男だと知っている…一体誰だ?


「ブラック、といったね。君の目的は何かな。何故ジュンの髪の毛が欲しい?」


『わいの野望の為や!アレが完成すればあんな事やこんな事…イヤンな事からウフンな事まで出来るんや!せやから必ず渡してもらうでぇ!』


 なんだって…あんな事やこんな事?あまつさえ、イヤンな事からウフンな事まで?!


 誰と…まさかジュンと!?


「…皆!倒れてる場合じゃ無さそうだよ!」


「お、おう!カウラ、ファウ!ブラックになら当てても怪我で済むだろ!本気でやっちまうぞ!」


「わたしの弓は当たると痛いんだから!」


「ファウの魔法も当たると痛い」


「副団長!あたしらもやるっスよ!」


「ええ!ハエッタ、強化魔法を!」


「本気で行きますよ!」


『邪魔するんか!ええやろ、かかってこんかい!』


「誰だろうとジュンは渡さないんだから!」


 私達七人とピオラ姉さんとブラック、三つ巴の争いが始まった。


 最初に力尽きたのはやはり私。


 だからこそ、戦いの経過を最後まで見る事が出来たのだけれど…ブラックも只者じゃない。


 アム達の攻撃もクライネ達の攻撃も全て躱しているし、魔法は全て相殺している。


 そしてピオラ姉さんを一人で追い詰めて行き…最後にはジュンの髪の毛を奪い取った。


「あああ!ジュン!」


『ワハハハ!中々頑張ったけど、わいの勝ちや!これは貰って行くで!』


「ジュンを返して!この人でなし!誘拐犯!」


『いや人聞きの悪い事言いなや!本来捨てる筈の髪の毛やん!それに言っとくけど屋敷破壊したんはあんたらの攻撃やからな!ほな、さいなら!』


 くっ…結局奪われてしまったね…ブラックの狙いがジュンでは無い事を願うよ。


「くっそ…やられちまったか…大丈夫かよ、お前ら」


「わたしは疲れただけだから平気。でもピオラ姉さんは…ヤバそう」


「深い闇の眼をしてる」


「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツ……」


 ……確かに。今のピオラ姉さんなら眼力で呪いをかけれそうだよ。暫くソッとしておこう。


「しっかし…この有様はどうするよ」


「派手にやっちゃったよね…」


「ブラックのせいにしよう」


 それはそれとして…修繕の手配をしなければならないね…やれやれ。とんだ骨折り損のくたびれ儲けだよ…全く。

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