第107話 派手にやりました

「レッドフィールド公爵…私達は此処に買い物に来ているのです。それを割り込んで来るなど、いささか無礼が過ぎるのでは?」


「すまないな。私もこの後に用事があってな。そちらの素敵な男性を紹介してもらえれば直ぐに退散するとも」


 レッドフィールド公爵…ローエングリーン伯爵家でも敵に回す事は出来ない、アインハルト王国でも重鎮中の重鎮。


 確かローエングリーン伯爵家とレーンベルク伯爵家と同じ軍務系貴族で二人の上司にあたる人物か。


 見た目四十代の赤毛、鋭い眼光…そこまで強そうには見えないが何か独特の雰囲気を持つ人だ。


「…こちらは私達の婚約者ジュン君です。公爵閣下は既に聞き及んでいると思いますが、例の…あの家を再興する人、です」


「あの家の?ほう…なるほどな」


 公爵ともなると既にある程度の情報は掴んでいるらしい。いや既に女王陛下から聞いていたパターンもあるか。


「ふむ…私が幼い頃、あの家の当主と会った事がある。当主は黒髪だった…あの家の血筋だなどと信じていなかったが…案外本当なのかもしれんな」


 へぇ~ノワール侯爵は黒髪だったのか。そう言えば女王陛下は金髪でアイは黒髪。そして国父ガウル様はノワール侯爵家に連なる血筋だったか。


 つまり、アイの黒髪はノワール侯爵家が強く出てる証らしい。


「ふふ…しかし、私達の婚約者、か。ローエングリーン伯爵が戦功褒賞に望んだ物が奇妙でならなかったが…なるほど、そういう事か。既に根回しも終わっているようだし、こちらが割り込む隙は少ない・・・ようだ」


 少ない、ね。割り込む気満々ですか。やだやだ…やっぱりギリギリまで女のフリをするのが正解だったんじゃないかな。


「…少ない、ではありません。全くありませんよ、レッドフィールド公爵」


「今までジュン君の存在を秘匿していたのに、貴族御用達の店に堂々と姿を見せた事の意味。公爵閣下なら御分りになるでしょう」


「…ほう。レッドフィールド公爵を相手に言うではないか。おっと、名乗るのが遅れたな。アン・ルー・レッドフィールド公爵だ。ジュン…と言ったか」


「…はい。まだ貴族籍はありませんが。よろしくお願いします」


「うむ。それでは失礼する。また会おう」


 そう言うとレッドフィールド公爵は取り巻き…いや、家臣か。家臣を連れて店を出て行った。


 あの顔はアレだな。諦めてないな。少なくとも探りを入れる事くらいはしてきそうだ。


「私は終始無視…相手にされなかったな…」


「わたくしも…いくら公爵家とはいえ、レンドン家を舐めているとしか思えませんわ」


 いや、カタリナは兎も角、イーナは何処の誰が知らなかったんだろうな。イーナを舐めてる事には変わらないが。


「コホン。それで、ローエングリーン伯爵様、レーンベルク伯爵様。本日はどのような御用件で」


「…ああ。彼に合う服を仕立てててもらいたい。高位貴族として陛下の御前に立っても恥ずかしくない服をな」


「折角だから普段使いの服も数着お願いするわ」


「畏まりました。それでは採寸いたしますので、こちらへ……ジュルリ」


 ……何だか店員さんの眼が妖しいが、大丈夫かね。


「カ、カタリナ様、イーナ様。御久しぶりです」


「あちらの殿方は一体どなた?紹介して頂きたいのですが」


 店員さんに連れられ、ほんの少し離れた間にカタリナとイーナに誰かが話かけている。


 いや、店内に居た女性達全員が近づいている。その中でカタリナとイーナの顔見知り…同年代ぽいから、恐らくは同級生か何かか。


 二人に話しかけたのを皮切りに、他の客達も距離を詰めて来たようだ。


「ところで……採寸、長くないですか?」


「そんな事はございません。高位貴族の服ともなれば採寸から拘り抜いて作られる物。それはもうキッチリカッチリ、寸分の狂い無く計っておく必要があるのです。ハァハァ…なんて綺麗な肌…それに髪も綺麗…」


 ほんとーにぃ?足のサイズはまだしも、手のサイズに頭のサイズまで計る必要はないと思うんだけども。


『全くないな。少なくとも髪の毛に触れる必要は……ああああああ!しもうたぁぁぁぁ!』


 おう、どうした?何を慌ててる?


『髪!マスターのカットした髪の毛!回収するのわすれとったぁぁぁ!』


 ああ…そう言えばそうだったな。マテリアルボディに使うとかなんとか。


 …忘れてたならもういいんじゃね?まだ暫くは屋敷に戻れそうにないし。


『あかーん!そんなんあかーん!マスター、トイレかなんかに行って!その隙にわてが取りにもどるかさかい!』


 ええ…しゃあないなぁ、もう。


「…ふぅ、ふぅ。採寸は終わりました。ではどのような服がお好みか、こちらで御伺いします」


「失礼、その前にお手洗いをお借りしたいのですが」


「きゃっ!お手洗い!それは私にトイレまで付いて来いという事でしょうか!」


「…なんでそうなる。普通にトイレに行きたいだけです」


「………残念です」


「「「ハァ…」」」


 何故か周りで見守っていた他の店員まで残念そうにしてるし。この店、本当に貴族御用達なのか?


「こちらです、どうぞ」


「どうも」


 トイレはそこそこの広さがあるが窓は無く、こっそり出るのは不可能。普通なら、だが。


『ほな行って来るで!』


 空間転移を使って戻ればいいだけだからな。しかしメーティスよ…わざわざパワードスーツで戻る必要があったのか?


「戻ったか、ジュン」


「採寸は終ったのでしょう?なら次は生地かしら」


「折角だ。私もジュンに合わせたドレスを新調するか」


 店内に戻ると、質問攻めをしてた女性陣は離れ再びこちらの様子を伺うか、帰るかしたようだ。


 そしてまだ見てる女性達に見せつけるようにくっついて来るソフィアさんにアニエスさん。


 それを見て悔しそうに羨ましそうにする女性達。その顔を見て実に優越感に浸った顔してらっしゃる二人。


「…お母様。何度も言いますが、お母様はジュンの婚約者じゃありませんからね。ジュンから離れてください」


「レーンベルク団長も、わたくしに代わってくださいまし」


「嫌だ」


「嫌よ」


「「「「…………」」」」


「喧嘩はしないでくださいね」


 ただ服を作りに来ただけなのに公爵に絡まれたりおかしな店員の御蔭で非常に疲れたが数着の服を作ってもらう依頼をして帰宅。


 屋敷に戻ると…


「………な、なんだ、この有様は」


「賊が押し寄せて暴れ回った…わけじゃなさそうね。何があったの?」


 部屋は荒らされ、家具は倒れ、窓ガラスは割れ。賊が来たのでなければ嵐にでもあったかのような有様だが。


「えっと…何というか…怪しい奴が来たんだ、うん」


「そう!すっごく怪しい奴だったんだから!絶対にヒーローなんかじゃないよ!」


「アレは悪。そう決めた」


 ああ…何となくわかった。メーティス…派手にやったな、おい。

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