第106話 注目されました
「そ、そそそ、それでは、は、はじ、はじめます、でふ!」
「……」
俺は今、屋敷で散髪してもらおうとローエングリーン家のお抱え理髪師の前に座っているのだが…メッチャ不安!
例に漏れず理髪師も美人さんなんだが、口だけじゃなく鋏を持つ手も震えてらっしゃる。
なんなら身体全体が震えてるようにも見えるけども…本当に大丈夫?
「あの…大丈夫ですか?」
「だ、だだだ、大ジョブ!大ジョブDeath!」
今、Deathって言ったか?死ねと?いや死ぬの?どっち?
『この姉ちゃんが緊張するんもわかるけどな。無理もないんちゃうか』
ああ…それはわかるけどね。なんせ今、俺の周りには…
「「「「ジー…」」」」
理髪師を連れて来たアニエスさんは勿論、カタリナやイーナ。ソフィアさんやクライネさん。
アム達も当然の如く居るし、クリスチーナもわざわざ仕事の合間を縫って戻って来た。
フランを始め、屋敷の使用人達も見学してるし、何処から聞きつけたのかピオラにユウまでも来てるし…周りからの圧力が凄い。
引退する力士の断髪式じゃあるまいし…散髪の見学なんてせんでも。
『それもあると思うけどやな。一番の理由はマスターが男やって事や。男の髪を切るなんて滅多にない経験やろうし、その上マスターみたいな美形の髪切るなんて…緊張するな言う方が無理やわ』
あー…そうか、ローエングリーン家には男が居ないから男の髪を切る機会がないのか。
尚の事不安になって来たな…
「そ、そそ、それで、ど、どどど、どのような髪型をご希望Deathか!」
「…そうですね。男らしい短髪の、ワイルドな感じでお願いします」
「……………………………………………男らしい、ワイルド?そ、それってどんな感じDeathか!」
何か変な事言った?ごく普通の内容だったと思うのだが…
「ジュン、ワイルドな男なんていないぞ。ワイルドなのは女だけだ」
「誰が一番ワイルドな男かと聞かれれば、私はジュンがそうだと答えるけどね。そうなるとジュンらしい髪型を希望してる事になるから、今のままという事になるんじゃないかい?」
…ああ、そう言えばそっスね。今まで会ったこの世界の男はハゲを除けば清潔感を出す為に短い髪にしてるってだけの、ワイルドさなんて感じさせない人ばかりだったもんな。
むしろ冒険者や騎士をしてる女性の方がワイルドな髪型が多かった。
さて、どう伝えるべきか。と、考えていると新たな人物が。
「ちょっおっと待ったー!まだ切ってない?!ジュンの散髪、終わってない?!」
第一王女殿下、ことアイの御登場だ。
「殿下先生…一体どうされました」
「何故こちらに?ジュン君を連れて城に伺うのは明日の筈ですが」
「それは知ってるわよ。でも伝えたい事が出来たからウチが直接来たの。そしたらジュンが髪を切るって言うからさ。それならジュンには是非やって欲しい髪型があるのよね。ねぇ、貴女。ウチが指示する通りに切ってくれない?」
…アイがして欲しい髪型って、もしかしなくてもアレだろ?アニメキャラかゲームキャラの髪型だろ?不安しかないんですが?
「駄目よ。お兄ちゃんの髪なのに、殿下が決めるのはおかしいよ」
「そ、そうですよ!大事なのはジュンの意思!王女だからって髪型にまで口出さないでください!権力横暴!」
怖い物知らずだな…ユウにピオラは。王女のアイに物申すなんて。いや、アイが以前、俺を護る会とやらに入って仲良くなったとか言ってたけどさ。
「ん…それもそうね。じゃあ、ジュン!ウチを信じて任せてみない?絶対かっこよくなるから!」
「……因みにどんな髪型にするつもりだ?」
「ん~全体的には短く、一部分だけ長いままって感じ」
一部分だけ長い?なんじゃそれ。
「よくわからないけど…取返しがつくならやってみていいよ」
「大丈夫大丈夫!気に入らないとしたら切らずに残す部分だし!じゃ、始めよう!」
「は、はは、はいぃぃぃ」
で、アイの指示の下、切り始める理髪師のお姉さん。
始める迄は緊張で震えてた身体も最初のカットをすると落ち着いたらしい。そこからは順調にカットして行き、出来上がったのは…
「………」
「ど、どど、どうでしょう?」
「いい!最高!ステキ!」
「殿下先生が答えてどうするんです。いや、しかし、これはいいな」
「切る前のジュンの面影が残ってるし…かっこいいかも!」
途中から気が付いていたけど…やっぱアニメキャラの髪型だ、これ。
アレだ、詳しくは知らないが青い髪で青い鎧に赤い槍を持つ槍使いの人だ。
俺は黒髪なので色は違うし、細部に違いはあるけれど…何でこれ?
てっきりアイのコスプレキャラの元ネタのパートナー…ツンツン頭のソルジャー君の髪型にでもされるのかと。
「そっちも好きなんだけどね!ウチの推しで一番好きだったから!今度青い鎧と赤い槍をプレゼントするね!あ、髪も染めてみない?」
「……遠慮しときます」
髪型は…まぁ、これでいいや。かなり頭が軽くなったし。皆からの評価も悪くなさそうだし。
「それで殿下先生。伝えたい事とは?」
「ああ、うん。明日、ママに会った後にジークにも会ってもらうから、そのつもりでね。ちゃんとママにもジークにも許可はもらったから」
以前言ってたジーク殿下とお友達になって欲しいってやつね。それをついでに明日すませてしまおう、と。
「わかった。俺は構わないよ」
「私共も、承知しました」
「それでは殿下先生、失礼します。我々をジュンを連れて行く所があるので」
「ん?何処行くの?」
なにそれ、聞いてない。今日は散髪だけじゃなかったの?
「そうだったんだがな。叙爵の儀で着る服を仕立てに行こう」
「もう一週間も無いから、早目に行った方が良いわ。大急ぎで作らせても三日は掛かるから」
「カタリナ、イーナ。お前達も来い」
「私もですか?ジュンが行くなら行きますが…」
「勿論わたくしも行きますわ。ですが、何か理由がございますの?」
「女避けだ」
「今のジュン君は何処から見ても完全な…完全な?男だもの。おかしなのが寄って来そうでしょう?」
「道中は馬車だし、カツラも用意してるから誤魔化せるだろうが仕立てをする時はそうはいかない。本来の髪型に似合う服でないといけないからな。だが、その時に他の貴族の眼に入る事もあるだろう。その時は私達で壁になるんだ」
ああ…そっか。でも、それならやっぱりギリギリまで髪を切るべきじゃなかったんじゃ?
冒険に出る時は兜とか帽子を被るとかで誤魔化せるとして。わざわざ面倒な貴族との絡みの時間を増やさなくても。
「いや、これはむしろ後々の面倒を減らす為だ」
「ジュン君をノワール侯爵にする事、ジュン君の婚約者は既に決まっていて割り込む隙が無い事。それはもう盤石で覆らないけれど、事前に全く情報を漏らさなければ、それはそれで騒ぐバカもいるのよ」
「それとジュンはもう私達の男だと周りに示す為でもある。ローエングリーン家にレーンベルク家が後ろに居ると判れば、それだけで手を引く奴らも多い」
「……レンドン家も忘れないでくださいまし」
つまり、もう何の心配も無いから、ある程度の情報を開示する事で黙る奴は黙らせておこうと。
いや、しかし…それでもやはりギリギリまで隠してた方が良かったんじゃないかと思うが。
「それなら、あたいらも一緒に…」
「悪いが今回は遠慮してもらうぞ。今回連れて行く店は貴族御用達の老舗だ。冒険者や平民が来るような店では無い。お前達が来ても邪魔になるだけだ。今回は、な」
「チッ…やだやだ。貴族ってのは」
「全くだね。しかし…本音ではカッコよくなったジュンを連れて歩きたい、とか考えてるわけじゃやあないよね、ローエングリーン伯爵、レーンベルク団長?」
「「………………」」
クリスチーナの指摘に黙る二人。その沈黙は肯定って事ですよね?
そんな事考えてたのか…
「い、いいじゃない!此処の所は全くジュン君と絡んで無かったのだし!」
「私もだ!ミスリルドラゴンの一件もまだ完全には片付いてないのにドライデンのバカが誘拐事件なんて起こした御蔭でやる事が増えたし!同時にジュンの叙爵に関して動かねばならんしで大忙しだったんだ!というかなんだかんだとずっと私は大忙しだ!伯爵としての本来の仕事もあるんだからな!」
「私だってそうよ!白薔薇騎士団団長は本来忙しいのよ!その合間を縫って働いて働いて…少しくらいいいじゃない!」
「「「「ハァ…」」」」
熱弁する二人を周りは呆れた眼で見つめてから老舗の服飾店とやらに向かった。
道中はアニエスさんが用意したローエングリーン家の馬車で向かったのだが…どうも外に居る人達の様子がおかしい。
というか、一緒に馬車に乗ってるアニエスさん達の様子もおかしい。なんか顔が赤いんだが?
『多分、マスターの髪型が変わってドキドキ、トゥンク!って感じなんやろ。外の連中は窓から見えたマスターにドキドキ、トゥンク!なんやろ』
…そのドキドキ、トゥンク!はやめい。しかし、アレか。男らしくなった事で、より女を惹き付けるようになった、と。そういう事か。
『そういう事やな。今も限界までフェロモンは抑えとるけど、見た目で惹き付けるんはどうにもならんな。ま、これは避けられへん運命や。その内治まるし、慣れるしかないわ』
…そうだな。いつまでも女のフリをして生きるのは窮屈極まりないし、堂々と男だと示しながら冒険が出来るならその方が良い。
「んんっ…着いたぞ、此処だ」
高級服飾店『バリーアンテ』…ふむ。外観から高級感溢れる店構え。外から見える店内の様子、他に停まっている馬車が貴族の馬車ばかりな事からも確かに貴族御用達の店だとわかる。
「ね、ねぇ…あの方、あの素敵な方を御存知?」
「一緒に居るのはローエングリーン伯爵様よね。それに…:
「白薔薇騎士団団長、レーンベルク伯爵様。王国切っての重鎮の御二人と一緒なんて…」
店内に入って直ぐ、お客達の注目の的になったようだ。
こうなる事がわかっていたのでアニエスさん達が周りに睨みを効かせて遠ざけるが…問題はそれでも近づいて来る事が出来る人物だ。
「よ、ようこそ『バリーアンテ』へ。本日はどのような――」
「失礼。私が先に良いかな。久しいなローエングリーン伯爵、レーンベルク伯爵。御連れの方々を紹介して欲しいのだが、いいかね」
「…レッドフィールド公爵」
「…御無沙汰しております、公爵閣下」
公爵?いきなりの大物の御登場ですか。
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