第96話 前にもあった気がしました

 エリザベスさんに『お父さんのパンツの紐が凄い音を立てて切れる呪い』を依頼して三日。


 幸いにして牛の睾丸やら豚の睾丸やらは市場で手に入ったし、他の材料も大半はクリスチーナに頼んで入手してもらえる。


 だが一部は自力で取りに行かねばならず、今は最後の一つを手に入れる為、目的地に向かって馬車で移動中だ。


 同行者はアム、カウラ、ファウ。カタリナにゼブラさんにファリダさん。そして…不安要素の塊、イーナだ。


 前回を思えば置いて来たかったが…目的地近くの街がレンドン家の家臣が代官として治める街となるとそうも行かない。


 目的地までの道案内も出来ると言うので同行してもらったわけだが…


「いいか、もう余計な事すんなよ」


「次に何かしたら容赦しないから」


「貴族だろうと処す」


「わ、わかりましたわ…」


「…はぁ。本当にお前は変わらんな」


 イーナは俺に良いとこ見せようと張り切っては失敗。


 近寄って来た魔獣を倒そうとして中途半端に傷を付け取り逃がし、逃げた魔獣が向かった先に村があった為に慌てて追う羽目になったり。


 野営時に焚き木になる枝を拾って来てと頼んだら植物型魔獣を切り倒そうとして突然バトルが始まったり。


 休憩時にトイレ…お花を摘みに行ったら魔獣に襲われてとんでもない姿で逃げ出し、俺達の前に来てから転んで準備中だった食材を台無しにした上で魔獣を連れて来たり。


 他にも色々…全てがイーナの落ち度とは言わないが、もうジッとしてて欲しいのが本音だ。


 因みに今回は白薔薇騎士団は居ない。


 ミスリルドラゴンの一件で王都の全騎士団は忙しく動いていて、白薔薇騎士団も例外ではなく。


 数日だけでも王都を空けるのは難しいとの事だった。


『おっとマスター。此処でちょいマズいお知らせや』


 …なんか前にもそんなのあったな。またデウス・エクス・マキナのメンテナンスか?


『正解…いや、ちょい違うな。今回はデウス・エクス・マキナに新機能が追加されるんや。だからアップデートやな』


 アップデート?新機能ってなんだよ。


『フフフ…それは後々のお楽しみや。ま、今回もデウス・エクス・マキナの一部機能が使えんのは一緒や。周辺検索と偵察機とパワードスーツが使えんから、そのつもりで頼むで』


 げ、マジかよ。それってマズくね?


『大丈夫やろ。今回は王都で誰かが襲われる心配も無いし。野草とか探すわけでも無いし。なんとかなるやろ』


 …不安要素はあるけどな。


 今回の目的地は湖。そこで魚型の魔獣を釣るのが目的。


 毒があるので市場に並ぶ事も無く、釣ってもリリースする人が殆ど。


 自力で手に入れるしかない訳だ。


「あ、見えましたわ!あの街が目的地の湖から一番近い街ですのよ」


 今はまだ午前中。湖に行って目的地の魔獣が釣れなかったら此処で一泊だな。


「街には寄りませんの?この街も魚料理が名物でしてよ。泊まるなら代官に部屋を用意させますし」


「止めておくのが無難だろう。イーナのドジでジュンが男だとバレたら面倒だ」


「な…さ、流石にそこまでドジじゃなくてよ!」


「あたいはカタリナに同意するぜ」


「わたしも」


「もう学習した」


「う、うぅ…ひどいですわ…」


 ま、極力関わらないのが無難だな。代官には用事が出来ない限り会わない事で決定……イーナが来た意味が何処に消えた気がするな。


「くっ…こうなれば釣りで挽回しますわ!ジュン様!わたくしはこう見えて釣りが得意ですのよ!レンドン家が治める街は河港都市ですから!操船技術だってありますわ!」


「今回は船には乗らないがな」


「うっ…意地悪ね、カタリナ…」


 イーナが操船する船に乗る…新手の自殺かな?


 転覆して放り出される未来しか見えんわ。


「おい、湖が見えて来たぞ」


「大っきい湖だねぇ。それに綺麗」


「流石王国一番の大湖」


 ファウが言うようにこの湖はアインハルト王国で一番大きな湖らしい。


 水質も良く、水産資源も豊富。だが魔獣も多く棲み着いている為に直ぐ側に街を造らず、少し離れた場所に造られたのがさっきの街だ。


「よっしゃ!早速釣っぞ!」


「目的の魚ってどんなのだっけ」


「角が有って毒が有って膨らむ魚」


 一言で言えば角がある河豚だ。食べる事は出来ないが今回は食べる事が目的ではなく、角と皮、そして毒が必要らしい。


 よって釣れたらまるごと持ち帰る事になる。


 名前はポイズングローブ。一応は魔獣だが非常に弱く、食べなければ毒をもらう事もない。特に危険視されていない魔獣だ。


「おいイーナ。この湖にゃ他にも魔獣居るんだろ。どんなのがいんだ?」


 釣りをしながらの話題は湖に棲む魔獣についてだ。


 俺もそれは聞きたいと思ってた。


「そうですわね…危険な魔獣の代表格にケルピーが居ますわね。馬と魚が合体したような魔獣ですわ。水中に引きずり込もうとしたり、水属性の魔法を多用する、そこそこ強い魔獣ですわね」


 だが馬と同じくらい大きいから水中から現れる時はすぐにわかる。


 陸地で戦えばそれほど脅威ではなく、火魔法に弱いらしい。


「ふうん。火魔法に弱えならファウに任せりゃ安心だな」


「ん。お任せあれ」


「他にはどんなのがいるの?」


「他にはキングクラブですわね。蟹型の魔獣で鋏が大きくて鋭利ですが動きは遅く、目と目の間が急所ですわ。アムさんの槍で突くと良くってよ」


「因みにキングクラブは美味らしいぞ」


 蟹か…良いね。もうすぐ初夏だけどカニ鍋でもしますか。


「そうそう。忘れてはいけないのがヌシの存在ですわ」


「ヌシ?そんなのいんのか?」


「レイクドラゴンだな。結構有名だぞ」


 なんと、ドラゴンが居るのか。


 もしかして俺Tueeeeeのチャンスか?


「レイクドラゴンは穏やかで人間に友好的なドラゴンですわ」


「近くで人間が襲われていたら助けてくれる事もあるらしい。必ずではないがな」


 友好的なドラゴンだったか…またしても俺Tueeeee出来ず。


「友好的なドラゴンねぇ…まさかとは思うけど、針に掛かったりしねぇだろうな」


「まさか。こんな小さな針にかかったり………おい、イーナは釣りをしないほうがいいんじゃないか?」


「何を言うのカタリナ。いくらわたくしでもこんな小さな針に細い糸でドラゴンが釣れるわけないわ。よっ、と……あ」


「「「「「あっ」」」」」


 イーナが竿を振って投げた針が飛んだ先。


 そこには巨大な蛇の背中のような物が…。もしかしなくても、アレがそうか。


「おいおいおい!もしかしてアレがレイクドラゴンかよ!」


「おいイーナ!今、針が当たったんじゃないか?!」


「えっと、その……非常に言い辛いのだけど…針が鱗に引っかかったみたい…」


「お前という奴は!早く外せ!」


 おいいい!何やってんだ!…い、いや大丈夫か?レイクドラゴンにとってはあんな小さな針、蜂が刺した程にも感じない筈。


 現にそのまま泳いでるし…あ。


「外せと言われても…えい!…とれましたわ!…あっ」


 戻って来た針には鱗が一枚…レイクドラゴンの鱗を釣り針で剥がしやがった。


 …あ、レイクドラゴンがこっち見てる。


「お、おい、こっち見てんぞ」


「そりゃ鱗剥がされたら気付くよね」


「イ、イーナ、とりあえず謝った方が良さそうだぞ」


「そ、そうね…レイクドラゴン様!ごめんなさい!わざとじゃないんですのー!許してくださいまし!」


「あ。潜った」


 イーナの謝罪を受け入れたのか、レイクドラゴンは湖に潜った。


 やれやれ…一時はどうなるかと…お?


「あ、また出て来た」


「スゲぇデケェな…てか、飛んだぞ」


「レイクドラゴンて飛べるんだねぇ」


「いや、アレは飛んだと言うより…跳ねた、じゃないか?」


 アレはまるでクジラのブリーチング……って、ヤバくね?!


『あんな巨体が湖に着水したら…ちょっとした津波が来るで。早う離れ』


 デスヨネー!


「津波が来るぞ!総員退避ー!」


「うぇぇ?!マジかよ!」


「ひ、ひぇぇぇ、わたし、泳げないよぉ!」


「カウラ、走る!」


「イーナ!本当にお前という奴は!」


「ご、ごめんなさいぃぃぃ!」


「良いから走…ぶわぁぁぁ!」


 は、初めての体験の筈なのに前にも似たような事あった気がするのは何故?!


 ゴボボボ……

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