第92話 布教しました

~~アイ~~




「全員揃いましたね。それでは殿下先生が新しくジュン君を護る会に入会した事を報告すると共に今後について―――」


「待て待て、待ちたまえよ」


「アイシャ殿下に御協力をお願いするのは聞いていたが、殿下を先生と呼んだりジュンを護る会に入会とか、どういう事だ。あと、何故殿下御本人が此処にいらっしゃるのですか?」


 モグモグ…美味しいケーキね…あ、ウチ?


 何故って言われてもなぁ~呼ばれたからなんだけど。あとジュンを護る会ってのはウチも初めて聞いた。


「え。このガキが第一王女なのか?」


「誰だろうとは思ってたけどぉ…」


「本物?」


「ガキとか本物か疑うとか、中々失礼ね、貴方達。いいけど」


 ジュンと会った後、コスプレしたまま仕事して何とか終わらせて、そのまま此処に来たからね。


 王女様らしい服装してないし、コッソリとお忍びで来たから御供もいないしね。


「でも、そっか。初対面の人が殆どだし、自己紹介としときましょっか。ウチはアイシャ・アイリーン・アインハルト。ジュンの婚約者だよん。親しい人はアイって呼ぶから、皆もアイって呼んでね、チュッ」


「「「「……」」」」


 あれ?何で此処で静寂が訪れるのかな?そんなおかしな事言った覚えないんだけど。


「…予想はしていたけどね。殿下もジュンに惚れたって事だろう?」


「ジュンさんも罪作りな人ですね。ですが殿下に御協力頂けるなら入会は歓迎でしてよ、わたくしは。御協力に対する見返りも必要でしょうし」


 いやいや、愛する男を護るのに見返りなんていらないけどね、ウチは。


 ジュンを護るのがウチの使命でもあるしぃ。ズズッ…う~ん、お茶も美味しいぃ。やるわね、此処のメイド。


「いや少し違う。殿下先生は本当に婚約者なんだ」


「本当に婚約者?それはどういう意味ですか、お母様」


「殿下先生はジュンが望んで婚約者になったのだ。我々と違い、な」


「「「「………はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」


 おっとぉ…中々の殺気を向けてくるねぇ。反射的に手が出そうになったよ。


 ウチが本気出せば此処にいる全員瞬殺出来るんだから、気を付けてよん。


「ど、どういう事ですか!お姉ちゃんである私を差し置いて王女様が婚約者って!」


 姉?いや、姉は普通弟と結婚しないでしょ。てか、ジュンに姉がいたの?


「ピオラ姉さんの言う通りだよ!幼馴染で同じ孤児院仲間である私達を差し置いて新参の殿下が婚約者になるなんて納得行かないね!」


 ああ…同じ孤児院で育った関係で、年上を姉と呼んでるって事ね。


 フッ、幼馴染や同じ孤児院で育った仲間ってのは大きなアドバンテージだと思うけど、ウチの魅力の前では無意味だった、それだけよ。


「最初はジュンにそんな気はなかったようだが、殿下先生が今着てる服に着替えたら突然求婚してな」


「そうです。認めがたいですが…その服を着た殿下先生はジュン君の好みだったようです」


「…はぁ!?その格好が?」


「そんなのおかしいよ!わたしやアムだって似たような服着た事あるもん!」


「うん、ある。何ならアムの部屋着と大差ない」


 フフン。この服装が刺さるのはウチが着てるからだけどね。


「此処で文句を言っても始まらん。事実として殿下先生はジュンの婚約者になったのだ」


「今までつくして来た私達よりも先に、出会ったばかりの殿下先生が婚約するというのは業腹……納得出来ないのはよくわかるわ。私だってそうだもの。でも、それだけ殿下先生が魅力的だったという事。受け入れなくては前に進めない…わ。くっ…」


「レ、レーンベルク団長……くっ」


「何も泣く事ないじゃない…」


 止めてよね…まるでウチが悪者みたいじゃない。同じ女として気持ちはわかるけどさぁ。


「…あの、質問していい?」


「ユウさん…何かしら」


「お兄ちゃんは平民で、アイシャ…アイ様は王族。普通に考えて結婚は難しいと思うんだけど。その辺りはどうするの?」


 あの子…見たとこウチより年下だけど、中々賢そうね。それだけじゃなく…他とは何かが違う気がする。


「ええ、説明するわ。今後の行動にも影響する事だし、ね」


 そこでジュンをノワール侯爵にする計画を説明。本当になれるのか、ジュンが侯爵になったら平民の私達は結婚出来るのか、等の疑問が挙がったけれどどちらも解決出来る事をローエングリーン伯爵とレーンベルク団長は説明した。


「今後はジュンをノーワル侯爵にするように動く。いくつかの問題は出て来るだろうが、勝算はある。殿下先生の協力もあるし、決して不可能ではない」


「それから侯爵になったジュン君と平民であるクリスチーナ達が結婚出来るのか、は問題無いわ。だって周りから見たら千人もいる妻の一人に過ぎないんですもの。そこに平民も貴族も無いわよ」


 むしろ、じゃあ私もって有象無象が集まって来そうなのが面倒くさいわね。


 それにしても、千人の妻って改めて聞いても無茶な話よね。


「…いいかしら」


「院長先生…何か?」


「その、ノワール侯爵?になるというのにジュンは同意しているのかしら」


「ええ、承知です」


「ジュンが侯爵になったとしても地位が手に入るだけだ。実務的な事は妻となった私達で支えればいい。元ノワール侯爵の領地はとっくに別の貴族の物にってるし、当主が男となれば大した仕事は振られない筈だ。千人も妻がいればどうとでもなる」


「……なら私から言う事は無いわ」


 院長先生?ジュンを育てた孤児院の院長かぁ。つまり、この世界におけるジュンの母親みたいな人ね。


 あの人とは特に仲良くしとこっと。


「他に何かあるか?」


「あります。最初に聞きましたがお母様とレーンベルク団長がアイシャ殿下を殿下先生と呼ぶ理由は何です。初めて聞きましたよ、殿下先生なんて言葉」


「ああ、それか」


「殿下は偉大な作家であらせられる、だから私達は敬意をこめて殿下先生と呼ぶ事にしたのです」


「ウチも初耳だけどね、それ」


 それに語呂が悪くない?普通に先生か殿下で良いんだけどな。


 でもローエングリーン伯爵とレーンベルク団長はすっかりハマったみたいね。


 この世界、ウチが世に出すまで漫画なんて無かったし、男×男なんて発想すら無かったみたいだしね。


 アシスタントの子達もそうだったけど、刺激がかなり強かったんでしょうね。


「…作家?アイシャ殿下は本を執筆されているのですか?」


「どのような作品ですの?」


「そう言うと思って何冊か持って来てるよん。はい、読んで見て」


「ふん…王族が書く本なんてお堅い本に決まって……な、なな、何これ!?」


「え、ちょ、お、おまえ、男同士で、うわ、ちょ、そんな、うわぁぁぁ」


 フフン。ウチの作品に皆夢中……いや、そうでもない?さっきのユウって子は冷たい眼してるし、あの子は…ローエングリーン伯爵の娘、カタリナだったかな。それとレンドン家のイーナって子は驚いてはいるみたいだけど、他の子とは反応が違うわね。


「で、殿下!」


「な、何よ…眼が怖いわよ。カタリナだっけ、あなた」


「殿下が漫画というジャンルを世に出した偉大なる作家『エロの伝道師』なのですか?!」


「そ、そうよ」


「マ、マジですの…殿下があの『エロの伝道師』…」


 あ、この二人、ウチの本の愛読者だ。この世界、エロ本だろうとなんだろうと18禁なんて概念ないしなぁ。


 在庫さえあれば簡単に買えちゃうんだよね……いや、貴族令嬢がよく買えたわね、これ。


「………アイ様、聞いていい?」


「…いいけど、その冷たい眼は止めてよ。心に来るじゃない」


「アイ様なら、もっと他の…ラブコメとかSF物とかバトル物とかも描けたんじゃないの?どうしてエロ本なの?」


 無視かい。いや、それよりこの子…今、ラブコメとかSFとか言った?そんな単語を知ってるって…まさか、この子も転生者?


「…仕方ないじゃない。一番需要があるんだもの」


「……ですよね」


 この世界、空想ですら科学は未発達だし、宇宙だとかロボットだとか描いてもまるで理解されないのは検証済み。


 剣と魔法の世界だからファンタジー物を描いても受けがイマイチ。剣と魔法が日常だから。


 男が少ない世界だからラブコメはそこそこ受けが良かったけど、そこから更に踏み込んだエロ本が一番受けが良かったのよね…いや、昔っから…前世から描いてたジャンルだから一番筆が乗ったのも確かだけどさ!


「それじゃ何故アイ様が本…漫画家なんて仕事を?」


「自由に使えるお金が欲しかったのもあるけどね。娯楽を増やしたかったのが一番の理由かなぁ」


 この世界、刺激が少ないのよねぇ。前世ではコスプレイヤーであり同人作家でもあったウチからすると特に。


 だからこの世界で漫画というジャンルを新たに生み出した。そうすれば、いずれは第二、第三の漫画家が生まれる筈。


 その内、エロ本以外の漫画も出て来るでしょ。


「自由に使えるお金?殿下には歳費があるでしょう?」


「ウチ、ママに許可を貰ってはいるけど、あんまし王族としての仕事してないし。少ないのよね」


 まぁ漫画家としての仕事を優先してるからであって順序が逆なんだけど。


 コスプレ衣装作るのにも時間かかるしさぁ。


 ああ、早くアシスタントが一人前になって独立してくんないかなぁ。


「わかって貰えたか?」


「アイシャ殿下は偉大な作家でしょう?この女騎士×オークのモデルが私なのは受け入れ難いですが」


「何、これのモデルがレーンベルク団長だと?」


「い、言われて見れば確かに似てますわ…」


「……カタリナ、イーナ。さっきから思っていたけど、さては二人は愛読者だね?」


「ああ、そっか。これがカタリナの夜のオカズなんだな」


「ア、アム!オカズはやめないか!」


「カタリナのむっつりスケベ」


「誰がむっつりスケベか!それにイーナは何故省く!こいつの方がよっぽどむっつりスケベだろうが!」


「な、何を言うのカタリナ!わ、わたくしはむっつりでもスケベでもありませんわっ!」


 いや、自分でも言うのも何だけどウチの本をコッソリ愛読してる時点でスケベね。


 それにしても一部を除いて反応は上々……ん?


「ねぇ、マチルダ。これエロース教の聖典に出来ると思わない?」


「…これを聖典に?それは流石に無茶……いえ、エロース教ならやってしまいそうね。でも、止めておきなさい」


 ……エロ本を聖典にするとか言ってる?あの人は服装からしてエロース教の司祭かシスターかな。


 え?マジでエロ本を聖典にするの?冗談でしょ?


「あ、あの、殿下…」


「ん、何?えっと、あんたは…」


「ジュンの姉のピオラです。これ、ソフィアさんがモデルって話ですけど………もしかしてお願いすれば私とジュンがモデルの話も作ってくれたり…します?」


「「「「!!!!」」」」


 全員の視線がウチに集まってるのがわかる…!こ、これは断れない?


「ま、まぁ、可能か不可能かで言えば可能だけど…」


「じゃ、じゃあ姉と弟の恋の話を御願いします!勿論姉が私で弟がジュンで!」


「あたい!あたいも!冒険者仲間の話で!」


「くっ…商人と孤児じゃイマイチ…なら幼馴染の恋愛話を!」


「伯爵と平民の身分差の恋なんてどうだろうか」


「伯爵令嬢と孤児の話の方がいいでしょう、お母様。勿論私とジュンがモデルです」


「ずるい!わたくしだってそれがいいわ!」


 ああ…収拾がつかなくなって来たわね。これ、全部作らないとダメなの?


 ジュンをノワール侯爵にする為の話…出来るのかな。


 まぁ布教は成功したし、いっか。

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