第89話 ドストライクでした

「姫様、お客様ですよ」


「客ぅ?…ああ、ローエングリーン伯爵にレーンベルク団長ね。もう来たんだ」


 部屋に入って来た俺達にメイドさんが声をかけてようやく気が付いたらしい。


 アイシャ殿下の格好は…想像とかなり違う。御姫様が着るような煌びやかなドレスなどではなく、平民が着るようなシャツとズボン。部屋着なのだろうか…いや、作業着?


 長いのであろう黒髪は団子状にしてまとめ上げられている。顔は御多分に漏れず美少女…いや、かなりの美少女だ。クリスチーナに匹敵する美少女じゃなかろうか。


「仕方ないね。皆、ちょっと休憩ね!クオン、ウチの部屋で話すからお茶を。皆にも淹れてあげて」


「畏まりました」


 俺達を案内してくれたメイドさんはクオンさんと言うらしい。


 クオンさんに御茶の用意をするように言ったアイシャ殿下は室内にあるドアから隣の部屋へ。


 どうやら仕事部屋と私室が繋がっているらしい。


「こっちよ。入りなさい」


「「はっ」」


 殿下に従って殿下の私室に入ると…本が沢山ある。まるで書庫だ。女の子らしい物は殆ど無い。大きな姿見の鑑くらいだろうか。


「座っていいわよ」


 殿下が椅子に腰かけたのを見て俺達も椅子に座る。中央には大きな円形のテーブルがある。そこにお茶が置かれクオンさんが退室してから会話が始まる。


「さてサクッと話を終わらせましょ。見て解っただろうけど、ウチは忙しいから」


「はっ。お忙しい殿下に御時間を割いて頂いた事、感謝いたします」


「ですが、あの……殿下の御仕事とは?彼女達と一体何をされているのですか?」


 ソフィアさんは、いや、アニエスさんもか。二人は殿下が何をしていたのかわからないらしい。

作業風景を見たなら一発でわかりそうなものだけどって、そう言えば漫画なんてこの世界で見た記憶ねえや。


「お?興味あるぅ?」


「え、えぇ。何をされているのか、私にはサッパリでしたので」


「フフ…いいわよ。教えてあげる…でも、先に貴方達の話を終わらせましょうか。で、そっちの金髪君が例の彼氏?こういうのが好みなんだ。でもウチの趣味じゃないなぁ。確かにイケメンだけどさ」


 …あ。予想外の修羅場を目の当たりにして変装を解くの忘れていた。


「すみません、まだ変装を解いてませんでした」


「ん?ああ、それ魔法道具か何かで姿を変えてるんだって……おおおおお!」


 変装を解いた途端、食い気味に身を乗り出して俺を見つめるアイシャ殿下。このパターンはもしかしてまたですか?


 いや…なんかちょっと違うな。眼はギラついてるし、口からはよだれが出とる。


「やっば、めっちゃ好みかも。それに…やっとジークの相棒が見つかったかも」


「ジーク殿下の相棒?ジーク殿下は相棒を必要とされているので?」


「あれ、聞こえた?ジークについては気にしないで。いずれわかるし」


「は、はぁ…」


 …俺がジーク殿下の相棒?何故かわからないが一瞬悪寒が…


「えっと…名乗らせて頂きます。俺…私はジュンと言います」


「普段通りに喋っていいよ。ウチはそういうの気にしないし。ローエングリーン伯爵とレーンベルク団長も。もっと気楽な態度でいいわよ」


 ふむ…わかっていたいたけど、フランクな御姫様らしい。


 いや、何だろうな、この子…容姿も性格も、何か…


「お気遣いありがとう御座います。しかし、私達はアインハルト王家に仕える家臣ですので」


「意外と堅いわねローエングリーン伯爵。ウチの格好を見なさいよ。どう見ても格式ばった場じゃないでしょうに。ま、いいわ。それじゃ本題だけど、あんた達とジュンが結婚するのに余計な横槍が入らないように協力して欲しいんだっけ」


「はい、その通りです」


「殿下に御協力頂ければジュン君と婚約したと発表しても発生する問題は少なくて済みます。どうか御力をお貸しください」


「ん~…」


 人差し指を顎に当てながら考える殿下。俺と眼があったかと思うとニヤリと笑ってから口を開いた。


「でもウチって大した権力ないのよね。それに実はウチには女王になる気も無いし」


「なっ!」


「そ、それは…」


 いきなり爆弾発言が出たな。アイシャ殿下が女王になるつもりが無いなら、無理に協力を取り付ける必要もなくなるし。


「ママも知ってるわよ。ママはジークに王位を継がせたいと思ってるから。だからウチには最低限の公務しかさせないし、好きにさせてくれてる。利害が一致したわけね。妹に王位を継がせるのは論外だし」


「陛下のジーク殿下への執着心は知っているつもりでしたが…」


「そこまででしたか…」


 女王制の国でジーク殿下を国王にする…となれば二人の王女は邪魔だ。しかし、長女のアイシャ殿下に女王になるつもりは無い。第二王女殿下はアイシャ殿下の口ぶりから察するに何か問題があるんだろう。


 となればジーク殿下に王位を継がせるのは無理な話じゃないのか。


「でも協力出来る事はあるわよ」


「…というと?」


「ウチと婚約すればいいのよ。エヘヘヘへ」


「…やはり、そうなりますか」


「予想はしてましたけどね…」


 いやいや。何言ってはりますん。平民、それも孤児と王女が婚約出来るわけ…


『何を今更。カタリナやソフィアと結婚するんだって平民やと無理やから貴族籍を用意するって話やったやん』


 …そう言えばそうだった。でも、それでも王女と結婚なんて出来るものなのか?


 何の功績も上げずに用意された籍に入って貴族になっただけの孤児なんかと。


「しかし、です。王位継承権を棄て殿下が降嫁するにしても、です。子爵や男爵程度では周りが納得しません。余計な連中を増やす結果になりかねません」


「我々が用意出来る貴族籍は子爵位が限界です。それも爵位を与えるわけでは無く、あくまで子爵家の人間という貴族籍です。とても殿下と婚約出来るとは…」


「そこらへんは大丈夫。ウチに考えがあるわ。ジュンは侯爵にしてしまいましょう」


「「は?」」


 侯爵って…んな無茶な。何をどうやれば俺を侯爵に出来んの?


「ジュンって孤児なんでしょ?出自不明の、親の顔も名前もわからない孤児。なら実は侯爵家の人間だったとしても不思議はないわよね」


「い、いや…それはちょっと…」


「可能性はゼロではないかもしれませんが…何処かの侯爵家を味方に付けるという事ですか?」


「違うわよ。そんな事したくないからウチに協力して欲しいんでしょ。前にちょっと調べた事があるんだけど、三十年前くらいに断絶した侯爵家があったらしいのよ。ノワール侯爵家だっけ」


 つまり…俺をそのノーワル侯爵家の血縁だとでっち上げて爵位を継がせてしまおう、と。


 しかし、三十年も前に断絶した家を継ぐとか出来るのか?


「…そう言えば殿下の御父上、国父ガウル様はノーワル侯爵家と血縁関係にあるのでしたか」


「そそ。昔はパパにノワール侯爵家を継いでもらおうって話もあったらしいし。ジュンをノワール侯爵にしてウチが降嫁すれば…ね」


 なるほど。一応は帳尻が合うのか。手段としてはかなり強引に思えるが。


 それにしても…つい最近にもノワール侯爵って何処かで聞いたような?


『アレや、アレ。ユーバー商会が持ってた廃鉱山の元々の持ち主。ミスリルドラゴンに会いに行く時にステラが言ってたやろ』


 ああ~…そうだった。何故、お家断絶したのかまでは聞いてないが。確かにそんな話をしてたな。


「ウチが王位継承権を棄ててノワール侯爵になってもいいんだけどね。ジュン自身が爵位を持った方がいいでしょ?色々と」


「…確かに。ローエングリーン家としても侯爵家と血の繋がりが出来るのは好ましい。ですが…」


「全てはジュン君次第ですね。ジュン君はどう思う?ノワール侯爵になってアイシャ殿下と結婚したい?」


「ん、ん~…」


 アイシャ殿下に不満はない。まだ短時間しか話してないが、悪人とは思えないし誠実そうに見える。


 容姿も…正直言って好みだ。十二歳とは思えないスタイルに日本人っぽい顔立ち。


 髪を下せば背中までありそうな艶のある黒髪。この世界で出会った中では一番好みかもしれない。


 十二歳の子供に何言ってるんだと思うだろうが、殿下の雰囲気は、何というか大人なのだ。


 知らなければ十二歳とは思わないだろう雰囲気が彼女にはある。


 貴族になる事に関しては…正直不安だな。いきなり侯爵になれって言われても何したらいいのかわからないし、冒険者活動が出来なくなりそうで不安だ。


『それは大丈夫やと思うで。この世界の男は働かんでええんやから』


 ああ…そういやそうだった。


 侯爵家の当主になっても妻が働くのが普通の世の中だった…それはそれでどうかと思ってしまうのだが。


「何を悩んでるの?…あ、もしかしてウチが不満?」


「え、いや、そんな事は…」


「ま、こんな色気も何もない格好だしね。…よし、ちょっと待ってて。クオン!」


「御呼びでしょうか、姫様」


「着替えるから服を用意して。そうね…アレがいいわ!」


「アレ、でございますか?しかし、アレは…殿方に見せるには不適切なのでは。伯爵様もいらっしゃいますし…」


「アレがウチに一番似合ってるんだからいいの!仕事場で着替えるから、持って来て!」


「か、畏まりました…」


 何かを諦めたクオンさんが服が入ってると思われる箱を抱えて隣室の仕事場へ行った。


 数分して戻って来たアイシャ殿下の服装は…


「どう?似合ってるでしょ!」


「は、はぁ…そ、そうですね、素敵です」


「う、動きやすそうな服ですね…」


 アニエスさんとソフィアさんは困惑している。


 しかし、俺は感動している。確かに似合っている。凄く似合っている。そしてアイシャ殿下は転生者だ。間違いない。何故なら彼女の服装は…


「ん~…やっぱり反応はイマイチ。ま、理解されないとは思ってたけどね。ジュンはどう…ジュン?な、何?なんでにじり寄って来るの?」


 彼女の服装は日本で最も有名と言っていい某ゲームシリーズの一つ。その幼馴染系格闘娘ヒロインの姿、そのものなのだ。


 ストレートロングの黒髪、白シャツにサスペンダーと黒のショートパンツにブーツにグローブ…間違いなくあのキャラのコスプレだ。


 まるでゲーム画面から出て来たような完成度…あと数年もすれば成長してスタイルがより近づき更に完成度は高まるだろう。


 てかメッチャ好みなんですけど!


『え?は?ちょ、マジか?マスターってこういうのが好みやったん?ドスケベシスターが好きやったんとちゃうのん?』


 それはそれ!てかアイシャ殿下ならシスター服も似合うと思いますが何か!?


「だから殿下…結婚しましょう」


「……ほわぁぁぁ!?い、いきなり結婚!?婚約じゃなくて!?」


「ちょ、な、な、おい!?」


「ジュン君!?」


 皆には悪いとは思う、が…仕方ないやん!めっちゃ好みやねんもん!

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