第87話 引っ越ししました
ミスリルドラゴンとの交渉から数日。
ミスリルドラゴンの件は様々な意見が出たものの、答えは出せず結局はお上……女王様方、国のお偉いさんに丸投げしようとなった。
何故ならドライデンの犯罪者達を捕まえるまでなら白薔薇騎士団の権限、権力でどうとでもなるがダンジョン化やミスリル鉱山が得られるとなれば上に報告しない訳にも行かず。
この件は俺達の手から離れる事になった。
ユーバー商会は廃鉱山の売却は正当な取引によるものだと証明され、魔草の栽培には関与してない事も証明された。
が、事が事だけに罰金刑を命じられてしまった。
厳しいとは思うがゼニータ会長もポニータさんも納得している所を見ると妥当だったらしい。
魔草の栽培というのはそれだけ重い犯罪なのだと広く知らしめる意味もあるのだろう。
廃鉱山を魔草の栽培地に提供したサウザン商会は財産没収の上、取り潰しが決まった。だがユダ会長や幹部連中は逃げ出した後らしく、捕まったのは何も知らない下っ端だけ。
恐らくはドライデンに逃げたのだろうけど、外国まで逃げられたとなると捕まえるのは難しいかもしれない。
この世界、その辺りの法整備が遅れてるし、ユダ会長らが捕まるとドライデンの商人や裏社会の人間の関与が明るみに出る可能性が高いから向こうも匿うだろうし。
廃鉱山に居た連中の生き残りや、ゼニータ会長の屋敷を襲撃した連中は所詮下っ端で上に繋がる情報は何も持っていなかったらしいし、そこから辿るのは不可能と判断された。
廃鉱山のダンジョン化やミスリルの発掘が今後どうなるかはわからないが、それはもう俺が関与する事は無い…と、思いたい。
だってもう関わるとしたらミスリルドラゴンの番云々の件しか無さそうなんだもの。
ソフィアさん達も俺を関わらせるつもりは無いみたいだし、そう信じたい。
以上が俺とユウの職場体験から始まった一連の出来事の結末だ。
今後もゼニータ会長やボニータさんからの勧誘は続きそうだが、キックボードだけじゃなくローラースケートなんかも提案しておいたので、暫くは無いだろう。
友人になったベニータとは俺が男なのは秘密のまま…というのは心苦しい物があるが、友人を続けて行こうと思う。
ミスリルドラゴンの件が綺麗に片付いていないのが不安だしスッキリしないが…時間が掛かる事なので仕方ない。
で、今日は何をしてるのかというとクリスチーナに馬車に乗せられていた。何故かフランも一緒に。
「で、結局何処に向かってんの?それにアム達はどうした?」
「まぁまぁ、もうすぐ着くから。アム達は作業中だよ、現地でね」
「…作業?」
作業という言葉とフランが乗ってるという事に何となく嫌な予感を覚えつつ。
着いた先は王都貴族街の端。家具やら何やらを運び込んでる屋敷の前で馬車は停まった。
「…此処は?貴族街の屋敷に何の用が?」
「貴族街というより富裕層向けの屋敷が並んでる高級街区だよ。平民だが金持ちの商会長なんかも住んでる。カタリナのローエングリーン家なんかはもう少し奥になるだろう?貴族街というならあの辺りの事だね」
それはいいけど…結局此処に何の用が?…あ、あれはアム?カウラもファウも居る。
三人共家具の運び入れを手伝ってる。というより、これじゃまるで引っ越し…引っ越し?
「クリスチーナ、もしかして此処に引っ越すのか?エチゴヤ商会本店とは少し離れてるけど…」
「うん、確かに少し離れてるが同じ王都内だ。大した距離じゃないよ。それと…引っ越すのは私達だけじゃないよ」
「…え」
それって、つまり…
「フランも此処で暮らすのか?」
「そうですけど、わかってて言ってますよね」
「ジュン、君も此処で暮らすんだよ。彼女は白薔薇騎士団から送られた君の世話役兼監視役だよ」
ああ、やっぱり…てか監視て。
監視されるような事してませんやん、わて。
『何言うとるんや、してるやん。脱走とか。まぁフランはマスターの監視やのうて一緒に住むクリスチーナらの監視やろ。抜け駆け禁止の』
ああ、そっちか…つか、俺ってずっと白薔薇騎士団の宿舎暮らしになるのかと思ってたんだけど。
こんな屋敷用意してたのか。
「新築だからね。土地の選定から屋敷の設計、建築材にもこだわり抜いたし。御金も掛かったけど時間も掛かってしまったよ」
「それに白薔薇騎士団の宿舎にずっと居られるわけないじゃないですか。ワタシみたいに住み込みのメイドだったなら別ですけど」
それもそうか…しかしデカい屋敷だな、おい。
カタリナの家…ローエングリーン家の屋敷と遜色ないんじゃないか?こんなデカい屋敷に数人で住むの?
「流石にメイドがその子…フランだったか。フラン一人じゃ回らないからね。他にも何人か使用人、警備の人間が住むよ。ただ…孤児院出身の仲間は大丈夫だろうけど、ローエングリーン家から来た使用人には注意するんだよ」
ああ…アム達以外の孤児院仲間が使用人として此処で暮らすのか。んで、ローエングリーン家からも監視役が来てる、と。
「来たな。ジュンの部屋はもう家具を運んである。そこで寛いでいるといい」
「あれ?カタリナ?」
「…なぜ、君が居るんだい?カタリナ」
何故かアム達と一緒にカタリナが働いていた。いや何故かって答えは一つしかないと思うが。
「決まってるだろう。私も此処で暮らすからだ」
「…許可した覚えはないんだがねぇ」
「この土地を購入するのに便宜を図ったのはお母様だし、屋敷の代金も幾らかローエングリーン家が払っている。一部屋くらい私が貰っても構わないだろ。というか、元々そういう話だっただろうに」
どういう事?俺は聞いてないんだけども?
「つまり、だ。此処はジュンと私達の愛の巣になる、というわけだ」
「レーンベルク団長のように自前の屋敷を持ってる者は通う事になるがね」
…つまり結婚後は白薔薇騎士団の何人かも此処で暮らす、というわけね。あくまで結婚したら!ね!
『いやいや。もう結婚するんは確定したようなもんやろ。そこはもう諦めぇや。こんな立派な屋敷まで用意してもろたんやし。未だに逃げられるとか本気で思っとんの?』
…わかっちゃいるんだけどね、相棒。千人と結婚というのは現実逃避したくなるのに十分な要素なんだよ。現実を直視したくないの。
「そしてワタシのような幼い美少女もお手付きになるのですね。そして次々と使用人達を毒牙にかけ…全員が妊娠して働けなくなった事を良い事に新しい使用人を雇い、そしてまた毒牙にかけ妊娠させて、を繰り返す…やっぱりケダモノですね」
「…君は何を言ってるんだい?まさかジュンは宿舎ではそんな生活していたとでも?」
「そうなのか?ジュン、正直に言うんだ」
「妄言だよ。もーげん」
だから指をゴキゴキと鳴らしながらにじり寄ってくるんじゃない、カタリナ。
クリスチーナも怪しげな道具を取り出すんじゃない。なにそれ、拷問器具?魔法道具?
いや、何かちょっとリアリティのある未来予想だったけどさ。そうなったとしても手を出したのは俺じゃなく相手だと思うしさ!
「うぉ~い!いつまでも喋ってないで手伝えって!」
「あ、ジュンはゆっくりしてていいよぉ」
「ん。旦那様は働くべからず」
屋敷前で話してたらアムに怒られた、と思ったら俺は省かれてた。
そしてそこは、働かざるもの食うべからず、じゃないのか。旦那様は働くべからず、なんて初めて聞いたわ。
いや、この世界じゃ普通なんだろうけどさ。…ん?
「居たな。ジュン、馬車に乗れ」
「あまり時間が無いの。急いで」
「お母様?」
「それにレーンベルク団長。ジュンを何処に連れて行くつもりだい?」
どういうわけかアニエスさんとソフィアさんが同じ馬車で屋敷まで来た。
そして俺に馬車に乗れという…面倒事な予感しかしないんですが?
「王城に行くわ」
「今日、ようやく第一王女殿下と面会が叶ったのだが…協力を要請したら『ジュンと一度会わせろ。というか事の中心人物がお願いに来るのが筋だろ』と言われてしまってな…というわけで今から王城に行くぞ」
ええ…やっぱり面倒事じゃないですか、やだなぁ…
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