第82話 ヤバヤバでした

~~ソフィア~~




「私は尻派なんだ」


「…は?」


 私は近くの街で冒険者ギルドのギスドマスター、ステラさんと合流。


 廃鉱山を監視・偵察の為に張った陣地に案内する途中、突然わけのわからない事を言いだした。


 …尻派?お尻が好きだと?


 …それが一体何だって言うの?


「…私は尻派なんだ」


「聞こえなかったわけではなくてですね。尻派だから何なのです」


「…ジュンの尻はとてもいいと思わないか?」


 思いますけど?お尻だけじゃなく、顔も腕も脚も腹部も胸も指も全てが最高ですけど。


 それが何か?


「だからな…ジュンの尻は私にとって理想、最高だという事でな。いや、ジュンは尻以外も最高なのはわかってるんだが」


「…何が言いたいのです?どうも回りくどく言おうとしてるようですが。空振っていますよ」


「……私もジュンと結婚したい。ジュンを護る会とやらに入れてくれ」


 ……やっぱりですか。院長先生…大丈夫だと仰ってましたが、ダメじゃないですか、この人。


 それにしても、いつの間にかジュン君を護る会はで名前は決定したのかしら。


「…エルフは長命種故に子を残すという本能が薄いと聞いていたのですが」


「それは二百歳、三百歳を超えた奴らだ。私はまだ八十だぞ。ピチピチだぞ。肉欲は普通にある」


 八十…私の祖母より年上じゃない。それに肉欲って…女同士だからって開けっぴろげ過ぎないかしら。


「それにな、私は怖いんだ。故郷の村に居た、ゆっくりと朽ちて行くような生き方を選んだ老人共のようになるのが。子を成す事を諦め、血を残す事を諦め、ただ日々を生きてるだけ。そんな風になるのが嫌で、私は故郷を出て、冒険者になったんだ。外の世界で運命の相手を見つける為に」


 まぁ…言ってる事はわからなくはないけれど。八十のお祖母ちゃんにしては乙女チックな事言うわね。


 うちの若手団員にも似たような事言う子、いるけど。


 私?私はジュン君が運命の相手だと思ってるわよ、ええ、そうに決まってるわ。


「故郷を出て四十年。ようやく、ようやく!私の全てを差し出せるだけの男に出会えた。だから、私も仲間に入れて欲しい」


「…ジュン君が冒険者になる為の根回し、その協力をお願いした際に彼への手出しは禁じた筈ですが?その分、報酬も弾んだでしょう」


「そ、そうだが!そうなのだが!…なら今回の件での報酬は要らない!それでどうだ!」


 …必死ね。気持ちはわかるけれど。


 彼女の能力と立場は魅力的ではある。けれど、私一人の一存で決める訳には…つい最近、イレギュラーにイーナ殿が入ったばかりだし。


 そのイーナ殿の加入を止められなかった件もクライネからネチネチ言われたのに、此処で更にステラさんを認める訳には行かない。


 でも、今はこの人の協力が必要なのよね…


「大体、私一人増えた所でどうって事ないだろう?既に千人居ると聞いたぞ、ジュンの女は」


「……それはその通りなのですが、だからこそ際限なく認める事も出来ませんよ」


「ぬ、ぐぐ…ど、どうしてもダメか?あんな上玉、今後二度と現れないぞ。長命のエルフでも一生に一度あるかないかの奇跡の出会いだぞ。それを諦めろというのか、お前は」


 それはそうだと思うけれど…どうでもいいけど私、伯爵なのよ?それをお前呼ばわり…他の貴族なら無礼打ちされるわよ。


「…私の一存では決められません、ですが、ジュン君が認めたなら誰も文句は言わないでしょうね。少なくともジュン君が認めたなら、私は何も言いません」


「そ、そうか!ジュンに認められればいいのだな!」


 本音では色々言いたいけれど。妥協点としてはこの辺りでしょ。


 未だに誰にも手を出してないジュン君が私達より先にステラさんに手を出すとは思えないし。


「着きました。早速、説明に入らせて頂きたいのですが、よろしい?」


「んふふ~…あ、うむ」


 本当に大丈夫かしら、この色ボケエルフは…このとろけた顔を見てると不安になるわね。


「この天幕で説明します。どうぞ」


 天幕にはナヴィ以下、白薔薇騎士団の小隊長クラスが集まっている。


 私が不在の間にも情報を集めてくれていた筈だ。


「おかえりっス、団長。上手く話は通ったっスか?」


「勿論よ。いつでも兵を貸してくれるそうよ」


 団長である私が陣地を離れて近くの街に行っていた理由は、その街を治める貴族に協力を要請する為。


 想定以上の大獲り物になった時に兵を借りたいと伝えていた。


 ナヴィを中心に行った偵察によれば外から見えるだけでも相当数の人間がいるようだし、念の為だ。


「――あたしらが調べる事が出来たのは以上っス。ステラさんには鉱山内部に侵入して可能な限りの情報を集めて欲しいっスよ」


「具体的に言うと連中が廃鉱山で何をしているのか、連中が連れて行ったと思われる孤児院の子供達が居るのか、連中の正体、及び人数の把握、ですね」


「……それ、何もかも全てと言わないか?」


 それはそうなのだけど、仕方ない。


 何せ廃鉱山に着いて調査を開始してまだ四日。この短い期間では内部まで踏み込んだ情報は得られない。


 下手な事をすればユーバー商会に潜入してるジュン君にも危険が及ぶし、孤児院の子供達もどうなるかわからない。


 だからステラさんに御願いする事にしたのだし。


「ジュンの為とあれば是非も無し。可能な限り調べて来る。だが、本当に子供達があそこに居たとして、救出までは出来ないぞ」


「わかっています。そこまでは求めません。ですが最低でも何をしているのか、だけは調べてください」


「舐めるなよ。現役ではないとはいえ、この程度造作もない。子供達の事もちゃんと調べるさ。じゃあ行って来る。五時間もすれば戻って来るから、そのつもりでな」


 五時間…そんな短時間で調べられるというのなら、流石は元Sランク冒険者と言った所ね。


 でも、此処から廃鉱山まで一時間は掛かるのだけど。往復二時間…実質三時間で調べられるのかしら。


「ま、本人がそう豪語するんだから信じて待つっスよ」


「…そうね」


 廃鉱山内部の地図は古い物だけど元鉱夫から手に入れてステラさんに渡してある。古いとは言っても、そう違いは無い筈だし、それがあれば短時間で調査可能かもしれないわね。


 それから三時間後。何かあった時の為に廃鉱山近くに配置してた小隊から伝令が来た。ひどく慌てた様子から余程の事態が起きた事がわかる。


「だ、団長!ヤバいです!超ヤバいです!激ヤバです!」


「落ち着きなさい、それじゃ何が起こったのかわからないわ。何があったのか説明しなさい」


「廃鉱山から魔獣が溢れて暴れてますです!ドラゴンブレスも見えたと報告があったです!ヤバいです!ヤバヤバです!」


 …なんですって?

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