第79話 急転しました

「――以上です。何か質問はあれば御答えします」


「…い、いや、大丈夫だ。あとは実際に作ってみてからになる」


 潜入調査二日目。今日から本格的に新商品開発に参加することになり、早速意見を求められたので俺とユウで新商品の提案をした所だ。


 ユーバー商会で新商品を提案するのはクリスチーナに文句を言われそうな気もするが…此処は仕方ないと諦めてもらうしかない。


 もし、ユーバー商会が白だった時は勧誘を正式に断る為の置き土産としたいし。


 そこで今日は二人でキックボードを提案してみた。


 自転車を提案しても良かったのだが、構造上キックボードの方が簡単なので先ずはキックボードから提案する事になった。


『どうせ辞める…いや、就職する事は考えてない商会やねんから真面目に商品開発なんてせんでもええと思うんやけどなぁ。これ以上有能さを示す方が面倒やと思うし』


 それはそうなんだがな。調査をする為にもある程度の信用は得た方がいいし、そんなにバカすかと新商品の提案をするつもりもない。


 金の卵を産む鶏と思われても面倒なのはわかってるしな。


『わかってるならええけど。いや、もう手遅れなような気もするけども。あまり深入りせんようにな。情が移っても面倒やねんで。そっちも手遅れな気がするけどな』


 …わかってるよ。これ以上ゼニータ一家と仲良くなるつもりは無い。


 無いんだが…


「ジュン、ユウ。昼食の用意が出来たから一緒に食べましょ」


「あ、うん」


「はーい」


 ゼニータ会長の孫、ベニータにはすっかり距離を詰められてしまった。


 彼女はコミュ力の塊で、昨日と今日でグイグイ距離を詰めて来ては呼び捨てで呼び合う仲になってしまった。


 見た目は長い銀髪を三つ編みにした真面目そうな雰囲気を持つ、委員長的な美少女なのだが仕事中以外は明るく活発な子だった。


 たった一日で此処まで距離を詰められるコミュ力は生来のモノなのか商人として培った能力なのかわからないが、友人と言ってしまって良い状況に少し危機感を覚えてしまう。


「ジュンはどうしたの?変な顔してるわよ」


「…いや、何でもない」


「そう?なら今日は何か新商品の提案はしたの?今日から開発部で仕事でしょ」


 午前中の仕事の内容を話のネタにしながら昼食を摂る。


 …今、フッと思ったのだが、こうして普通の友達の用に接する事が出来る人物ってカタリナ以来じゃないだろうか?


 子供の頃にエロース教会で勉強をしてた頃には歳の近い子はいたが、中身大人な俺はそこまで仲良く出来なかったし。


 クリスチーナやアム達は同じ孤児院の仲間、家族のようなものだしピオラは言わずもがな。


 白薔薇騎士団も友達…と言えなくもないかもしれないがお世話になってる人達という認識が強い。


 全員俺の嫁という座を狙って来るから友達以上恋人未満と言える気もする。


 そう考えると本当に普通の友人のように接するベニータはかなり貴重なのでは…


『おーい、マスター。あかん方向に思考が寄ってるでぇ。縁切り出来んようになってまうでぇ』


 …ハッ。そうだった…ベニータとは遅かれ早かれ…いや、ユーバー商会が白だったなら普通の友人として会うくらいは許されるのでは?


『だからその思考があかんねんて。黒だった時はベニータかてどうなるかわからんねんから。ベニータだけでも助けようと動くとなると、また面倒な事になるんやし』


 そりゃそうなんだけどな……いや、わかった。これについて考えるのは止めよう。


『それがええ。なるべく早う終わらせる事に集中するんやで』


 という事で、一見真面目に仕事をする新人のように振る舞って二日。


 潜入調査が始まって三日目の夜。


 ステラさんがユーバー商会の廃鉱山の情報を持って来た事で少し事態が変わった。


「…外国の人間が出入りしている?」


「そうらしい。昼夜を問わず、かなりの人数が。警備も厳重で鉱山内部には入れないから何をしてるのかまではわからない。だが間違いなくろくでもない事だろう」


 …廃鉱山を利用して外国の人間が何かをしている。警備も厳重…確かに真っ当な理由は思いつかない。


「それと、マチルダが言っていたと思うがユーバー商会についての良くない噂だがな。外国の商人と頻繁に会っていたらしい。それも裏社会と深い繋がりがあると見られているようなヤバい商会の人間と、だ」


 何故、外国の人間だとわかったのかと言えば、独特の訛りがあったそうだ。


 外国の商人にも廃鉱山に出入りしてる人間にも。


「ドライデン連合商国。奴らはそこの人間である可能性が高いとの事だ」


 ドライデン連合商国…確か幾つかの都市国家が一つになって出来た、比較的新しい国家。


 それぞれの都市を代表する商人達が国の代表として運営する形をとった国…だったか。


 アインハルト王国とツヴァイドルフ帝国の両方に隣接する国で、アインハルト王国とツヴァイドルフ帝国の戦争に裏から双方に加担。戦争を長引かせた要因の一つとなった…と、噂される国だ。


「そんな噂がある国から来た人間がコソコソと廃鉱山で何かやってるんだ。怪しさ満点だろう」


「ですね。それで今後はどう動くんです?」


「外国の人間が関わってるとなる慎重に動かなくてはならないが、悠長な事を言ってる場合ではなさそうだ。何せ悪い噂のあるドライデンの、更に悪い噂のある商会の人間が相手である可能性が高いからな。しかし、いきなり正面から廃鉱山に突入は出来ないし、かといって警備が厳重な廃鉱山に侵入出来る技術を持った者は白薔薇騎士団には居ない。そこで私の出番というわけだ」


 ステラさんは今から廃鉱山に向かうらしい。廃鉱山は王都から一日掛かる位置にある為往復で二日。最低でも二日は連絡役が居なくなるという事を意味していた。

 

「その間はお前達の判断で動けばいい。つまりこれまで通りに動けばいいという事だ。私からは以上だが、お前達からは何かあるか?」


「いえ、俺達からは何も」


 潜入調査をして三日だが、俺達はまだ何も発見出来てはいなかった。


 こっそり倉庫に入って見たりゼニータ会長らをメーティスに監視してもらったりもしたが何も怪しい所は無し。


 実は俺の中ではゼニータ会長らは白なんじゃね?となりつつある。


「そうか。では私は帰る。そしてそのまま廃鉱山へ向かって出発だ。だが、その前に駄賃を…」


「ガルルルルルッ!」


 咄嗟に俺とステラさんの間に入って唸るユウ。初日のキスがあって以来、ステラさんと会う時は昨日からこの調子だ。


「チッ…ではな」


 心底残念そうな顔をしながら闇に溶けるように消えるステラさん。


 別にキスくらいならしてもいいと思えるくらいには美人なんだけどな。


『マスターからキスすると絶対に問題になるんやから。止めときって』


 わかってますがな。絶対に全員とさせられるんだから。今、俺に向かって背伸びしながら唇を伸ばして来るユウのように。


「はいはい。変な顔してないで寝るよ。おやすみ」


「…ブゥ。乙女に向かって変な顔は酷いよ、お兄ちゃん」


 文句を言いながらベッドに入るユウを見送ってから、その日は眠りに付き。


 それから何も発見出来ずに過ごした潜入調査開始から五日目の夜。


 事態は急転した。


『マスター!起きるんや!何者かが侵入しとる!』

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