第77話 移ってしまいました

「よく来てくれた。ようこそユーバー商会へ」


 ユーバー商会本店に着いて、奥に入り。


 案内された先は会長兼店長室。


 機嫌良さそうにユーバー商会会長ゼニータが迎えてくる。


「今日から一週間、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。君達には本当に期待している。職場体験という発想からして斬新だ。これからも使わせて貰おうと思っているよ」


 ニコニコと笑いながら俺とユウの肩を叩くゼニータ会長。


 その姿からは悪意を感じない。本心から言っているように見える。


「それじゃあ早速店内を見て回ってくれたまえ。案内は私の秘書であり娘のポニータだよ」


「ポニータです。よろしく」


 前にも見たけどゼニータ会長の娘だったのか、この人。


 年齢は四十歳前後か。言われてみればゼニータ会長と似ている。


「二人はユーバー商会本店に入った事は?」


「ありません」


「私も」


「なら売り場から見てみましょうか。こちらへ」


 案内された先は売り場。外からではなく中から売り場に入ったので従業員や他の客から注目を浴びてしまう。


 って、客の何人かは白薔薇騎士団の人じゃん。


 普通の街娘の服装で来てるけど、間違い無い。


「どうぞ、自由に見て回ってください。気付いた事、改善した方が良いと思った事。何かあれば遠慮なく言ってください」


 早速俺達を試すつもりらしい。


 さて、どうするか。


 あまりにも適当な事言ったら怒って帰らされるかもしれないし、かといってあまりにも的確なアドバイスをしたら益々執着されるだろうし。


 取り敢えず、店内をグルッと見て回る。


 販売物は金物ばかり。


 食器や鍋物。調理器具や置き物。量産品の武具なんかが置いてある。


 銅か鉄製のものが殆どで高級品の食器なんかに銀が使われているようだ。


 値段は他の店よりは安いんじゃないかなぁ、と。


 鉱山を抱えてるだけあって、この分野は強い。それがユーバー商会の売りなのだから当然だが。


 さて…何かアドバイスをするか、それともしないか。


「オーダーメイドってしてないんですか?」


「オーダーメイドですか?」


 とか考えているとユウが発言していた。


 オーダーメイドか…確かに『オーダーメイド出来ます』みたいな看板は無い。


「御覧の通り、うちは金物全般を扱う店です。鍛冶職人を何人も抱えてはいますが、金物のオーダーメイドは鍛冶屋でするのが一般的。武具も置いてますが正直武具はオマケで置いてあるだけでオーダーメイドは受け付けておりません。武具も鍛冶屋でオーダーメイドするのが一般的ですし」


「でも鍛冶屋って気難しい人が多いって聞きます。だから鍛冶屋で鍋や食器をオーダーメイドするって敷居が高いと思うんですよね。それにお抱えの鍛冶職人がいるなら食器や家具のオーダーメイドだけでも受けていいと思います」


「ふむ…なるほど」


 ユウの意見に感心したように頷くポニータさん。


 確かに物腰の柔らかい店員に受け付けしてもらった方がオーダーメイドしやすいかもしれない。


「素晴らしい着眼点です。ジュンさんは何かありますか?」


「そうですね…」


 ユウは新しいサービスの提供という案を出した。なら俺もそうするか。


「先ほど武具はオマケで置いてあるだけとの事でしたが量産品の武具なだけで性能が悪いわけでは無いんですよね」


「勿論。値段に見合った物であると胸を張って言えますとも」


「しかしオマケという事は、このお店では売れ筋の商品では無い。という事でよろしいですか?」


「そうなります」


「ではこういうサービスは如何でしょう」


 俺が提案したのは武具のレンタルサービスだ。


 この世界には冒険者なんて仕事がある。


 冒険者には当然、武具が必要になるが性能の良い武具は当然高価。


 量産品の安物も新人冒険者にとっては中々に高価だし孤児院出身なら尚更手が出ない。


 そこで武具のレンタルサービスだ。


 一日に銅貨数枚とかで借りれるなら金の無い新人冒険者には有り難いサービスだろう。


 俺が知る限りそんなサービスをしてる所は無いし、人気が出ると思う。


 そのまま持ち逃げされないように工夫は必要だが店内でこやしになってるような安物の量産品なら盗まれても大きな痛手にはならないはず。


 むしろレンタルサービスを利用する客が増えれば他の商品を買う機会も増えるから、そっちが本命とも言える。


 以上の事を提案すると…


「素晴らしい!全く聞いた事の無いサービスです!これは流行りますよ!早速会長に伝えて参ります!」


「あ、ちょっ…行っちゃった」


 案内を任されたのに俺達を放っておいて良いのかな。


 …良い筈無いな。怒られなきゃいいけど。


「ナイスだよ、お兄ちゃん。私達に対する警戒心が薄れていけばやりやすくなるからね。流石お兄ちゃん、わかってるぅ」


 …ああ、うん。そうだったな。ついさっき迄潜入調査の事を考えていたのに本気のアドバイスをしてしまった。


「でもね、お兄ちゃん。情が移らないように注意してね。あの人達が悪人なら、捕まるように動くんだから、私達は」


「…わかってるよ」


 店員や客に聞かれないように小声で忠告するユウ。


 情が移る、ね。


 犯罪者かもしれない相手に情を移すほど俺も甘くは―――


「お待たせしてすみません。案内役の母が祖母と話し合いたい事が出来たとの事で此処からは私がご案内します。会長のゼニータの孫、ベニータです」


 ……今度は俺と同い年くらいの子供が出て来た。


 もし祖母や母が犯罪者の烙印を押されれば、この子は…どうなる?


 やべっ、既に情が移っちゃったかも…

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