第76話 潜入開始しました

「ごめんなさい、ダメだったわ…」


 今日はいよいよユーバー商会に潜入する日。


 二週間の調査結果をソフィアさんとクライネさんが代表で伝えに孤児院に来たのだが。


 ダメでしたかー。


 しかも白薔薇騎士団のみじゃなく、ローエングリーン家、レンドン家、エチゴヤ商会、エロース教ノイス支部…これだけの権利者達が協力して、一商会の情報が掴めないとなると…本当に何もやましい事の無い真っ当な商会か、もしくは…


「かなり強力な後ろ盾がいるわね。ひょっとしたら複数」


 そうでなくては私達に対し情報の封鎖は出来ない。


 そう言いたいらしい。俺もそう思うが、ユウの考えは違うらしい。


「他の商会は調べました?」


「他の商会?ユーバー商会傘下にある商会…店舗の事?」


「いえ、そうじゃなくてですね。ここ最近に作られた商会…そうですね、一年以内に作られたばかりの商会です」


「そんなの調べないわよ…ユーバー商会と何か関係があるの?」


「ユーバー商会のダミー会社…いえ、ダミー商会の可能性があります」


「ダミー商会?」


 この場合、表立ってユーバー商会が動けばバレるので、ダミー商会の名前を使って土地や建物、物品の購入等をやってるのではないか、と。


 ユウはそう説明していた。


「…商業ギルドへの登録は会費さえ払えば誰にでも出来ます。商会の設立も同様です」


「潰れた店舗の店長なんかに商会を作らせ実際はユーバー商会の為に働かせる…確かにそれならユーバー商会は目立たない…盲点だったわ」


 この世界、ダミー会社やらペーパーカンパニーなんて概念無いらしい。


 もしユウの考えが正しいなら、それを思いついたゼニータ会長は大したものだと褒めていいのかもしれない。やってる事は悪事なら褒めるつもりは無いが。


 まぁ…真っ当な事やってるならダミー商会なんて必要ないよな。


「それと…確かユーバー商会は二つの鉱山を抱えてるって話でしたよね」


「ええ。一つは廃鉱になってるけれど。それが?」


「なら廃鉱になってる方を調べてください。人目につかないように物を隠したり人を監禁したりするのに便利ですから」


「っ、クライネ!」


「私は商業ギルドに行きます。団長は廃鉱へ」


 ユウの考えを聞いたソフィアさんとクライネさんは慌てて出ていった。


 …廃鉱を何らかの犯罪に利用、か。それは調べてそうだったけれど…あの様子じゃノーマークだったぽいな。


『まあ今回はしゃあないやろ。なんせ二週間っちゅう時間の縛りがある上に他にも仕事があるんやし』


 だな。別に責めるつもりは無い。


 むしろ良かったと思ってるぞ。


『…それは俺Tueeeeeの為か?』


 Yes!折角の俺Tueeeeeチャンス!逃したくはない!


『ほんまブレへんなぁ…ならもしユーバー商会が真っ当な商会やったらどうするん?ほんまにユーバー商会で働くんか?』


 いいや。その時は何か新しい商品…特許を取れる何かを提案して断わろう。


 多分、ユウも同じ考えだろ。


 …いやユウはユーバー商会を黒だと判断してるんだったか。


「…やっぱりダメだったね」


「やっぱりって…ユーバー商会の犯罪の証拠は見つからないって思ってたのか?」


「うん。二週間じゃ時間が足りないと思ってたし」


 じゃあせめてもっと早くにダミー商会の事を教えてあげてたら、と思ったのだが。


「そこはそれ、あの人達にもプライドがあるし。子供に何もかも指摘されてから動きたくはないでしょ」


 ソフィアさん達の面子を考えての事らしい。


 前世の記憶が残っているだけあって子供らしからぬ気遣い。


 っと、前世の記憶で思い出した。


「なぁユウ。ユウは――」


「二人共、ユーバー商会の迎えが来たわよ」


 ユウが隠してるであろう能力について聞こうと思った矢先、ユーバー商会の迎えが来た。


 …暫く二人切りになれそうにないな。次の機会まで待つしか無さそうだ。


「お迎えに参りました、ジュン様、ユウ様。どうぞ、お乗りください」


 ユーバー商会が寄越した迎えは豪華な馬車一台。


 御者と執事っぽい女性の二人のみで護衛は無し。


 その二人も鍛えてるように見えないし、力尽くでどうこうする気は無さそうだ。


 少なくとも今は。


「お母さん、行って来るね」


「気を付けてね。迷惑をかけちゃダメよ」


 潜入調査という目的はジェーン先生には伝えていない。


 今日から一週間の泊まり込みの職場見学も「そんなのあるんだぁ。へぇ〜」くらいにしか思ってないようだ。


 わざわざ伝えて心配させる事も無いだろうと、そのままにしてる。


「ジュン」


「院長先生。行って来ま…す?」


「(ステラが二人を尾行してる。着いた先でも周辺に潜んでるから何かあったら助けを呼ぶのよ)」


 院長先生に抱きしめられたと思ったら小声でそんな事を言われる。


 ユーバー商会の二人に聞かれるわけに行かないので、首肯で返事をしておく。


 院長先生も心配性だなぁ。


「ジュン。あまり、お姉ちゃんを心配させないでよ」


「心配する必要なんて無いよ、ピオラお姉ちゃん」


 ピオラはずっと潜入調査に反対、どうしてもやるなら私も行くと言って聞かなかったが、院長先生にも説得され渋々納得していた。


 その院長先生も、心から納得していた訳じゃないが。


「それでは出発します」


 挨拶が済み、馬車に乗るとすぐに出発。


 エロース教会の前を通ったのだが司祭様始めシスター達も見送りに並んでいた。


 …そんな徴兵されて戦場に行く身内を見送るような顔せんでも。


 てか、怪しまれから、感付かれるからやめれ。


「…えっと、執事さん。私達は何処で職場体験をさせてもらえるんですか?」


「勿論、ユーバー商会本店で御座います」


 それって王都にあるんだよな?なら泊まり込みじゃなく通いでも良くない?と、思わなくもないが…調査する分には都合がいいか。


 後は…ユウの安全はメーティスが偵察機で確保してくれるし、俺Tueeeee展開が来てくれる事を願おう。


『ユウを護るんはええんやけどな、マスター。俺Tueeeee展開は厳しそうやで』


 ナンデヤネン。


 まさかユーバー商会は真っ白だとでも?何故、今それがわかる?


『いや、そうやのうて。白薔薇騎士団の連中がこの馬車を囲むように着いて来とるわ。アム達もユーバー商会本店周辺で待機しとるで。わざわざ近くの空き部屋を借りて』


 …いつでも突入出来るように?ステラさんだけじゃなかったのか。


『考える事は同じっちゅうわけやな。この分やとローエングリーン家とレンドン家からも何人か出とるやろ。カタリナとイーナは自分で来てそうやなぁ』


 …なるほどなるほど。確かに俺Tueeeeeは難しいかもしれんなぁ。


 ………いや、お願いだから帰ってぇ!

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