第72話 何とも言えない気持ちになりました

「ごめんね、御茶も出せなくて」


「いや、いいよ。それより…話してくれるんだろ?」


 ずっと疑問だったユウの能力の高さ。その秘密。


 女神エロース様が予言したヒロイン候補と同じ名前。


 ユウが本当にそのヒロイン候補なのか。話の内容次第ではわかるかもしれない。


「うん。私が何者なのか、知りたいんだよね。でも、想像は付いてるんでしょ?」


「…て、事は、やっぱり?」


 ユウがやはり俺のメインヒロイン―――


「うん。お兄ちゃんと同じ、転生者だよ」


 あ、そっちね。はいはい、それはわかってましたよ。いや、強がりじゃなくて。クリスチーナにマニキュアとか提案した時にはもしかして、程度だったけど今では確信してます。


 ユウが俺を転生者と確信してるのも、俺がマヨネーズとかジェンガを作ったからだろう。


 しかし、わからないな。


 何故、今まで黙ってた?もっと早く話せただろうに。


「それはね…私の記憶、完全じゃないんだ」


「記憶が…完全じゃない?」


 でも…以前に生まれた時から全ての事を記憶してると言っていた。それなのに今は完全じゃないと言う。


 矛盾して…いや、もしかして前世の記憶が?


「そう、前世の記憶が欠落してるの。具体的に言うと意味記憶はあるんだけど、エピソード記憶の殆どが欠落してる…だから私がどんな人間だったのか、殆どわからないの」


 ………メーティス。


『はいはい。意味記憶はよく知られてる知識や事実に関する記憶。エピソード記憶は特別な出来事や個人的なエピソードに関する記憶。つまりは意味記憶は知識、エピソード記憶は思い出って考えてええんちゃうか』


 なるほど。前世で得た知識は残っているが、自分に関する思い出なんかはほぼ欠落している、と。


 それはわかったが…それが何故、今まで黙ってた理由に繋がる?


「エピソード記憶が欠落してる…でも私の事で覚えてる事もあって。でも、それをお兄ちゃんに話すかどうか、ずっと悩んでたの」


 でも、こうやって話すって事は覚悟を決めたわけだ。


「でも、それは最後に話すね。他に聞きたい事はない?」


 焦らすなぁ…他に聞きたい事は…あるな。


「ユウは神様に転生してもらったのか?」


「え?ううん。私は気付いたら赤ん坊になってたよ」


 …つまりは自力で異世界転生したのか。いや、神様に会ってないだけで神様の手によるものかも…?


「お兄ちゃんは神様に会って転生したの?」


「あー…」


 どうするか…俺を転生させた理由が子作りなんて言いたくない。


 だけど説明すればユウの協力が得られるかも…って、あかんあかん。


 ユウに説明したら「じゃあ私が生む!」って言いかねん。


 少なくとも今は言えん。


『せやな。此処でそんなん言うたらユウがヒロイン候補筆頭になってまうしな。わいは譲る気はないで!』


 まだそんなん言ってんのお前…


「あー…女神エロース様に転生してもらったんだ。どんな理由があってかは言えない。悪い」


「ううん、良いよ。でも…女神エロースって……あぁ、なんか推測出来たかも」


「やめて。頭が良いのはわかってるから推測しないで」


 どうかその推測は外れてますように…


「ええと…ユウは異世界転生した事で得た能力ってあるのか?赤ん坊の頃から全て記憶してる…それがそうだったりするのか?」


「ううん。これは多分、前世でも持ってた能力だよ。だからこそ不完全とは言え、記憶を持ったまま転生出来たんじゃないかなぁ」


 ふむ…実際どうなんだ、メーティス。神様の手によらず、前世の記憶を保持したまま異世界転生って有り得るのか?


『前例の無い話では無いみたいやで。この世界ではどうか知らんけどな』


 そうなのか…それが本当なら、前世のユウはさぞかし凄い人…もしかしたら有名人だったかもな。


 だって見た物聞いた事全て記憶する能力なんて勉強に凄い便利だし、大概の仕事に使える能力だろ。


 立身出世も思いのままだったんじゃ?


「そうでも無かったんじゃないかなぁ。前世の私はとても不自由…肩身の狭い思いをして生きてたんじゃないかな」


「そりゃまたどうして。それに思い出は殆ど無いんだろ?ならそんなのわからないんじゃ?」


「確かにそうだけど…でも一つだけ、私自身の事で覚えてる事があるの。名前も、年齢も、死亡理由も思い出せないけど、確かな事が一つだけ」


「…もしかして、それが?」


「うん。話すか話さないか、悩んでいた事…ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは私の前世がどんな人間でも嫌いにならないって約束してくれる?」


 上目遣いで話すユウの瞳は不安て揺れてる。


 そうか、俺に嫌われるのが怖くて話せなかったのか。


「…いいよ、約束する。ユウが良い子なのは知ってる。だから嫌いになったりしない。約束する」


「…ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ話すね…」


 ユウが話した内容。前世の自分に関する記憶。それは僅かしか残ってないけれど、それらを繋ぎ合わせて導き出された答え、真実。


 それは…


「私…前世は男だったの」



 …ホ〜〜ホケキョ



『…ホ〜〜ホケキョ……って、いやいやいや!なんて!?マスター!今、ユウはなんて言ったんや?!』


 お、俺が聞きてぇわ!


 あまりに予想外過ぎて思考が一瞬停止したわ!


 なんて?!今、ユウはなんて言った?!


「い、今、ユウは、な、なん、なんて言った?」


「…やっぱり驚くよね。前世は男だったって言ったの」


 …聞き間違いじゃなかった。


 あんな重い感じで話すからてっきり前世では悪人だったとか不良だったとか罪人だったとか言うのかと思えば全くの予想外、想像の斜め下どころかかすりもしない方向だった。


 い、いや、記憶が完全じゃない以上、まだ確定したわけじゃ…


「間違い無いよ。私の前世は性同一性障害だったみたいだから」


「お、おおう…」


 つまり…前世では身体は男だったけれど心は女だったと。そういう事か。


「そう。生まれ変わった事で私は心身ともに完全な女になれた。もし、私の転生に神様が関わってるなら。私が女になれたのは神様の御陰なら。例え邪神でも感謝する。それくらいに嬉しいの」


「……そ、そうか」


 そりゃあ、ね。言うかどうか悩むわ。むしろ良く言えたな。


「だって、いつかボロが出ると思ったから。それにお兄ちゃんに隠し事はしたくないし」


 つまり…前世も女で、知識は残ってるなら知ってて当然の事を知らないとなれば怪しまれる、と。


 それでバレるくらいなら自分から話しておこう。


 そう考えたらしい。


「…それで、お兄ちゃんは…私が前世は男だったって聞いて、どう思った?」


「どうって…」


「気持ち悪い…って思わなかった?」


「それは…無い。すんげぇ驚いたけどな」


 性同一性障害で悩む人がいる。そういった人達を差別するのは良くない、と思っている。実際、オカマさんとかオナべさんとか会っても平気だったし。


「良かった…本当に、良かったぁ…」


 俺の言葉を聞いて涙を流すユウ。


 今の言葉に嘘は無い。無いが…どこかスッキリしないのも事実。


『わかるでぇ。わいもなんかスッキリせぇへんわ』


 だよなぁ。上手く例える事は出来ないが。


 それでも無理矢理例えるなら…うなぎだと思って美味しく食べたのが暫く経ってからアナゴだと知らされたかのような……いや、違うな。


 世間一般常識だと思っていた事が我が家だけのローカルルールだったと気付いた時みたいな……いや、これも違うな。


 あー!上手い例えが見つからーん!


「改めて、これからもよろしくね、お兄ちゃん!」


「あ、うん、はい」


 キラキラとした笑顔のユウを前に、俺は頷く事しか出来なかった。


 …前世が、男…男かぁ…

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