第73話 一計を案じました
「ああ、戻って来たね」
「なあに話してたん…ジュン、どした?」
「…何でもないよ」
ユウから聞いた、ユウの前世の秘密。
話すのは俺だけでクリスチーナや院長先生、母親であるジェーン先生にも言うつもりはないらしいので、何を話してたかは言えない。
言った所で簡単に信じてもらえるとも思えないし。
しかし、前世がユウの前世が男…いや、冷静に考えてみれば充分にあり得る話だよな、うん。
俺は前世の記憶が残ってるから、前世と今世の性は一致してるのが当たり前みたいに思っていたが前世の前世…前前世は女だったかもしれないし、前世を調べる事が可能なら、探せば前世と今世の性が一致しない人なんていくらでもいるだろう、多分、きっと。
でも、なんか…な~んかモヤッとする。
「…ジュン?本当に何でもないのかい?」
「…うん。それより、院長先生。アレからユーバー商会の件はどうなったのかな」
「ああ…それが…アレから何度も来てて、最近ではユウを雇いたいって勧誘に来るし、ジュンの居場所を聞いてくるの」
ユウは今年十二歳。この世界の平民の子供は、それくらいから見習いとしてどこかの商会や職人に弟子入りして働くのが一般的。
だからユウにそういう話が来るのはおかしな事じゃないんだが…
「ユーバー商会…ステラにも調べてもらったけれど、やっぱりいい話は聞かないの。まだ証拠が無い段階だから、噂で判断したくはないのだけど…」
「大きな商会ほど、悪い噂は流れるモノだからね。妬み嫉みでライバル商会がある事ない事言って噂を流す…なんてよくある事だし。エチゴヤ商会はクリーンな商売を心がけてるし、評判もいいけれど…悪口を言われる事はあるよ。それでも最近のユーバー商会の噂は良くないモノが多い。警戒は必要だね」
そもそも何故、孤児院の子供にそこまでこだわるのか。
将来を見越して優秀な子供をスカウトする、というのはわかるが…何も孤児院の子供に拘る必要はない筈だ。
「その理由はわかりませんが、どうやらここ以外の孤児院でも勧誘してるようですよ」
「見所のある、優秀な子供に限って、みたいですけど」
「あ、クライネさん。ハエッタさんも」
ジェーン先生に案内され、クライネさんとハエッタさんが来た。
何というグッドタイミング。
「今日のジュン君の護衛は私達なんですよ」
「エチゴヤ商会に行ったらこちらに向かったと聞きましたので。それより、ユーバー商会の話をしてたみたいですね?」
クライネさんは約束通り、ユーバー商会の事を調べていたらしい。
しかし、今言った他所の孤児院でもスカウトしてる、という以外の新情報は無いそうだ。
「それでも孤児院の子供に拘って集めているのは確かなようです。孤児院の子供を集めて何をしているのかはわかりませんが」
孤児院の子供…つまりは身寄りの無い子供に拘ってる?そんな事に拘る理由なんて…
「きっとろくでもない理由ですね。違法性のある理由しか思い浮かばないです」
「…そうですね」
子供なら騙しやすいとか、身寄りが無ければ居なくなっても探す人は居らず誤魔化しが効くとか。
「孤児院の子供を雇って、何をさせているのか…全く掴めないのですよね」
「ふむ…そこは腐っても大商会だと褒めるべきなのかな」
エチゴヤ商会の調査はともかく、白薔薇騎士団や冒険者ギルドのギルドマスター、ステラさんの調査からも隠し通せるというのは凄いと…褒めていいのかな。
『やってる事が善良なら、褒めてええやろうけどな。隠しとるって事は後ろ暗い事してるって事やろ。なんやったらわいが調べてみよか?』
イオランタ侯爵の時みたいに、か。ふむ……そうするか…ん?
「ただいま~あ、ジュン、やっぱりまだ居た」
ピオラの姿が見えないとは思っていたが、どうやら買い物に行ってたらしい。
しかし、いつもならニコニコ顔で俺に近づいて来るのだが、今のピオラは困り顔だ。
「どうしたの、ピオラ…お姉ちゃん」
「う~ん…ジュンが居てくれるのは嬉しいんだけど…」
「ピオラ姉さん…私達もいるんだが…」
「姉御…あたいらの事、眼に入ってねぇな」
そこはいつも通りっちゃいつも通り。それよりも気になるのはピオラの発言の続きだ。
「お客さんが来てるんだけど…」
「…もしかして、もしかする?」
「うん。ユウに会いにユーバー商会の会長さんが…」
わー…来たか。ユウに会いに来たんだとしても、俺が居たら俺も勧誘するんだろうなぁ。
めんどくさ…まぁ、断るに決まってるんだけど。
『…ん~受けるのもアリやと思うで?』
は?なんでだよ、ヤダよ。そんなの全然いい事ないじゃん。
『いやいや。本気で働こうってわけやのうてな。アレや、潜入調査や』
あ~…なるほど。それはアリっちゃアリ。潜入調査とかちょっと楽しそうではある。
「やぁ院長先生、度々すみませんね…おや、クリスチーナ会長。それに君は…ジュンさん。君も居たのか。これは好都合」
ピオラの案内でユーバー商会のゼニータ会長と執事っぽい女性…いや、秘書か。二人が入って来た。
場所は院長先生の私室。こちらは院長先生とユウの母親であるジェーン先生。付き添うと言って
クリスチーナ。そしてスカウト対象である俺とユウだ。
クライネさんとハエッタさんは隣室で待機。アム達はピオラと一緒に子供達を見て貰ってる。
「さて、皆さん私が来た内容は理解してもらっているご様子。ならば今日こそいいお返事が聞きたいのだけど、ユウさん?君もどうかな、ジュンさん。私の商会で働かないか?」
さて…どうするか。
「ジュンお兄ちゃん。私に考えがあるの。合わせて」
「ユウ?」
ユウが小声で合わせろと告げて来る。考えって、もしかして…
「ゼニータさん、そちらで働くのを前向きに考えてもいいです」
「え!ユウ!?」
「ほほう!それはいい!ようやく私の熱意が伝わったと見える!」
声を上げて驚くジェーン先生と喜ぶゼニータ会長。院長先生もクリスチーナも、声は出さないが驚いている。
「そこで具体的な仕事の内容をお聞きしたいんですけど、私にどんな仕事を?」
「うむ。君は素晴らしい頭脳を持っているらしいね。そこで新商品の開発を頼みたいと思っている。ジュンさん、君も同じだよ。ゆくゆくは新人の教育、育成もだ」
…仕事の内容は普通、問題無しに思える。しかし、だ。何故、それを孤児院の子供に任せようと拘る?
俺とユウが商業ギルドで特許を取った事を知ってるとしても此処まで拘る理由は何だ?
他の商会で働いている実績のある人物をヘッドハンティングした方がいいだろうに。
本当に、まともな仕事をさせるつもりなら、な。
「雇用条件はどうなります?」
「…ユウさんは本当に優秀だね。子供とは思えない。勿論、普通なら十二歳前後の子供は見習いとして働いてもらう事になるが、ユウさんは特別待遇で迎えると約束しよう。ジュンさんもね。具体的には毎月金貨で―――」
そこからもユウの質問とゼニータ会長の解答が続き。最終的にユウが出した返答は…
「御話しはわかりました。でも、私はまだ十一歳ですし見習いとして働くとしても少し早いと思うんです。そこで先ずは来月から職場を体験をさせて欲しいのですが」
「しょ、職場を体験?」
「…お試しで働いてみて、雇ってもらうかどうか決めたい、という事です」
職場体験とか職場見学なんて考えは一般的ではないらしい。ゼニータ会長は少し困惑していたがユウの提案を了承。
ユウの職場体験に俺も同行する事を聞いて、満足そうにゼニータ会長は帰って行った。
「ユウ…どうしてあんな事を?」
「いやだってもうめんどくさいし。私に何をさせたいのか、実際に行けばわかるだろうし、証拠も掴めるだろうから」
「…つまり、スパイとして潜入する、と?」
「うん。ジュンお兄ちゃんと一緒なら、平気だよ」
「「「…………」」」
というわけで、俺とユウはユーバー商会に潜入する事に。
やべ、なんかちょっと楽しくなって来た。
――――――――――――――――――――――
あとがき
フォロー・レビュー・応援・コメント ありがとうございます。
一つ一つのコメントには普段返せてませんが、珍しく前話の応援コメントは返答させてもらいました。
ちゃんとした返答になってるのかは置いといて(
これからも当作品をよろしくお願いします。
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