第70話 一難は去りました

「――ってな事があったんだよ」


「…へ~。謎のヒーローねぇ。ブラックねぇ…」


 旅から帰って来た俺はアム達から俺が居ない間に何があったのか詳しい話を聞いていた。


 メーティスが帰って来た後もある程度は聞いていたが…まさかこんな事態になっているとは。


「すごい人気だよ。もうグッズ販売までされてるし」


「流石クリスチーナ。目聡い」


 そう、パワードスーツを操るメーティスの姿は近隣住民に目撃され、あろうことか写真まで撮られていたのだ。


 月明りとアム達が持ってた灯りだけの光、その二つだけしかなかったのでハッキリとは写ってなかったが…号外に印刷され王都中に配られてしまった。


 謎のヒーロー現るという刺激的なタイトルは娯楽に飢えた人々の心に刺さり、連日の話題となった。


 そこにクリスチーナは眼を付け、目撃者のアム達の証言と写真を使い姿絵等を販売。それが大ヒット中で、次はパワードスーツを真似た鎧や兜を販売する予定だとか。


 そんな話をアム達から聞いているのだが…おい、こら。随分と話が違うんじゃねぇかい?メーティスさんよ。


『いやぁ…まさか写真を撮られてるなんてなぁ。迂闊やったわ。失敗失敗』


 てめぇこの野郎!これって間違いなく俺Tueeeeeじゃねえか!


 約百人を相手に一人で立ち向かい静かに倒して行き、見返りを求めず去り際に偽名を名乗って消えるとか…めっちゃかっこいい俺Tueeeeeeじゃん!


 なに先越してくれちゃってんの!?


『え~…許してくれたんとちゃうん?一週間も経ってから怒らんでもええやん』


 そりゃあな!帰った来た時の説明は『何も問題無いで。クリスチーナもアム達も無事。誰一人として怪我人も死人もでとらん。敵側にもな』だったしな!


 今回はああするしかなかったのはわかってるし、待ってる間に冷静になったし、土産に屍草まで用意してくれたとなれば怒るに怒れんし。


 でもお前、謎のヒーローとかブラックとか説明無かったじゃん!アム達に姿を見られたとは聞いていたが正体はバレてないとしか聞いてねえし!


「ジュン、どした?変な顔してっぞ」


「…いやぁ、何もぉ」


「そか?じゃ、話の続き…ダイアナ商会がどうなったか、だけどよ」


 百人もの傭兵団、冒険者崩れのチンピラを雇いクリスチーナ襲撃を目論んだダイアナ商会のエンビー会長は捕縛され奴隷落ちとなった。


 雇った傭兵団達が全員捕縛された事で証言はとれたし、契約書まで残っていたので証拠も十分。


 エンビー会長は最後まで容疑を否認していたが、証拠も動機も十分。疑いの余地無しと判断され奴隷落ち。鉱山送りとなった。


 雇われの傭兵達は意外にも罰金刑だけで済んだ。


 なんでもエンビー会長はエチゴヤ商会を襲う理由にクリスチーナに囚われている哀れな少女(俺の事っぽい)を救って欲しいとか、エチゴヤ商会は裏で違法薬物を扱ってる等の偽情報を提示。


 偽の証拠まであったので義憤に駆られた傭兵達は依頼を受けた…と証言。


 契約書にもそのような一文があったし、エンビー会長の屋敷に偽の証拠が発見されたので傭兵達も被害者の立場として扱われた。


 エチゴヤ商会襲撃は未遂、ローエングリーン家のカタリナや白薔薇騎士団のソフィアさんとナヴィさんが乗った馬車を襲おうとした事を考えると罰金刑では軽いとも思えるが…俺を含め当人達も気にしてないようなので問題無いだろう。


 騙された内容を考えると悪党ってわけじゃなさそうだし。


 馬車を襲撃して来た傭兵団はそうでもなさそうだったけど。


「ま、そんなわけで会長のエンビーが居なくなったダイアナ商会は潰れた。今回の一件以外にもあくどい事してたみたいだし、取り潰しは避けられなかったわけだ」


「元々はエチゴヤ商会への嫌がらせから始まってるもんね」


「悪は滅びる運命」


 以上がエチゴヤ商会とダイアナ商会の諍いの結末だ。


 エンビー会長…一度しか会った事のない、縁の無い人物だけど…奴隷落ちというのは少々気の毒に思えてしまう。


 やった事を考えると、この国の法では奴隷落ちは当然なのだが。


「それじゃ、次はそっちの番だぜ」


「大丈夫?寝込みを襲われたりしてない?」


「ジュンから知らない女の匂いがする。また増えた?」


 此処はエチゴヤ商会なのだが此処に戻ったのは俺だけだ。


 俺を送り届けた後、クリスチーナ達の無事を確認したソフィアさんとナヴィさんは溜まってるであろう仕事を消化しに登城した。


 カタリナもアニエスさんに報告に戻った。


 イーナも宣言通りに付いて来たが、レナータさんに幾つかの仕事を言い渡され、王都のレンドン家の屋敷に向かった。


 俺もこの後に魔法道具店『エリザベス』に屍草の納品に行く予定だ。


 以上の事を含め、旅の間の話をアム達にした。


 イーナに俺が男だとバレてしまった事と川に落ちてソフィアさん達とはぐれた事を話すと、アム達は眼をスッと細め――


「まぁた増えたのかよ」


「しかも溺れてジュンに助けられて介抱されるなんて…」


「うらやまけしからん」


 そう言って、アム達は抱き着いて来た。何故か下着姿になって。


「…なにゆえ?」


「上書きだよ」


「わたし達の匂いで他の女の匂いを消さなきゃ」


「ジュン成分補給も兼ねてる」


 二週間も会わなかった分、甘えているらしい。そう言えばクリスチーナが行商人で、その護衛をしてた時も、帰って来た時には甘えに孤児院に来てたな。


「…全然動じねえな」


「最初の頃は照れてたのにね」


「つまんない」


「そもそも御風呂まで一緒に入ってるのに今更…」


「「「それもそうか…」」」


 人間、何にでも慣れる事が出来るんだなぁ…お?


「やぁ、お待たせ…何やら楽しそうだね、私の居ない所で」


 仕事を終えたらしいクリスチーナが入って来た。そして俺達を見て自分も脱ぎだす――


「いやいや。脱がなくていいから」


「それは不公平じゃないかい?私だってジュンとイチャイチャしたいんだが?」


「それよっか仕事は終わったのかよ」


「潰れたダイアナ商会傘下の店舗の買取や従業員の再雇用、他にも色々あったんじゃないの?」


「アレからもう一週間だからね。目途はついたし、あとは部下任せで大丈夫なとこまでは進んだよ。ずっと休み無しだったし、そろそろ休んでもいいだろう?というわけで、ファウ。代わりたまえ」


「やだ」


 元ダイアナ商会傘下の店舗買取に従業員の再雇用?そんな事してたのか…でも、なんで?


「エンビー会長の部下とはいえ、全員が腐ってるわけじゃないしね。それに装飾品と化粧品販売のノウハウは始めたばかりのエチゴヤ商会にはお宝さ。あと逆恨みされても困るし、うちで雇う事で抑えようって面もあるね」


 なるほど。取り潰しになったとはいえダイアナ商会の人間全てが捕まったわけじゃないから、逆恨みに対する予防策は確かに必要だな。


 そして、これにてダイアナ商会関連の出来事は全て終了って事か。


「そうなんだけどね。一難去ってまた一難というやつでさ。ジュン、ユーバー商会は覚えているかい?」


 ユーバー商会…なんだっけか?聞き覚えはあるんだが。


『ほら、アレや。孤児院にスカウトに来てたゼニータとかいうおばはんの商会や』


 ああ、アレか。良くない商売を始めたとかいう噂があって、クライネさんが調べてみるとか言ってた。


 そう言えばどうなったか聞いてないな。


「覚えてるけど、それが?」


「私も孤児院出身だし、従業員に孤児院出身の仲間を雇ってるからね。院長先生から注意と相談を受けていたんだ。それでユーバー商会の情報を集めていたんだけど…どうも連中はジュンとユウに眼を着けたらしい。注意するんだよ」


 俺とユウに?なんでだよ…放っておいてくれよ、もう… 

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