第68話 ヒーローが現れました

~~クリスチーナ~~



「クリスチーナ、入るぞ」


「…ノックくらいしなよ、アム」


 深夜…とまでは行かないけど、店を閉めて夕食も済ませ、残ってた書類仕事を片付けていた時、真剣な表情のアムが入って来た。


 今夜は月も雲に隠れ星明かりも無い、暗い夜だ。


「もしかして…来たのかい?」


「ああ。武装した何者かが店を囲みつつある。正確な数はわからねぇが、カウラによれば五十は居る。更に増えてるってよ」


 最低五十…更に増えてる、か。


 これは拙いね…想定よりも数が多い。


「魔法薬と魔法道具、使うぞ」


「構わないよ。遠慮なく使ってくれていい」


 ダイアナ商会が仕掛けて来る事はわかっていた。


 向こうが雇ったチンピラ…冒険者くずれや何処ぞの傭兵団だろうけど、そいつらをぶつけてくるのも想定内。


 数は想定以上だったけど…私だって何もしなかったわけじゃない。


 こういう時の為に欠損した身体だって治せる魔法薬に魔法使いのように戦える魔法道具、対魔法使い用の魔法道具も用意した。


 如何に数に差があろうとそうそうに負けはしない。


「そうだ、衛兵は?武装した人間が五十も動いてれば気付くだろう。いくら無能な衛兵でも」


「来る気配は無いってよ。買収でもされたんだろ」


 チッ…こういう時の為の衛兵だろうに。


 既に店を囲まれてるなら誰かを報せにやる事も出来ない…仕方ない。


 とにかく、何処ぞの騎士団が気付くまで時間を稼ぐしか無い、か。


 出来ればそれは白薔薇騎士団以外でお願いしたいね。


「こうなったらジュンが此処に居ないのは不幸中の幸いってやつかもな」


「…そうだね」


「…お前、ジュンが心配だから此処に居させたかったんだろ。あのオバサン、ジュンを狙ってたからな」


 …お見通しか。長い付き合いなだけあるね。


 ジュンは強い。白薔薇騎士団も強い。


 ジュンの安全を考えるなら白薔薇騎士団の宿舎に居てもらった方がいいのはわかる。


 だけどジュンを護るのは私でいたい。


 ジュンに傍に居て欲しい…だから私は、ダイアナ商会になんかに負けるわけには行かないんだ。


 しかもこんな…商人のくせに暴力でなんとかしようなんて考える輩なんかに。


「心配すんな。ジュンも店も従業員も、あたいが皆護ってやんよ。ついでにお前もな」


「…私はついでかい?」


「ハハハ…お?」


「アム…カウラが呼んでる。そろそろ動きそう」


「そっか。じゃ、お前は此処でジッとしてな。すぐに終わらせてくっから」


「すまないね…私は戦闘じゃ足手まといになる。君達に全て任せるしかない」


「謝るんじゃねぇよ。こういう時の為に雇われてんだし、あたい達は家族だ。家族は必ず護るぜ」


「吉報を待て」


 アム…カウラ…ファウ…死なないでくれよ。君達に死なれたらジュンに顔向け出来ないからね…




~~アム~~



「たくっ、心配性だよなぁ、あいつ」


「アムは人の事言えない。ジュンが相手なら過保護になる」


「そりゃファウだって同じだろ」


「ん。カウラもそう」


 ま、わかるんだけどな。


 クリスチーナもあたいらと同じなんだ。


 孤児院の仲間達が家族。


 その中でもジュンは特別。


 そのジュンに手を出そうとしたエンビー会長を徹底的に潰そうとした結果、こうやって狙われてるんだけどな。


「待たせたな、カウラ。どんな感じだ?」


 屋根裏部屋で見張りをしてるカウラに状況を聞く。


 カウラはあたい達の目であり耳だ。


 魔獣相手じゃなく人間相手でも斥候出来る。


「さっき一気に二十人以上増えたよ…今じゃ百人越えそう」


「マジ?」


「大マジ」


 百…こっちの約五倍かよ。


 そりゃヤベぇな…こうなりゃ店に多少の被害が出るのは目を瞑ってファウの魔法でドカンと一発やっちまうしかねぇか?


「んん?あれぇ???」


「カウラ?どした?」


 カウラの耳が忙しなく動いてる…あの動きは拾ってる音が沢山あり過ぎて迷ってる時の動きだ。


「カウラ、わかる部分だけでいいから話せ」


「え、えっと…店を囲んでた人達が誰かに襲われてるみたい」


「はあ?!あたいはまだ攻撃命令なんて出してねぇぞ!」


 今回追加で雇われてる冒険者や警備員の指揮する役目はあたいだ。


 正直慣れねぇけど…兎に角、約五倍以上の数がいるのに突撃なんて命令出す訳がねぇ。


 やるにしてもタイミングってもんが…


「ううん…わたし達の味方がやってるわけじゃなさそう…物凄い速さで倒してるし、なんか黒尽くめの鎧がどうとか言ってる。そんな人、居なかったよね、味方に」


 黒尽くめ?全身黒い鎧や兜で身を包んでるって事か?


 確かに、そんな奴はいねぇな…


「てか、それにしちゃ静かじゃねぇか?」


「ん。襲撃されてるならファウにだって聞こえるはず」


 周りの民家の住人だって騒いでねえしよ。


 なんか慌ててる敵が居るのは見えたけど。


「叫び声を挙げる間もなく気絶させてるみたい。姿を見せたと思ったら消えてるって」


「なんだそりゃ」


 気絶?百人以上いる武装した相手に殺さずに気絶させてるってか?


 それも少数…いや、ひょっとして一人で?


 そんな凄腕…王都どころか国中探したっているかどうか…


「もしかして…ジュン?」


「…いや、それはねえだろ」


 ファウの呟きに、あたいも、もしかしたらと思ったけど、ジュンは今頃は遠い山に居る筈だ。


 帰って来るにゃ早すぎる。


「どんどん倒されてる…起きてるの、あと十人も居ないよ」


「どうするの、アム」


「…確認しに行くぞ」


 残り十人以下ならあたいらだけでどうにでもなる。


 例え負けても残った連中で何とかなる筈だしな。


「カウラ、何処だ?」


「えっと…最後の三人がそこの路地裏に居るよ」


「よし…警戒しろよ」


 外に出て、周辺を見る。


 すると、確かに武装したチンピラが気絶してるのが見えた。


 見た感じ、怪我はしてねぇ。マジで気絶させただけみたいだ。


「うっ!」


「な、なにも、うげっ!」


「は、はやっ、かはっ!」


 最後の三人がやられたっぽいな!


 敵か味方かわかんねぇが、一体何処の誰なのか確かめてやんぜ!


『ん?まだ居ったかって…あんたらか。しもたぁ…姿を見られる気無かったのに』


「テメェ、なにもんだ!名を名乗りやがれ!」


 裏路地に居たのは確かに全身黒い…鎧か?


 見た事のない鎧を着た奴…声の感じからして女。


 てか、こいつ……浮いてねぇ?


「…テメェは誰だって聞いてんだよ!」


『…そんな武器向けて怒鳴らんでも。わいはあんたらの敵ちゃうで。むしろ味方やねんで?御覧の通りあんたらの敵をやっつけたわけやし』


 …妙な喋りだな。聞いた事ねぇ。


「…そいつはありがとうよ。礼もしたいし、取り敢えず、その変な兜脱いで顔見せてくんねぇ?」


『礼には及ばんて。ほな、わいは忙しいんで。ここらで御暇するわ。こいつらの処分はまかせたでぇ』


 御暇って…逃げる気か?逃がすかよって…えええ!?


 やっばこいつ浮いてる!いや、飛んでる!


「て、テメェ!一体なにもんだ!せめて名乗りやがれ!」


『名乗り?…そやなぁ……名乗るほどのもんではないけど、謎のヒーロー、ブラックとでも呼んでや。ほな、さいなら』


「あ、ちょっ!」


「……行っちゃった」


「…変な奴」


 ブラックとか名乗った奴はあっと言う間に見えなくなった。


 謎のヒーローって、なんだよ…




――――――――――――――――――――――――


あとがき


フォロー・レビュー・応援・コメントありがとうございます。


残念ながらランキングは落ちて行く一方ですが頑張ります。


これからもよろしくお願いします。

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