第66話 やってくれました

 甘く見ていた。


 カタリナからイーナの事は此処に来るまでに馬車の中で聞いていた。


 イーナのドジっぷりは必ず想定を超えて来る、と忠告もされていた。


 しかし…まさか此処までの事態になるとは。


 俺は…いや、俺達は今…


「う、あっ…」


『マスター…どないするん、これ…』


「どないするって言われてもだな…」


 俺とイーナは今、遭難していた。


『いや、ほんまに想定を遥かに超えて来たな。あれはもうドジっちゅうより不幸を招き寄せてる…疫病神様みたいなもんやで』


「神様が実在するのを知ってるだけあって疫病神も様付けで呼ぶのな」


 何故、俺とイーナ二人だけで遭難しているのか。


 その説明をするには少し時間を遡る…





「見えた。あの村よ」


「奥に見えるのが目的の山っスね。馬車はあの村に置いて、山は徒歩で進む事になるっス」


 片道一週間の旅を終え、ようやく目的の山に辿り着いた。


 道中はカタリナからイーナの学生時代のドジ話を聞いていた。


 校庭での剣術訓練の際、すっぽ抜けた木剣が校舎に激突。腕力の高さが災いして校舎の壁を破壊。


 転んだ時、手に持っていた荷物を放り投げ歴代校長の銅像に直撃。銅像を破損。


 他にも色々あったが…確かにイーナはドジっ娘らしい。


 それも芸術的なまでに。 


「ふぅ…ようやく着きましたわね。…なんですの?ジュンさん。わたくしをジっと見つめて」


「いや、なんでも」


 イーナも山に入るつもりのようだが…大丈夫なのかな。


 貴族であれば最低限の訓練は受けているだろうし、体力にはそれなりに自信があるんだろうけど。


『あ、マスター。ちょいマズいお知らせや』


 なんだよ、急に…まさかクリスチーナ達に何かあったか?


『いんや、そうやのうてな。デウス・エクス・マキナが自動メンテナンス中や。武器や偵察機なんかは使えるけど、空間転移が使えへんで』


 それはタイミングが悪いけど…屍草を探すのはいけるか?


『いけるで。今メンテナンスしてるんは空間系の機能を使う際のパーツの一部調整やから』


 ならば良し。此処で更にクリスチーナ達が襲われなきゃ問題無いだろう。


「ファリダは此処で待機。馬車を預けておいてくれ」


「はい、お嬢様」


 戦闘技能の無いファリダさんは村でお留守番。


 山に入るのは俺、カタリナ、ゼフラ、ソフィア、ナヴイ、イーナだ。


 斥候技能のあるナヴィさんを先頭に山に入る。


「それで探すのは屍草でした?そんなもの何に使うんですの?」


「お呪いや呪いに使うんだってさ」


「…それ、渡して大丈夫なのです?」


 イーナは自分もカタリナと同じように接して欲しいとの事でタメグチになった。


 貴族なのに平民や孤児だからと高圧的でないのは好感が持てる。


「すぐに見つかるといいのだけど」


「この山、奥まで行けばそこそこ強い魔獣が居るっスっからね。屍草は希少だし…簡単には見つからないと思うっスよ」


「あった」


「早っ!」


 ネズミか何かの死骸に生えた植物…間違いなく屍草だろう。


 冬虫夏草は菌類だったが、こっちの屍草は冬虫夏草に葉っぱがついたような見た目。


 冬虫夏草は大きくても手の平サイズだったと記憶してるが、屍草はそこそこ大きい。


 今、目の前にあるのは俺の膝下まではある。


「き、気持ち悪いわね…それ本当に持って帰るの?」


「それが依頼だし…よっと」


 死骸は腐っているので屍草を掴み引っ張れば簡単に抜ける。


 匂いが酷いかと思ったが、一部白骨化してるほど時間が経過してる為か、思ったよりはマシだった。


 ビジュアルは御察しだ。


「うっ…あまり何度も見たいものじゃありませんわね。あと何本必要ですの?」


「最低後二本。あればあるだけよし」


「…後二本でいいだろう。私もあまり何度も見たいと思えないし」


 狩や戦争を経験してないカタリナとイーナにはキツそうだ。


 もっとグロい物を見てるだろうソフィアさん達は平気そうだし。


「ところで今更だけど、イーナは本当に戦えるんだよな。カタリナは何度か冒険に付いて来てるから知ってるけど」


 歩きながらイーナに話しかける。この山は緑豊かで少しばかり雪が残ってる。


 遠くには水が流れる音が聞こえるのでそこそこ流れの速い川もあるようだ。


 


「当然よ!わたくしとて貴族の女!殿方を護るのに必要な技術は身に着けております!」


 イーナは腰に剣を下げているがそれは予備武器でメインは背中にある大槌…ハンマーらしい。


 腕力の高さを活かす為の武器としてはわかるが…戦力としての期待はしないでおこう。


「何ですの、その信用の無い眼は。わたくしの武器はこれだけではなくてよ。わたくしにかかれば…そう!こんな石ころでも強力な武器となるのよ!」


「あ、おい!嫌な予感がするからやめておけイーナ!」


「ふん!」


 カタリナの制止を聞かず木に向かって石を投げるイーナ。


 石は木を貫通、一本では済まず、二本、三本と貫通した所で岩に激突し砕けた。


 腕力だけでやってるんだから大したモノ…てか、よく腕相撲で勝てたな、俺。


「ふふん。どうです?石を投げるだけでこの破壊力…あ」


「「「「あ」」」」


 大穴を開けられた三本の木はゆっくりと傾き、倒れた。


 倒れた木は近くの木に当たって倒れたり、何にもぶつかる事なく倒れたりしたが…三本目の木がイーナが石をぶつけた岩に激突。ヒビが入り、砕けた。


 そして、その岩の裏には…


「げげ!アレはクレイジーバッファッローじゃないスか!しかも三頭!」


「しかも完璧に怒ってる!突っ込んで来るわよ!」


 岩がそこそこ大きく、影になって見えない位置に居たクレイジーバッファローに砕けた岩や木が当たったらしい。


 完全にこちらを敵として認識していた。


『クレイジーバッファローは攻撃されると相手を仕留めるまで狂ったように暴れ回るんや。怖いのは額の角を使った突進攻撃で、途中にあるものは岩だろうが木だろうが全部ぶっ壊して突っ込んで来るで』


 そしてそこそこの巨体だ。四足だし、馬ほどじゃないが速い。


 普通の人間には十分脅威となる存在だが…ふふふ…フハハハハハ!


 遂に!遂に来たんじゃない?!俺Tueeeeeの瞬間が!って、うおおお!?


「此処は一旦逃げるっスよ!」


「場所が悪いわ!此処じゃ戦いにくい!開けた場所を探さないと!」


 剣を持って前に出ようとする俺の手を持ってソフィアさんが引っ張り走り出した。


 全員がそれに続き走る。


 いや、大丈夫なんで離してくれませんかね?


「全く!だから止めろと言ったんだ!」


「ご、ごめんなさい~!」


「お嬢様!舌を噛みますよ!御話しは後で!」


 皆、全力で走るが此処は山の中。


 障害物にぶつかりながら走ってるのにクレイジーバッファローの方が早い、直に追いつかれ…ん!?


「よし此処なら…が、崖!?」


「これは…戦うしかないっスよ!」


 少し開けた場所には出たが、背後は崖。


 これはもう戦うしかない。そして遂に念願の俺Tueeeeeの時が!


「来るっスよ!」


「この突撃を躱したら反撃!運が良ければ自分から崖に落ちてくれるわ!」


「いいえ!此処は責任を取ってわたくしが!ぶべっ!」


「イーナ!?お前はこんな時にまで!」


 迎撃しようと前に出ようとしてイーナが転んだ。そこへクレイジーバッファローが突っ込んで来る!


 ああ、もう!仕方ないなあ!


「捕まれ!」


「いたた…きゃあ!」


 イーナを掴んで抱き寄せ跳ぶ。しかし、跳んだ先は…


「崖ぇぇぇ!?」


「きゃああ!」


「あ、ジュ、ジュン君!」


「ジュン!イーナ!」


 くっ!どうする!いや、魔法で飛べば簡単に!


「ああ…これは助かりませんわね。ジュンさん、来世では必ず結婚しましょう」


「いや、簡単に諦めるな!助かるから!って、うおお!?」


『『『ブゴオオオ!?』』』


 上からクレイジーバッファローが!?お前らも結局落ちるんかい!しかも逃げ場塞ぎやがって!


「だああ!もう!絶対に手を離すなよ!」


「はい。せめて死ぬ時は一緒に…」


「だから簡単に諦めるなって、うっ!ゴボボボボ!」


 そうして、俺とイーナは落ちて行き…崖下の川の中へ落ちたのだった。

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