第64話 何事もなく…とは行きませんでした

 急遽イーナから申し込まれた勝負に、一宿一飯の恩義から受ける事になり。


 食事が終わり、さぁ始めましょうかとなった。


「わかりました。何処でやります?訓練場とか?」


「いいえ。勝負の内容は腕相撲。このままこの場で出来ますわよ」


 腕相撲?そりゃテーブルあるしこの場で出来るけど…もっと別の勝負が出て来ると思った。


 剣とか格闘技とか魔法とか。


 それにドレスの上からだけど、腕力に自信が持てるような腕に見えないけどな。


「やっぱり、か…ジュン、イーナは腕力が人並外れて高い。そういうギフトを持っているんだ」


 あ、あー…そういう事か。なるほどねぇ。


 カタリナのギフトは握力が人並外れて高い。イーナは腕力。


 ギフトの能力も似てる、と。だからイーナはカタリナを意識しちゃってライバル視するようになったと。


 そういやカタリナから握力勝負を挑まれた事があったなぁ。


 やる事も似てるって事ね。


「ふふ。そういう事です。まさか一度受けた勝負を降りるなんて、女らしくない事は言わないですよね?カタリナが認めた方なら」


 なんか急に小者臭が。まぁ、いいんだけどさ。


 ギフトで腕力が人並外れて高いと解ってるなら、俺も最初っから身体強化魔法ONでやるだけだ。


『カタリナの時も身体魔法つこてたな、そういや。でも、今回は別になんも賭けてないんやし、そんな本気にならんでもええんちゃうの?』


 そうだけど、やっぱり負けるのは嫌だし。やるからには勝たねば。


「こちらの準備はよろしくてよ。始めましょうか」


「あ、はい」


 食堂のテーブルでやるのかと思えば、いつの間にか小さな机が運びこまれていた。


 手際の良さから察するに、こういうの何回もやってますね?


「うふふ…最初から全力を出す事を御薦めしますわ」


 カタリナとやった握力勝負と違って腕相撲は明白に勝敗が決まるからな。


 そういうギフトの持ち主なら最初から全力じゃないと一瞬で負けてしまう。


「では審判はあたしがやるっスよ。腕を組んで~…レディ…ゴー!っス!」


「ふっ!…………え?」


「私の勝ち、ですね」


 ふっふっふっ。カタリナと勝負した時より身体強化魔法は磨きが掛かってるし、素の腕力も上がってる。


 ギフト頼りの小娘なんぞに負けんわ!ハーハッハッハッ…………は?


「う、ふぐっ………こ、これで勝ったと思わないでよね!覚えてなさい!うわぁぁぁぁん!!」


「え、ええ~…」


 負けたイーナは泣きながら走り去ってしまった。そしてそれを追う従者の方々。


 これも昔、似たような光景を見たなぁ。


 そんな意味を込めてカタリナを見ると…


「やめてくれ…自覚はあるから。だからアイツが苦手なんだ…」


 ああ…昔の自分に似てると自分でも解ってるからいたたまれないと。


 自分の黒歴史を見せられてるようで嫌なんだな…それは無理もない。


「驚いたわね。まさかギフト持ちのイーナが負けるなんて。カタリナさんに負けたと聞いた時も驚いたけれど」


「え?カタリナも勝ったのか?腕相撲で」


「あ、ああ…一応な。腕力で勝ったとは言えないと思うが…」


 なら何で勝ったのかと言えば握力で勝ったらしい。


 腕相撲で勝負となると相手の手を握るわけだが腕に力を籠める際、つい全力でイーナの手を握ってしまい。


 瞬間的にイーナの手の骨はバラバラの粉砕骨折。痛みの余り腕から力が抜けて、カタリナが勝った。という事のようだ。


「その後も色々と勝負を吹っ掛けられてな。ずっとライバル視されてるんだ」


「むしろ、そんな事があっても挑む事が出来る精神力を褒めてあげたい」


 そりゃ魔法ですぐに治せたんだろうけどさ。


 手の骨全部砕けるとか相当な痛みだったろうに。トラウマになってもおかしくない。


 素晴らしいガッツだと思うぞ。


「ふうん…確かに優秀な子なのね。ローエングリーン伯爵やレーンベルク団長が目をかけるのもわかるわ。一応聞いておくけど、レンドン家に仕える気は無い?」


「ありません。私は冒険者をやっていきたいので。お誘いには感謝します」


「そうよね。ローエングリーン伯爵の手紙にも、そんな事が書かれていたわ。勧誘しても無駄だろうって。でも気が変わったら言ってね」


 と、レンドン伯爵からの有難いお誘いは御断りして余興は終わり。


 風呂の用意も出来てるからどうぞと案内された。


「で。まさか此処でも一緒に入るつもりですか」


「当然よ。チャンスは全て逃さないわ」


「むしろ一緒に入らなきゃフォロー出来ないじゃないっスか」


 もしもレンドン家の使用人なんかが背中を流すと言って入って来たら?その場で男だとバレる。


 だから自分達も一緒に入ってフォローするんだ、と。そう言いたいらしい。


 もっともな言い分ですけど、欲望が顔に出てますからね?


「いいから先に入れ。私達もすぐに入るから」


 最初は恥じらいを見せていたカタリナも、もう慣れたのか平然と一緒に風呂に入る宣言。


 肉食系な女子ばかりに囲まれた中で恥じらいを持つ貴重な存在だったのに…誰が彼女を変えてしまったのか。


『マスターやろ。間違いなく』


 ナンデヤネン!


 わいが何したっちゅうねん!


『ええから早う入りぃや。待たせてるんやで』


 …どうせ裸で入って来るんだろうに、何故今更別々に浴室に入るのか。

 

 いや、ソフィアさんとナヴィさんとは今回が初めてか。


 でもナヴィさんはもう裸見せてるのに、今更照れるとかないだろ。


『せやのうて。マスターが裸見られるんは恥ずかしいやろって事で、マスターに気ぃ使ってるんやろ。この世界の男は女と風呂に入るなら胸までタオルで隠して入るんが普通やで』


 え~…………いや、そう言えば以前も同じような事言ってたな。


 じゃあ神子セブンはまだしも、マイケルや、おっさんことユーグまで胸までタオルで隠して風呂に入ってると?


『そやで。って、想像したら気持ち悪いな』


 だな。やめよう。この話題は止めよう。大人しく風呂に入ってやり過ごそう。


 で、風呂に入って来たソフィアさん達を拝みつつ、理性が崩壊する前に先に上がったのだが…………


「ちょっとカタリナ!御風呂に入るなら、わたくしも誘い……え?」


「あ」


 脱衣所でイーナと遭遇してしまいましたとさ。


 チャンチャン……じゃなくて!拙い事になったんじゃないのこれ!

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