第55話 見たくない物を見てしまいました

「………話はわかりました。わかりましたが…ローエングリーン伯爵」


「情状酌量の余地はあれど、今回は完全にローエングリーン伯爵の失態ですよ」


「…わかっている。ぬ、くくっ…」


 おっさんとイオランタ侯爵が帰った後。再び関係者…昨日と同じ面子が集まって対策会議が開かれた。


 全員が集まるまでの数時間。アニエスさんは部屋の中央で正座を続けさせられていた。


 俺は一時間くらいでいいと思ってたんだが、カタリナが許さなかった。未だにカタリナは御冠なのだ。


「な、なぁ…カタリナ?もうそろそろいいだろう。これじゃ、ちゃんと話せない…ああぁ!」


「ここか、ここがええのんか」


「いいぞ、ファウ。もっとやれ。好きなだけやれ」


 アニエスさんの脚をつっつくファウとそれを煽るカタリナ。


 ファウはどこでそんなセリフを覚えて来るんだ。


「…伯爵様へのお仕置きは後にしましょう。今は今後の対策を決めなくては」


「い、院長先生…?お仕置きはこれで終わりでいいのでは…」


「お母様にお仕置きの終了を決定する権利はありません。…ですが、院長先生の言う通りですね。先に対策を考えなくては」


 対策っつってもなぁ…用事が会って会えないってするか、覚悟決めて会うかの二択じゃないの?


『せやなぁ。一応禁断の三番目の選択肢もあるっちゃあるけど?』


 …それってもしかしてイオランタ侯爵とおっさんを排除しちゃうとか?


『そんな物騒な。せやのうて、マスターがイオランタ侯爵かおっさんの誘惑に乗ってワイアン王国に行くっちゅう選択肢がやな』


 却下!却下却下却下!イオランタ侯爵もおっさんも願い下げだわ!特におっさんの誘惑に乗るとかありえんだろが!俺にそっちのケは無い!


『ま、せやろなぁ。で、実質一択やと思うで?』


 一択?何でよ。会うか、会わないかの二択とちゃうのん?


『いや一択やろ。何でかは…ユウか、クライネ辺りが説明してくれるんちゃうか』


 ユウとクライネさん…この中でも知性派の二人か。


 しかし…一択?まさか会うしかないって言うんじゃないだろうな。


 俺的には会わないって選択を選びたいんだが。もうあのおっさんに振り回されたくない…


「…ジュン君には会ってもらうしかないでしょうね」


「お兄ちゃんには会ってんもらうしかないね…」


「クライネさん!?ユウ!?」


 しかし、二人は会えと言う。ナンデヤネン…俺が男として会ってどないなるっちゅうねん。


「お兄ちゃんは会いたくないだろうけど…」


「会うしかないんですよね…」


 どういう事かと言うと。


 前にも言ったがこの世界の男は基本的に仕事をしていない。仕事をしている男なんて神子か王族の男くらい。


 後は子作りくらいしかしてない…つまりは暇なのだ。二日もあれば人に会う時間くらい簡単に作れるのが普通。


 つまり、忙しいと言って断る事は難しい…というより無理があるという事。


 そしてカタリナの婚約者という事はそれなりの身分という事で、尚更働いてるのはおかしい。


 神子はありえないし、王族の男子はジーク殿下一人。殿下はまだ婚約者が居ないと発表されてるし外務大臣のイオランタ侯爵なら知ってる筈。


 故に、会うしかない、と…二人は言うわけだ。


「でも…本当の事言う必要もないんじゃ?病気中とか、あ、旅行中とか!」


「ローエングリーン伯爵が本人に聞くって言ってしまったんですよね?」


「「あ」」


 アニエスさん…逃げ道も塞いでしまってますやん。どないしてくれはるんどすか。


「…偽の身分を用意するしかないですね」


「顔を隠す…のは不自然だから変装をして、服装を貴族っぽくして」


「あっ!変装ならちょうどいい物がありますよ。神子様に支給される魔法道具に変装用の物があります。それを使えばお手軽に変装出来ますよ」


「ちょっと、ジーニ。それって問題にならないの?神子専用なんじゃないの?」


「いいのいいの。今はノイス支部は神子様不在だし。一日貸し出すくらい、黙ってればバレないわよ」


 …このメンツの前で堂々と不正を宣言…しても誰も何にも言わない所を見ると、院長先生以外は問題視してないんスね。


「後はイオランタ侯爵の弱味を握っておきたいですね」


「よ、弱味?まさか脅すの?いくらなんでもそれは…」


「念の為だよ、ピオラ先生。それにお兄ちゃんを護る為なら全ては正当化されるの。だから問題無いの」


「そうね。問題無いわね」


 あっさり頷くんかーい!ピオラもユウの影響を受け…いや、ユウがピオラの影響を受けてる?


 どっちにしろ、海の向こうの国の貴族であるイオランタ侯爵の弱味なんて、実質明日一日だけの時間で握れるとは…


「私もイオランタ侯爵の弱味を握るのは賛成だがね。時間が無いんじゃないかい?」


「外国の人間だもんなぁ…宿泊先に押し入る訳にもいかねぇだろうし…ところであのおばさんはどこに泊まってんだ?」


「おばさん…アム、それ本人に言っちゃダメよ?イオランタ侯爵は王城に宿泊してるわ。今日までの予定だったけど延泊を申請して、あっさりと許可されてた。だから宿泊先に忍び込んで情報を探るのは無理ね」


 やはり弱味を握るのは現実的じゃない、か。さてどうしたものか…


「…外務系貴族に当たってみるしかないですね」


「そうね。何か情報を持ってるかも…ローエングリーン伯爵」


「わかった…私の方で当たってみる。あ、ちょっ、い、いい加減止めないか、ファウ!」


「やだ」


「止めなくていいぞ、ファウ」


 あと考えるべきは…俺の偽の身分、設定か。孤児院出身のままじゃ拙い…よな?


「偽の身分に関しては私達で用意しましょう。本当はローエングリーン家で用意してもらった方がいいんでしょうけど…」


「今頃ローエングリーン伯爵家の係累は調べられてるかも…いや、ユーグと結婚するつもりなんだから調べてると考えるべきだな。そうでなくとも貴族の男子はどこの国も欲してるから情報は集めてる筈だしな。そちらが用意した方がまだ誤魔化しが効くだろう…………ぬあああああ!」


「うりうり」


 ……ファウって意外とSなのかな。


 今日の話合いはそこで終わり。イオランタ侯爵と会うのは明後日になった。


 解散となったのでローエングリーン家で借りてる一室のベッドの上で明後日の事を考える。


 あっさり俺に…カタリナの婚約者に会っておっさんとイオランタ侯爵がどうするつもりなのかわからないが…会ってそれで終わり、とはならないんだろうなぁ。


 いや、カタリナの婚約に関してイオランタ侯爵が口出しする権利なんて無いんだが。


 おっさんも十年以上ほったらかしだったわけだし、アニエスさんとは結婚もしてないんだし。


 しかし、念の為にイオランタ侯爵の弱味は握ってたいのも確かなんだけど…明日一日じゃ何も掴めないだろうなぁ。


 やはりワイアン王国で探りを入れない事には。しかし、時間が無いし…


『そんなに不安なんやったらわいが行ってこよか?パパッと行って帰って来るで』


 え?行って帰って来るって…ワイアン王国に?行けるの?


『ほら、アレやアレ。デウス・エクス・マキナの偵察能力。アレを飛ばせばええんや』


 …ここからワイアン王国まで飛ばせるのか?バレないんだよな?


『当然や。そうでなきゃ提案せんて。偵察やからマスターも様子…画像を見る事が出来るで。試しに王城に居るイオランタ侯爵のとこに飛ばしてみよか』


 お、おお…凄いな、デウス・エクス・マキナ。神様が作っただけはある。


『かなりの速度出せるから、本気出せばワイアン王国まであっちゅう間に着くわ。ほな、飛ばすで。窓開けてぇや』


 窓を開けると光の球が異空間から出て来て王城の方に飛んでいく。王城ならばそこらの貴族屋敷よりよほど厳重な警備がある筈だが、まるで問題無いらしい。


『もう着いたで。映像出すから驚かんようになぁ』


 速い。この屋敷から王城はデカいから見えてはいるが歩いて行けばニ十分くらいかかる距離にある。


 それをほんの数十秒で到達してしまった。


『音声も拾えるから流すけど、夜中やからボリュームは小さく…ん?』


 空中に出されたスクリーンに映った映像には…イオランタ侯爵とおっさんが。


 しかし、これは…もしかして、もしかしなくても…


『あっ、あっ、ああ…す、素敵よ、ユーグ!あっ、ああ!』


『リズ!リズ!』


 …メーティス!消しなさい!


『あ、はい…いや、こんなん映す気は無かったんやけど…まさかの場面にまさかのタイミングで偵察してもうたな』


 ほんとだよ…おっさんのあんな姿、見とうなかった…


『ま、まぁ、これで性能はわかってもらえたやろ、うん。気ぃ取り直して本命の偵察。ワイアン王国に飛ばすでぇ』


 頼むよ、ほんとに…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る