第54話 失言でした

「な、何怒ってるのアニエス…ほ、ほら笑って!アニエスには笑顔が似合うYO!」


「やかましい!何が合同結婚式だ!今更私がお前と結婚すると思うか!」


 おっさんのあんまりな提案に客人の前で本気の怒りを見せるアニエスさん…無理もないけど、怒りのあまりにやらかさないでくださいよ?


「だ、だってアニエスは僕を愛してるでしょ?僕もアニエスを愛してるし!」


「貴様…十年以上も私とカタリナを放っておいてよく言えるな。私はお前が何処に居るのかすら知らなかったぞ」


「し、仕方ないじゃないか…僕ってモテるし…色んな所に行って来たしさ…あ、わかった!アニエスはヤキモチ焼いて、痛っ、いたたたた!」


「次に巫山戯た事ぬかせばこの鼻を引き千切るぞ」


 イオランタ侯爵の前だからか、殴りはしなかった。

もし身内だけだったら…おっさん死んでたんじゃないかな。


「もういい。貴様など知らん。何処へなりと行くがいい。此処にはもう来るなよ」


「そ、そんな…何怒ってるのアニエス!僕が悪い事したなら謝るから教えてよ!」


 心底わからないと言った表情で喚くおっさん。


 未だそんな事言ってるようじゃ何言っても無駄だろうなぁ。


「貴様には愛想が尽きた。それだけだ。イオランタ侯爵、この通りの大馬鹿者だが宜しく頼みます」


「…ええ」


 イオランタ侯爵も合同結婚式なんて言い出したのは呆れたのか怒ったのか。


 少し不機嫌そうに…いや、何処か興味無さそうに応えていた。


 何だろう…さっき迄と違っておっさんに対する執着が薄れてるように見えるが。


「アニエス…何なんだよ!アニエスは僕が居なくても平気なの!?」


「だから十年以上も会わなかったのに、今更だろうが。それに私は私で新しい恋をしている。私の事は忘れるんだな。私もお前の事は忘れるから」


「あ、新しい恋?…新しい恋だって?」


 ……それって俺の事じゃないですよね?チラチラとこっち見ないでくれます?


『どう考えてもマスターの事やろ。そういやこのおっさんもマスターに求婚して来たし、ある意味似た者同士やなぁ』


 …確かにな。おっさんは俺に抱かせろと言ったのであって求婚ではないが。


 しかし、アニエスさんや?話しが妙な方向に進みつつある気がするんですが?


「ど…どこのどいつだ!僕からアニエスを奪おうだなんて!絶対に許さないぞ!」


「…あ」


 ようやく話しが拙い方向に進んでるとアニエスさんは自覚したらしい。


 そうですよ、そのまま話しが進めば俺の存在に言及する事になるじゃないですか。


「……安心しろ。お母様は私の婚約者に色目を使ってるだけだ。お母様は全く!全然!これっぽっちも!相手にされてないし脈は僅かたりとも!無い!から!」


「カタリナ!?」


 俺自身は全く口出ししてないのに話しがどんどん拙い方向に…カタリナの婚約者って誰よ?俺は婚約した覚え無いぞ。


「な、なんだ、そっか。あー、良かった…とはならないよ!?カタリナに婚約者が居るとか聞いてないんだけど!?それに娘の婚約者に色目使うって何!?」


 おう…一転しておっさんが常識的な事言い出したぞ。


 おっさんが気付いてないだけで特大ブーメランなんだが。


「それに関してはお前にとやかく言う資格は無い。昨日まで帰って来なかったお前に伝える術など無かったのだしな」


「う、うぐぐ…」


「さぁ、もういいだろう。お前はお前で――」


「あ、会わせてよ!」


「「はあ?」」


 本日二度目の母娘のハモリ。


 会わせろって、誰に?まさかカタリナの婚約者に?


 それってつまりは俺に?


「…無理だ。相手にも都合がある。今、直ぐには難しいだろう」


「あ、会わせてくれるまで帰らないよ!いいよね、リブ!」


「良い訳が…」


「勿論構わないわ。私もカタリナさんの婚約者に興味があるもの」


「イオランタ侯爵!?」


 興味があると言ったイオランタ侯爵の顔…なんか昏い微笑みに見えたが…なんだ、この人。


 何故カタリナの婚約者に興味を持つ?


『ひょっとして、アレちゃうか。他人の男を奪うのが好きって奴』


 NTR?NTRが好きだと?つまりはカタリナの婚約者を奪おうって?おっさんが居るのに!?


 あ、いや…だからか?アニエスさんがおっさんを突き放すような事を言ったから興味を失った?


『いや単なる推測やし、確定やないで?でも確か、おっさんが五人目の男で初の結婚なんやろ?こんだけ美人で外務大臣なんて重鎮、しかも侯爵。少なくとも今まで結婚出来へん、或いは結婚せんかった理由はあるやろな、と』


 それがNTR…略奪愛が大好きだからと?有り得そうで怖いな。


 そして、その矛先が俺に向かって来そうで恐いな。


「でも待てて明後日…二日だけですね。でも、それだけあれば、少し会うくらいの時間は作れるでしょう?」


「い、いや…本人に聞いてみないと、何とも…」


「それにユーグはカタリナさんの父親。父親が娘の婚約者に会いたいって、普通だと思いますけど。違いますかしら、ローエングリーン伯爵?」


「……」


 もう会ってます…と、言えるわけもなく。かと言って連れて来るとも言えず。


 そして会わせないのもおかしいと逃げ道を塞がれ。


 どうするべ、この流れ……今、この場で言える事は精々…


「…わ、わかりました。本人に聞いてみます。結果はこちらから連絡しますので、今日の所は…」


「ええ、楽しみにしています。では失礼。ユーグも行きましょう」


「う、うん…あ、実家にも行く?」


「あら、良いわね。御義母様や義姉様ともお話したいわ」


 そんな会話をしながらイオランタ侯爵一行は去り、おっさんは着いて行った。


 …男爵家にいきなり他国の侯爵で外務大臣な重鎮が来るとか、軽く嫌がらせだと思うんだが。大丈夫かな。


 いや、それよりも、だ。


 考えるべき大問題が一つ。


「取り敢えず、アニエスさん」


「…はい」


「正座」


「お母様、正座」


「…はい」


 自分の失言が原因だとわかっているアニエスさんは素直に従った。


 アニエスさんに正座させても何も解決しないが…どうするべか…

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