第53話 予感は的中しました
「よく来てくれました、イオランタ侯爵」
「急な訪問に関わらず快く迎え入れてくれた事、感謝申し上げますよ、ローエングリーン伯爵」
おっさんがやらかした翌日。十時ちょうどにイオランタ侯爵御一行はやって来た。
先頭を歩くのがイオランタ侯爵。
彼女は一見、穏やかそうに見える。ウェーブのかかった長い茶髪で、ボディラインを強調した服装。
おっとりとした雰囲気とは裏腹に自信に満ちた表情。
自分によほどの自信があるのだろう。
そして彼女が連れて来た護衛の騎士三名と侍女二人。
これでアインハルト王国に来た全員…ではなく、恐らくは船に何人か残してるんだろう。
それとアインハルト王国側からの護衛として白薔薇騎士団員が四名。
流石に団長のソフィアさんに副団長のクライネさんが付く事は無かったようだ。
「いやいや。イオランタ侯爵ほどの客人を迎える機会など、そうはないですから。家臣達も気合を入れて準備してましたよ」(訳 急ってわかっとるんなら、もうちょい配慮せぇや!家臣共が倒れたらどないしてくれるんじゃ!)
「それはそれは。家臣の方々には感謝しなければなりませんね。でも私としても急なお話でして。夫が急にあんな事言う物ですから」(訳 頑張ったのは家臣でお前とちゃうんやろが!偉そうにすな!わてかて来る気無かったけどあいつがアホな事言うから来たんやろがい!)
「フフフ」
「オホホ」
和やかに話してるように見える二人の背後に仁王像が見える気がする…もしくはスタ○ド?
いや、どっちもこの世界に無いけどさ。
「…ところで私の夫はどこでしょう?」
「…別室で着替をしています。久しぶりに娘と再会して興奮したんでしょう。中々寝付けなかったようです。直に来ますよ」
嘘です。昨晩アニエスさんがイオランタ侯爵の前でこれ以上余計な事を言わないように説いた(物理的に)結果、寝坊しただけだ。
「おまたせ!リブ!」
「ああ、ユーグ!」
ノックも無しに入って来たおっさんと抱き合うイオランタ侯爵。
この場にはカタリナも居るんだが…元恋人と実の娘の前で、よくもまぁ…
『あのおっさんはアニエスと別れたつもりは無いんやろ。My妻とか言うてたし』
ああ、そっか…あくまで新しい女を迎え入れただけの感覚なのか…あのおっさんは。
「それで、貴方が気に入ったというのはどの子?貴方が気に入るからには相当に美しいのでしょ?」
抱き合いながら会話していた二人はようやく本題に入った。
アニエスさんに言われたと思うが、すんなり諦めてくれよ。
「ああ、それはね、えっと…おお!」
「ん?」
何でまた初めて会った時と同じ反応をする?
あっ、嫌な予感が…
「なんて美しい!是非、僕と子作りを―――ぷぎゃあああああああ!」
「貴様は本当にどうしようもないな!」
「ジュンに関しては諦めろと散々言ったろうが!」
このおっさん…まさか化粧しておめかししてるから俺だとわかってない?
いや、それでもこの状況で言っていいセリフじゃないだろうに…
「ちょっ、ちょっと貴女!私の夫に何してるの!」
「この男は私の父です。不本意ながら、血縁上は」
「む、娘?貴女が…ならローエングリーン伯爵の?」
「はい。ご挨拶が遅れました。カタリナ・リーニャ・ローエングリーンと申します。以後お見知りおきを」
「え、ええ…って、それより早く離しなさい!」
昨日とは違い、直ぐに手を離すカタリナ。
流石に外国の要人の前では…いや、既に十分無礼な事してるか。
「いたた…もうっ、カタリナはヤキモチ焼きさんだねっ」
「――」
「待った、カタリナ。どうどう」
おっさんにヤキモチを焼いているかのように言われ無言で手を出そうとするカタリナ。
話しが進まないから我慢なさい。
「ええっと…それで、結局件の女性はどなたで?」
「あ、はい。私です」
「ええ!君が昨日の子だったの!?」
本気でわかってなかったんかい…顔見りゃわかるだろうに。
「ふぅん…確かに美人ね。お話は聞いてるかしら?」
「はい。昨日、アニエスさん…ローエングリーン伯爵様から」
「なら、お返事は?」
「お断りします」
俺の返事を聞いたイオランタ侯爵はどうでもよさそうに「わかったわ」と言い、おっさんの方は「ええ〜」と項垂れる。
いや、おっさん。あんたアニエスさんに散々わからされたんとちゃうんかい。物理で。
「残念だったわね、ユーグ。それじゃ御暇しましょ。帰る前に寄りたい場所もあるし。帰ったら忙しくなるわよ」
「お待ち頂きたい、イオランタ侯爵。ローエングリーン家に来て頂いたのに手ぶらで帰すのも悪い。土産の品を用意したので受け取って欲しい。おい」
「はっ」
アニエスさんの指示で女執事さんが隣室に行くとクリスチーナが入って来る。
後ろにはエチゴヤ商会の商品を乗せた台車を押すアム達が……ん?
「これは美しいお嬢さん!是非、僕と子作りを、ぎぃやああああ!」
「貴様には節操という物が無いのか!」
「ついでに学習能力も無いな!もう貴様は黙って座ってろ!」
今度はクリスチーナにアプローチするおっさん…クリスチーナも予想外過ぎたのだろう、固まってしまっている。
「おい、クリスチーナ。動け動け」
「あ、あぁ…すまない、アム…んんっ。お、お初にお目にかかります、イオランタ侯爵様。私はクリスチーナ。エチゴヤ商会の会長をしております」
「あら、エチゴヤ商会?」
「イオランタ侯爵がエチゴヤ商会に興味を持ってると耳にしましてね。偶然にもクリスチーナ会長は娘のカタリナの友人。こちらで声をかけさせてもらったわけです」
「他所では扱っていない商品もありますし、まだ販売していない商品もお持しました。どうぞ、近くで手に取ってご覧ください」
「まぁまぁ!確かに私が知らない物があるわね!これは何かしら?」
「流石お目が高い。こちらはマニキュアと言って、まだ販売前の新商品になります。使い方は―――」
貴族嫌いではあってもやり手商人のクリスチーナ。
マニキュア以外の品も丁寧に、興味を引くように、イオランタ侯爵をおだてながら説明して行く。
全て終わる頃にはイオランタ侯爵は御満悦顔だ。
もうすっかり俺に興味は無さそうだ。
「素晴らしい贈り物をありがとう!このマニキュア?は新しい色が出たら送って貰いたいのだけど可能かしら?」
「そうですね…海を越える必要がありますので時間は掛かりますが最優先で送らせて頂きますよ、イオランタ侯爵様」
「ありがとう!またアインハルト王国に来た時には貴女のお店を贔屓にさせてもらうわね!」
このように上機嫌。このまま行けば無事に終わる。
終わるかなぁ…終わって欲しいなぁ…
『マスター…それフラグって言うんやで』
知っているなら突っ込むんじゃないよ。
「良かったね、リブ」
「ええ!あっと…もういい時間ね。そろそろ王都を出ないと」
「もう?折角故郷に帰って来たんだし、もう少し居たいなぁ」
「仕方ないわ。私だって忙しいのだもの。結婚式の準備もあるし」
「そっかぁ……あ!そうだ!アニエスも結婚式挙げよう!…YO!」
「「はあ?」」
おっさんの提案に心底わからないといった顔で頭を傾けるアニエスさんとカタリナ。
勿論俺もわからない。
「何言ってるんだ貴様は」
「だってさ、アニエスとも結婚式挙げてなかったよね?僕の初めての恋人、妻なのに…随分待たせちゃったよね!だからさ、ワイアン王国で合同で式を挙げない?そしたらまだ一緒に居られるしさ!あ、ついでに君達もおいでよ!結婚式に参列して欲しいしさ!」
心底名案だとばかりに話すおっさん。
そして凍る空気と止まる時間。
動き出したのはアニエスさんの怒号の後だった。
「ブチ殺すぞ!この大馬鹿が!」
――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
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