第48話 まだ帰ってませんでした
「――以上だ。今日は此処までにするか」
「…はい」
…疲れる。いや、疲れた…貴族のマナーなんて俺に必要だろうか?
『冒険者として有名になったら貴族と直接やり取りする事もあるし。習っといて損はないって話になったやん』
そうなんだけどね…アニエスさん達は明らかに俺が貴族になった時を想定してない?
俺は最低限で良いって言ったのに。
『そらアノ人らにしたらなぁ。マスターと結婚するんが目的やねんし。丁度ええ機会や思うたんやろ』
何故、貴族のマナー等を習う事になったのかと言うと。
先日の風呂場で世の中の男の普通の暮しとはどんな物かを教えると言われ、実際に教わったのだが大して時間は掛からず。
ならば貴族のマナーを習うかとアニエスさんが言い出したので習う事にしたのだが…これが面倒くさい。
実に肩が凝る。最初はアム達も習っていたが一時間で投げ出した。
だが俺以外に習ってる人物がもう一人いる。
クリスチーナだ。
「私も最低限のマナーは知っているつもりだけれど、貴族のマナーは習った事がないからね。貴族は嫌いだけど、商会が大きくなれば、どうしても関わるようになるし…良い機会だから私も学ばせてもらうよ」
と、時間を作ってはローエングリーン家に足を運んでいる。
ダイアナ商会とやりあってる最中だというのに、そんな暇あるんだろうか?
そのまま聞いてみたが、なんら問題無いそうだ。
「白薔薇騎士団が味方なのは大きいからね。貴族に頼るのは癪だけど…精々利用させてもらうさ」
「悪ぶった物言いしてるけど、内心では感謝してるのがクリスチーナだよね」
「………………勿論、そうともさ」
その長い間はなんだ。あと、何故目を逸らす?
「と、兎に角、ダイアナ商会とは近い内に決着がつく。だけどエンビー会長はジュンを狙っていたからね。注意しておくんだよ」
起死回生の一手として、俺を誘拐するなりして手中に収め交渉してくるかもしれない。
そう危惧しているらしい、クリスチーナは。
「それは大丈夫だよ。誘拐なんてされたりは―――」
「誘拐されたから、現状があるってわかってるよね?」
「……」
反論出来ない…茶番だったとはいえ誘拐されたのは事実。
それなのに次は誘拐されないなんて言っても説得力か無いわな。
「さて、夕食の前に風呂にするか」
「待ってました!」
「早く行こ!」
「最近一番の楽しみ」
「勿論、私も入らせて頂くよ」
「……」
全員での入浴は初日から続いていた。
初日に入浴しそこねたクリスチーナは涙目になりながら悔しがり。
二日目からはかなり無理をして仕事を終わらせローエングリーン家に通っている。
俺は朝から冒険者の仕事をし、夕方には戻って来てマナー講義をアニエスさんから受ける。そして風呂に入ってから食事。
これがローエングリーン家に来てからの一日の流れになっていた。
今日が四日目。明日も今日と同じ流れだろうと考えていた矢先。
エロース教の司祭様がローエングリーン家を訪ねて来た。
ローエングリーン家にではなく、俺に用があるらしい。
「こんばんは、ジュン君。夜分にごめんなさいね」
「いえ、まだ寝る前ですし。それより何かありましたか?」
正直、エロース教の司祭様が急に会いに来るって良い予感がしない。
何か悪い事が起こったとしか思えないのだが。
そしてそれは皆同じ考えなのだろう。アニエスさんにカタリナ。クリスチーナ達も同席していた。
「悪い事…かどうかはまだなんとも言えないのだけど…神子様がね、会いたがってるの」
「…神子様が?誰にです」
「勿論、ジュン君に」
……なんで?マイケルの後任の神子は二人ほど来たが二、三年赴任したら異動して今はノイス支部の神子は空席。
その空席が埋まったか?
でも、前任の二人の神子とは顔合わせなんてしてないし、俺が会う理由も無い。
孤児院も出た今になって、なんで今更?
「そうじゃないの。新しい神子様が赴任して来たわけじゃなくて、臨時で来てる神子様がいらっしゃるでしょう?」
「もしかして…」
神子セブン?なんであの人達が俺に会いたいと?
「それは教えてくださらないの。兎に角、あの時あの場に居た黒髪のどえらい別嬪さんに会わせろって、さっき突然言われたの」
まだ帰ってなかったのか、神子セブン。
神子セブンは司祭様よりエロース教での立場は上。司祭様も強く反対出来ないって事か。
「神子セブンが俺に会いたいと言う理由に心当たりは?」
「無いわ。でも安心して。いざという時には私の精神魔法で何とかするから」
「だが神子ならばその辺の安全対策はされているだろう。本当に大丈夫か?」
「……」
アニエスさんの指摘に黙ってしまう司祭様。本当に大丈夫ですか?
「だ、大丈夫よ。私の精神魔法がダメだったとしてもマチルダが何とかしてくれるわ!物理で!」
「いや司祭様。物理は拙いです」
「不安で仕方ないな…会うのは明日でいいのか?流石に今からじゃないよな?」
「はい、明日で構いません。明日、ジュン君の都合の良い時間に」
「…なら明日の午前中に伺います。神子セブンにそう伝えてください」
「はい。突然ごめんなさいね。それじゃ」
申し訳なさそうな顔のまま、司祭様は帰って行った。
俺としては俺の不始末の尻拭いをしてもらったようなものなので、会いたいと言われれば会うくらいは構わないのだが。
勿論、用件にもよるが。会って終わりじゃないだろうし。
「だろうな。明日は私も同席して―――」
「お母様。明日は城に呼ばれているのでは?」
「…そうだったな。チッ!仕方ない…カタリナ!私の代わりにジュンをしっかり護れ!家の名を使っても構わん!」
「言われなくてもそうするつもりですが…お母様にはジュンは渡しませんからね!」
「なにおう!誰のお蔭でジュンと混浴出来たと思ってる!」
「それはそれ!これはこれです!」
「ギャイギャイ!」「ギャイギャイ!」
母娘喧嘩が始まったので皆揃って退室。
神子セブンが俺に会いたい、ねぇ。
一体何の用があるのやら…
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