第42話 まだ始まりませんでした

「此処が冒険者ギルド…」


「ええ。アインハルト王国王都ノイス支部よ」


 白薔薇騎士団に拉致されてから三ヶ月と少し。


 ようやく根回しが済み、冒険者として活動しても大丈夫だろうと許可が出た。


 それでも誰かと一緒に居るように言われ、宿舎から此処まではソフィアさん、クライネさん、ナヴィさん、ハエッタさんが一緒だ。


 だがしかし!それでも良い!


 ようやく、ようやく冒険者になる時が来た!


「くっ…何故か前が見えないぜ…」


「え…何も泣かなくても…」


 だって!十五年待って、やっと冒険者になれると思ったら三ヶ月もお預けで!


 それが…それが…やっと此処まで来たんだ!


 感動もひとしお…涙も出るってもんだ!


『いやまぁ…気持ちはわかるで?気持ちは。でも…ちょっと大袈裟とちゃう?』


 何を言うか!決して大袈裟ではない!


『そうかなぁ…あんな至れり尽くせりな環境で暮らしといて。普通はあの生活を喜ぶんやで?まぁ、これからも続くんやけども』


 だーまらっしゃい!あの生活はやはり良くない!


 男を堕落させる空間だよ、アレは!


「よっぽど楽しみだったんですね、冒険が…」


「もしくはアレじゃないっスか。宿舎でのセクハラが辛かったんじゃないスか。主に団長の」


「そ、そんな事ないわよ!私はそんなにしてないし!」


 あっ、セクハラをしてる自覚はあったんだ。


 セクハラと言ってもソフィアさんのはちょっと過剰なスキンシップ程――


「因みに団長は洗濯前のジュン君の下着を持ってハァハァと――」


「やめてクライネ!そんな事してない!してないからねジュン君!だからその、うわぁって眼で見るの止めて!」


「うわぁ…」


「声に出すのも止めて!」


 いや、だってさぁ…それ、日本て男が女の下着でハァハァしてたら犯罪者扱いよ?


 この世界だと、女が男の下着でハァハァしてたら犯罪者扱いになるんじゃないの?


『ならへんなぁ。せいぜい変態扱い止まりや。因みに男が女の下着を持ってハァハァしてたら変態扱いも犯罪者扱いもされへんで。むしろ嬉々としてその下着をプレゼントされるで』


 それはそれでどうなのよ…おっと、そんな事はどうでも良い。


 早く念願の冒険者にならねば!


「おっ!来たな!」


「今日も誘拐されたとか言われたらどうしようかと思ったよぅ」


「何か起きる前に、登録」


 冒険者ギルドに入ると、事前に言ってたようにアム達が待っていた。


 三ヶ月前はクリスチーナも一緒に待ってたらしいが、今日は来ていない。


 何でも外せない商談があるとか。


「あー…そのクリスチーナからなんだけどよ…一応渡しとくぜ」


「封筒?なに、これ」


「此処で開けるなよ。中身は…写真だよ」


「あっ、察しました」


 アレだろ、ヌード写真だろ?クリスチーナの。


 美しい私が居ないから寂しいだろ?これを代わりに持っていたまえ、とかなんとか言ったに違いない。


「流石ジュン。よくわかってる」


「実物を何度も見てるのに今更写真なんて渡して意味あるのかなぁ」


 もっともですね、カウラさん。確かに実物を何度も見てるし、今更写真で喜んだりしない。


『その割に大事そうにしまうやん?』


 …そりゃそこらへんに捨てるわけにもいかんしな。仕方ない。


『…まぁええわ。ほな、早う登録しようや』


 そだな、登録登録…受付はやっぱり美人さんだ。


 当然ながら男は受付にも周りの冒険者にも一人もいない。


「あっ、ジュン、ちょっと待った。こっち来い」


「え、何?早く登録したいんだけど…」


「いいから!」


 アムに強引に引き寄せられ、受付近くの部屋に入れられる。


 中には既に人がいた。


 一人の女性…なのは置いといて、もしかしてこの人…


「来たか」


「待たせたな、ギルドマスター。こいつがジュンだ。登録頼んだ」


 ギルドマスター?この人が此処のギルドマスターか…いや、それよりもだ。


 この人…エルフじゃね?


 緑の長い髪に尖った耳…これぞTHEエルフ!な美人が此処に居る!


 初エロフ!じゃない、初エルフだ!


「お前がジュンか。アム達とマチルダから話は聞いている。力になってやってくれとな」


「あ、はい。よろしくお願いします……?」


 アム達とマチルダ…院長先生から話を聞いている、というのは良いとして。


 なんか無表情のままジッと見つめてくるけど、なに?


「あの…」


「…結婚しよう」


「またか!」


 この人、エルフだから見た目で判断出来ないけど、多分相当な年上でしょ?


 なに、俺って年上の人に刺さる見た目なの?


『見た目の問題もあるかもしらんけど、このエルフにもフェロモンがバッチリ効いたんやろなぁ。カタリナのオカンと同じで』


 厄介だなフェロモン!抑えてても効く人には効くって!


「お前の為なら私の全てを差し出そう。誰も居ない森で暮らすのも良い。私はエルフだから森での生活は慣れている、全て任せてくれ」


「あ、まだ続いてた…そろそろ正気に戻ってくださいー」


「院長先生…全然ダメじゃん、この人…」


「院長先生の元パーティーメンバーだって言うから信用したのにぃ」


「とんだ色ボケエルフ」


 院長先生の元パーティーメンバー?そういや院長先生は昔は冒険者やってたとか聞いたな。


 その時のパーティーメンバーが今はギルドマスターか。


 なら、やっぱり相当な年上…


「結婚式は二人だけで挙げよう。いや、森の中で挙げて動物達に祝ってもらおう」


「まだ続けるんですか…」


 それから約十分後。


 アム達とソフィアさん達によって落ち着いたギルドマスターはようやく話を再開出来た。


「んんっ。失礼した。改めて自己紹介しよう。私はこの冒険者ギルド王都ノイス支部のギルドマスター。名をステラという。よろしくな」


「はい。俺はジュンです…先ほどの言葉から察するに俺が男だと知ってるんですね?」


「ああ。マチルダとジーニから聞いた。まさかこれ程の美少年だとは思わなかったが」


 何故、この人にバラしたのか?それには当然理由があった。


 俺が冒険者をやる上での根回しの一つ。


 冒険者ギルドに登録する時、自分の経歴…履歴書のような物を書く。


 その後、嘘かどうかの判定を魔法道具で行うのだが…それには男女の判別も記載されている。


 今のこの世界では冒険者をやっているのは女性ばかり。


 男が冒険者になるなんて有り得ないという認識だが魔法道具で「これに記入したことに一切の嘘は無いか」と確認される。


 そしたらバレるわけだ、俺が男だと。


 別に男が冒険者をやってはいけないとルールがあるわけじゃないがバレない方が良い。


 そこで信頼出来る、秘密を護ってくれるだろうギルドマスターに登録をお願いした、という事らしい。


「そこの白薔薇騎士団の団長と副団長にもお願いされたぞ」


「覚えているならちゃんと契約は守ってくださいね」


「対価は既に渡してるんですから。其処にギルドマスターとジュン君の結婚は含まれてませんからね」


「…報酬の追加は」


「「「「出来ません」」」」


「チッ…」


 この後も食い下がるステラさんを躱し続け。


 本来なら数分で終わる登録に一時間近くかけて、ようやく登録と説明が終わった。


「細かな事やわからない事があればいつでも来い。ベッドの中で教えてやろう」


「あたいら教えてやるからいいよ!」


「登録ありがとうございました!」


「色ボケエルフの出番は終わり」


「チッ…何か適当に依頼を受けるんだろう?終わって戻って来る頃には冒険者証ライセンスが出来てる。忘れずに受け取れよ」


 さぁ、やっと…やっと冒険が出来る!


 やっと俺の冒険が始ま……りませんでした。

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