第40話 また面倒な人が現れました

「着いたわね。エチゴヤ商会本店」


「相変わらず盛況っスね」


 今日はクリスチーナの店、エチゴヤ商会に来ている。


 護衛兼監視にソフィアさんとナヴィさんが同行してる。


 店の外からでもわかるほど、店内は客で溢れていた。


「いらっしゃいませ…あ、ジュン…だよね?」


「うん。久しぶり」


 店内に入ると同じ孤児院出身の店員が俺に気付いてクリスチーナの下へ案内してくれる。


 因みに前回のローエングリーン家への訪問時もそうだが、人目に付く場所では軽く変装してある。


 帽子を被り、眼鏡をかけただけだが。


「ちょっと、あの子…」


「わっ、美人…女の子、よね?」


「でも、なんか…ううん、そんなわけないわね」


 何だか他の女性客の注目を集めているが、俺が男だとは気付かれてはいない、と思う。


 気付かれてないよね?


「め、眼鏡をかけて帽子を被っただけなのに、また違った魅力…!」


「眼鏡いいっスよね。あたしとヤる時は眼鏡かけてもらうのもアリっスね」


 そんな会話をしながらついて来る二人も武器を持ってはいるが騎士の恰好はしてない。


 騎士を連れてるとなるとどうしても目立つからだ。貴族と勘違いされても困るし。


「此処よ。会長、お客様達が来ました」


「ああ、ジュンだろう?入っていいよ」


「え?おい、入れていいのかよ」


 此処は会長の執務室…ではなく、クリスチーナの私室だ。


 エチゴヤ商会本店は当初より増築し、クリスチーナと孤児院出身者の住居にもなっている。


 アム達も此処で暮らしている。


「よく来たね、ジュン。眼鏡をかけた君もステキだね。さ、そこに座ってくれたまえ。ファウ、カウラ。お茶とお茶菓子を用意してくれるかい」


「いいけど…その前に服着なよ~」


「変態は扱いに困る」


「変態とは辛辣だね…」


「いいから服を着なさい…」


 部屋に入ると全裸のクリスチーナが居た。下着すら付けてない、真に全裸だ。


 アムがカメラ…魔法道具の写真機を持っている事から察するにヌード撮影をしていたようだ。


 …何故、このタイミングで?


「私の美しい姿を今の内に形にして残しておこうと思ってね。あ、ジュンにも御土産に何枚かあげよう」


「いいから早く服着ろ。困ってんだろ」


「何も困る事などないさ!私の身体は何も恥じ入るとこなどないからね!さぁ、思う存分見るといい!」


「そうじゃなくて、ジュンが困ってるの。他にもお客さんいるんだしぃ」


「それにジュンはクリスチーナの裸なんて見慣れてるから、写真なんていらない」


 見慣れてるとか、その部分だけ聞くと誤解されそうだから御止めなさいファウさんや。


「…ふん、そう言えば余計なオマケが付いて来てるんだったね。仕方ない服を着るとしよう」


「…いえ、まぁ、同じ女同士だから、別に構わないけれど…」


「宿舎内も似たようなもんッスからね」


「だから困るんですけどね…」


 クリスチーナの裸は何回も見てるけれど、それでもドキドキするし。


 宿舎内も美女で溢れてるので本当に困る。


 よく暴走しないで我慢出来てるよな、俺。


『ほんまになぁ。それも俺Tueeeeeがしたいっちゅう執念か?それだけでよう自制出来るもんやで』


 それが俺の野望だからな。子供なんて作ったら増々身動きとれなくなるだろうし。


「お待たせ。全く、身内ばかりなら服を着なくて済むのに。面倒な事だね」


「いや、その考えはおかしいぞ」


「普通は自分の部屋でも最低限の服は着るものよ…着るよね?」


「カウラ、そこは断言していい」


 同じ孤児院出身で何故、こうもズレがあるのか…同じ孤児院出身の子にはちゃんと俺が教育した筈なんだがなぁ。


 現にアム達はちゃんと服着てるし。


『だから前に言うたがな。クリスチーナは露出狂やて。あれ、ナルシストやからマスターに裸見せつけてるんやのうて、快感を覚えとるからやっとるんやで。孤児院時代からそうやったがな』


 …クリスチーナが裸を見せ始めたのは十三、四歳くらいだったか。


 そんな歳で露出狂に目覚めるとか…誰が彼女をそんな風にしてしまったのか。


『マスターやて、間違いなく。認めへんねやろうけど』


 そりゃそうやで。なんでわてがクリチーナを変態に育てたみたいに言われなあかんねん。


『まぁ元々持ってた本人の資質のせいっちゅうか性質のせいもあるっちゅうか…ま、ええわ。今更どないしようもないしな』


 どうしようもないって言える程に手遅れなのね、クリスチーナは。同意だけども。


「さて、朝食は食べて来ただろうし、昼食には少し早い。昼食はエチゴヤ商会系列の店を予約してあるからそこで食べるとして…何かヤりたい事はあるかい?」


 何か、やりたい事のニュアンスがおかしかった気がするが…そこには触れないでおこう。


「…なら此処でゆっくりお茶でも飲みながら御話しでもしてようか、昼食の時間まで。でも店の方はいいのか?忙しそうだったけど」


「問題無い。今日の私はオフさ。秘書にも店長代理にもそう伝えてるし、一日くらい私が居なくても問題無く回せるように教育してるさ」


「秘書も店長代理も、従業員も。殆どが同じ孤児院出身の仲間だからな」


「信頼出来る人達だよね~皆優秀だし」


「ジュンの教育の賜物」


 孤児院出身の子供が計算や読み書きが完璧というのは凄い事らしく。


 偶に引き抜きに来る者まで居るとか。


 噂を聞きつけた商人なんかが孤児院を出る前の子供をスカウトに来る事もあった。


「それじゃエチゴヤ商会の運営には何も問題無し?」


「ん?いや…そうでもないんだね、これが」


「ああ…アレか」


「アレね…」


「アレ、邪魔」


 アム達の言うアレ。


 何でも最近エチゴヤ商会にちょっかいを出す商会が出て来たのだとか。


「ダイアナ商会という、王都ではそこそこ大きな商会なんだけど。知ってるかい?」


「ダイアナ商会?主に貴族相手に化粧品や装飾品を販売してる商会ね。私も何度か利用した事があるわ」


「あたしもあるっスね。あそこの会長とはなんかソリが合わない感じっスっけど」


「フン。流石はお貴族様だ。よく御存知で」


「…なんかトゲがあるわよね、貴女」


 俺は知らないなぁ…メーティスは知ってる?


『知ってるわけないやん。必要なら情報を集める事は出来るけど?』


 ふむ…いや、いい。クリスチーナから助けを求められたら、にしよう。


「で、そのダイアナ商会が何故エチゴヤ商会にちょっかいを?」


「うん。実はつい最近、うちも化粧品と装飾品の販売に手を出し始めてね。ユウのアイディアなんだが」


「…ユウの?」


「あの交渉の後にね。私達に味方しなかった侘び代わりのつもりなのか知らないが…魅力的な商品だったからね。販売する事にしたよ。実際はまだ販売準備の最中なんだがね」


 詳しく聞くと…乳液とマニキュアの販売を計画してるようだ。


 その計画を何処からか聞きつけたダイアナ商会が圧力をかけ始めたという事らしい。


 しかし…ユウはもしかして俺と同じ転生者なのか?それでもあの頭の良さは説明出来ないが。


『かもしらんなぁ…増々黒に近づいたなぁ』


 黒って言うな。


「メインの二つはそれで、他にも一般的な化粧品と装飾品の販売をするつもりなんだ。どうもそれが気に入らないみたいだね、ダイアナ商会は」


「王都ではその二つはダイアナ商会の独壇場と言っていいものね。だから脅威となりそうな新進気鋭のエチゴヤ商会は邪魔なんでしょうね」


「お褒めの言葉は素直に受け取っておくよ」


「…ならもう少し嬉しそうな顔してもいいじゃない?」


「失礼します。あの、会長…御休みの所、すみませんが…」


 そこで従業員が一人、クリスチーナを訪ねて来た。


 なんでも俺達とは別の客が来たのだとか。


「客?今日はジュン以外に客が来る予定は無かった筈だけど?」


「あたしらが数に入ってないっスね」


「…そうね」


「それが…ダイアナ商会の会長が来てます」


「…噂をすれば何とやらだね。しかし、今日は先客が居るからと帰ってもらって。用があるならまた後日に」


「あら。せっかくあたくしが自ら来て差し上げたのに。少しくらい会ってくれても良いのではなくて?」


「あ、こ、困ります!」


 従業員を押しのけ強引に入って来た三人の女性。


 内二人は従業員兼護衛か?帯剣している。


 先頭で入って来た女性がダイアナ商会の会長だろう。


 四十代半ばの派手な成金趣味を体現したようなツリ目の化粧の濃い女性。


 初対面だが、どこか嫌味っぽい。


「エンビー会長…此処は私の自宅でもあるんだがね。無断で入って来るとは感心しないな」


「あら、失礼。こんな質素な部屋が大躍進中のエチゴヤ商会会長の部屋だとは思わなくって。てっきり下働きの詰所か何かかと」


 わぁ、初っ端から喧嘩腰。わざわざ此処まで嫌味を言いに来たの?


 で、エンビーという名前らしい、このご婦人はの名前は。


「…はぁ。見ての通り今日は客人が居るんだ。用件があるならサッサと話してくれないか」


「…フン。相変わらず生意気な小娘だ事。貴女の客なんて、どうせ……レ、レーンベルク伯爵様?それに貴女は…カモンド男爵様?」


「私達の事は気にしないでください」


「先にそっちの用件を済ませるといいっスよ」


 流石商人と言うべきか、商人なら当然と言うべきか。


 ソフィアさんとナヴィさんの顔を覚えていたらしい。


 二人の顔を見て驚いているようだ。


「…そう。もうそこまで手を拡げていたというのね。本格的に私達ダイアナ商会と戦おうと言うのね?」


「何か勘違いしているようだがね。別にそちらと争うつもりはないよ。私達は貴族や金持ち相手に商売もするが、主な客層は平民だからね」


「ふん!騙されるものですか!今だって商談をしていたのでしょう!だから貴族家の当主ばかり集めて……そちらの方は存じあげませんが、お貴族の方?それにしては服装が…」


「あ、俺…じゃなくて私はクリスチーナと同じ孤児院出身の友人で、商売の話をしに来たわけではありませんから。気にしないでください」


「……」


 違うと言っても俺をずっと見て来るエンビー会長。


 なに?何なの、その眼は。なんか最近同じような眼を見たような気がするけど。


「あなた…」


「はい?」


「何でかわからないけど凄くいいわ!あたくしの商会に来なさい!可愛がってあげる!」


「……はいい?」


 …ああ、わかった。求婚して来た時のアニエスさんと同じ眼だ、これ。


 まだ男だとバレてはいない筈だけど…何だろ?女の勘?それとも商人の勘だろうか。


『どっちゃでもええけど、ここで男だとバレたらマズいでぇ。上手く誤魔化しいや』


 わかってるよ…ただでさえこの人はクリスチーナを敵視してるようだしね。


「えっと、折角ですけど、私は――」


「本当はクリスチーナに新しく商業ギルドに登録した化粧品と装飾品の特許をあたくしに譲るように言いに来たのだけど!そんなものよりもあなたが欲しいわ!あなたがあたくしのモノになるならエチゴヤ商会の化粧品と装飾品の参入を見逃してさしあげてよ!」


 わぁ、この人も人の話を聞かない系だ。どんどん近付いて手を握って来るし…てか、香水くさっ!


「…アム!カウラ!ファウ!エンビー氏は御帰りだ!丁重に送って差し上げて!」


「おう!任せとけ!」


「はいはい!御帰りはこちらですよ!」


「さっさと帰れ」


「あ、ちょっ、あたくしの話はまだっ、お放しなさいっ」


「エンビー会長。今日の所は帰って頂きたいわ」


「用件は済んだみたいっスからね~サヨナラ」


 エンビー会長が俺に興味を示した事でソフィアさんとナヴィさんが動いた。


 アム達を止めようとしてたエンビー会長の護衛も大人しくなった。


「ちょ、待っ、あたくしは諦めないわよ~!覚えてなさい~!」


「もう来んな!」


「早く帰ってください!」


「シッシッ」


 アム達によって強制退去されるエンビー会長。なんか面倒な人に眼をつけられちゃったなぁ。


「フフ…そんなつもりは無かったんだけどね。ジュンに手を出そうというなら仕方ない。ダイアナ商会は潰すとしようか。徹底的に。完膚なきまでに」


「そうね、仕方ないわね」


「此処は協力するっスよ」


「…いいだろう。此処は協力といこうじゃないか」


 …皮肉にも共通の敵が出来た事でクリスチーナとソフィアさん達の結束が強まったようだ。


 多分、ローエングリーン家も言えば協力するだろうし。


 エンビー会長の未来は暗そうだ……南無南無。

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