第33話 全ては順調…のはずでした
~~ソフィア~~
「……さて、想定外の客人が来ましたが、交渉を始めましょうか、皆さん」
「「「……」」」
大丈夫、ここまでは予定通りだもの。そこはかとなく嫌な予感はするけれど大丈夫。
…大丈夫よね?
「んんっ…とはいえ、皆さんの要求は解っています。ローエングリーン伯爵家はカタリナ殿とジュン君の婚約。クリスチーナ達はジュン君の引き渡し、司祭様はジュン君を神子にしたい。間違いがあれば仰ってください」
「ローエングリーン家はそれで間違いない」
「…私達もそれで間違いありません」
「私は違うわ」
「……はい?」
「私…いえ、私達エロース教ノイス支部の者は、ジュン君を神子にするつもりはありません。ただ、彼の幸せを願うのみです」
…んん?ジュン君の幸せを願うのみ?司祭様達が動いてないのは把握していたけど…それでもジュン君が男だと知っている以上はジュン君を神子にしたいんだと思っていた…どういう事?
…いえ、それならそれで構わないわ。今、此処に来た理由は気になるけれど。
「…そうですか。では、ピオラ先生は何故此処に?」
彼女の希望は既に聞いている。全面的に受け入れている以上、わざわざこの場に参加する理由は無い筈…今更何を?
「あ、私は…私というより、この子から御話しがあって」
「私がしたいのは提案。皆が幸せになるための、提案。でも、皆さんの意見が出終った後でいいわ」
…この子が提案?皆が幸せになるための…こんな子供に?
いえ、この子は何処か普通じゃない…子供だと思って侮るのは危険。
クライネもそう感じているのか、頷いている。
「…そうですか。では私達白薔薇騎士団の総意は…ジュン君を私達の恋人、ゆくゆくは夫とする事です。従ってローエングリーン伯爵家にもクリスチーナ達にもジュン君は渡せません」
「フン…しかし、それには多くの問題があるよな?レーンベルク団長」
「全くだね。大体白薔薇騎士団の恋人にする?確か白薔薇騎士団は総勢千人もの騎士団だろう?千人の恋人って…頭おかしいんじゃないのかい?」
…こ、こいつ…他の貴族だったら今此処で殺されてるわよ。
「…今の時代、夫を複数の女で共有する事は普通。何もおかしな事はないわ」
「限度があるって話さ。貴族はどうか知らないけどジュンは平民。平民の男だと十人前後の妻を持つのが一般的と聞いているよ?それをいきなり千人の妻?しかも多くが貴族だろう?相当に無茶な話だと思うけどね」
「同感だな。大体、レーンベルク団長は子爵…あ~今は陞爵して伯爵だったな。伯爵の夫が平民、それも孤児だなどと、家臣達が納得しないだろう」
「レーンベルク家は大丈夫ですよ。既に私が当主ですし、ジュン君を見れば誰もが納得します。母は既に説得済みですしね。大体、それを言ってしまえばローエングリーン家も伯爵家じゃないですか。それもうちとは違い名門中の名門貴族。そちらの方が厳しいのでは?」
「うちはいいんだよ、うちは。当主の私が言えば家臣共は黙るし、カタリナの結婚には口出ししないと王家から確約も貰ってる。戦勝の褒美にな。何も問題はない」
…そんな褒美をもらっていたのね。ローエングリーン家が陞爵しない理由がわからなかったけど、上げた功績に対して随分な恩賞じゃない。
それだけの価値をジュン君に見出しているって事ね…
「…そうですか。ですが必要ならジュン君に貴族籍を与える用意はあります。建前だけの養子縁組ですけれど。ローエングリーン家だってそうするつもりなんですよね?」
「…フン。考える事は同じか」
「…それからクリスチーナが言うように一人の夫に対して妻が千人というのは確かに多いわ。でも前代未聞なだけで、別に不可能な話では無い。私達が望んでそうなるのだから、何も問題は無いでしょう?」
「…今更、常識に訴えたところで止まらないというわけだね」
そう、そんな事で止まりはしない。私達は必ずジュン君と添い遂げる!そう決めたの!
「しかし、だ。交渉というからには何かしら譲歩案があるのだろう?」
「こちらの要求は受け入れられない、だから帰れ。では交渉と言えないからねぇ」
そう、今までの会話はお互いの条件を確認しあっただけ。
ここからが交渉だ。
「勿論です。クライネ」
「はい。此処からは団長に代わって私が。こちらの要求を呑んで頂ければ、カタリナさんも、クリスチーナ達も、ジュン君と結婚出来ますよ」
「「……」」
ローエングリーン伯爵もクリスチーナ達も、感情を読まれないように無表情を装っているけれど…不満がアリアリと感じられる。
「私達がジュン君と結婚する為に残っている問題、結婚後に出て来る問題。それらを解決する為に協力してもらいたいのです」
「…フン。やはりそう来るか」
「お母様?問題とやらに心当たりでも?」
「……」
流石、ローエングリーン伯爵。すでに十年以上当主をやっているだけはあるわね。
皆まで言わずとも理解しているみたい。
クリスチーナも凡そは理解してるって顔ね。
「王家や公爵、自分達より爵位が上の連中の横やりを恐れているんだろう?」
「その通りです。ローエングリーン伯爵は戦功の恩賞でそれらを防ぐ事が出来るようですが、私達は爵位を上げる必要があったので」
特に団長たる私が爵位を上げる必要があった。それだけで余計な手出しをしてくる貴族家を随分と減らせるからだ。
「それに手を貸せ、と?それがローエングリーン伯爵家に対する要求か」
「そうです。それに協力して頂ければカタリナさんはジュン君と結婚出来ます。正妻の座は白薔薇騎士団に譲ってもらいますが。子種だけでいいなら、それも可です」
「こ、子種だけって…そんなのイヤよ…」
「…うちとしては婿入りしてもらいたいのだが?」
「それは最初に言ったように不可です。ジュン君を確保しているのは我々だという事をお忘れなく」
「チッ…」
そう、ジュン君は私達の手の内にある。これは大きなアドバンテージ。
もし、ローエングリーン伯爵家に確保されていたら交渉の場に立つ事すら出来なかった筈。
私の家も伯爵家にはなったけれど、それでもローエングリーン伯爵家とは地力が違う。
他の協力など無くてもジュン君を他所に渡す事はなかった…というのがクライネの予想。
「…それじゃ私達には何を?」
「結婚後にジュン君が住む屋敷の手配を。私達含め、そこに通う事になりますから王都内でそこそこ大きい屋敷を建てて欲しいのです。エチゴヤ商会の資金力なら問題ありませんよね?」
「…貴女達でも出来そうなものだけど?」
「言わなくてもクリスチーナさんなら理解してると思いますが、そうでない方も居ますからね。説明しましょう。結婚後に住む大きな屋敷の手配となるとそれなりに時間がかかります。結婚の数ヵ月前から工事を始めないと間に合わない。しかし、それだけの時間があり、尚且つ私達が手配すると目立つんです。察しの良い貴族なら男を囲う為だと理解するでしょう。そうなると…」
「余計な手出しをする連中が増えて来る、というわけだね…」
「その点、エチゴヤ商会は貴族の紐付きではありませんから。さほど目立たないでしょう?」
「見返りに私達もジュンと結婚は出来る、か…」
「はい。独占は出来ませんけどね」
クリスチーナの…エチゴヤ商会の資金力は厄介だけど、それだけ。権力的な物は私達に比べれば大した事ない。
もう数年かけてもっと大きくなっていれば解らなかったけれど。
「……仕方ない、か。カタリナ、受け入れろ」
「で、でも…お母様…あ、あたし…私は…」
「ク、クリスチーナ…どうすんだよ…」
「……資金は問題無い。そして、受け入れるしかない…と、思う」
「そ、そんなぁ~…」
「ジュンとの甘いラブラブ生活…」
フフフ…折れたわね。全ては計画通り…
「ちょっといいかしら」
「…院長先生?何か」
「今まで出た意見は全て貴女達の願望と都合ですよね?そこにジュンの希望が入っていないと思うのだけど」
「そ、そうよ!ジュンが白薔薇騎士団全員と結婚なんて望んでいるわけがないわよ!」
「そ、そうだよな!ジュンの意思はどうなってんだよ!」
「ちゃんと確認した上で結婚するって言ったんですか~?」
「確保したから結婚出来るって考えなら…安直」
…うっ!?痛い所を突かれた!確かにジュン君の意思は確認していなかった!
人の事言えないのは承知の上だけど、クライネも何処か抜けてるのよね…
で、でも、仕方ないわよね。それって実質ぷ、ぷろ…プロポーズになるし?も、もう少し愛を育んでからしたいし…
「…おお!そう言えば私もジュンを見た事ないな!カタリナとゼフラから聞いた話だけで確保を決めたが、私の眼で見極めておきたいな」
「お母様!?今更そんな事言わないでください!」
…どこか抜けてるのはローエングリーン伯爵も同じみたいね。
「そろそろいいですか?私が話しても」
「…ユウ?提案があるとか言っていたが、子供の出る幕ではないよ。黙っていたまえ」
「ピオラ先生に白薔薇騎士団に付くように言ったのは私よ」
「……なんだって?」
…なんですって?この子がピオラ先生に私達と取引するように言った、と?そうこの子は言ったの?
「それだけじゃないわ。クリスチーナ達もローエングリーン伯爵家が出遅れるように仕向けたのも私。院長先生が司祭様と此処に来ていると予想したのも私」
「…何?お前のような小娘がローエングリーン家をいいように動かしたというのか?」
「…私達もか?ユウ、君が?」
「そうよ。今日、此処にいる全員を此処に集まるように仕組んだのは私」
…この子は何を言っているの?そんな事、出来る訳が…
「そんなに難しい事してないわ。それじゃ、その辺りの事も説明するから私の提案を聞いてね」
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あとがき
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